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勇者はスパイになる


「正確に表現しますと『王都が陥落した』なのですけれど、エドガー国王の生死は不明ながら、事実上、王国の体制は崩壊したと考えてよいですね」


 ククルは淡々と語る。

 かつて自分たちを追い詰めた相手が三年経たずに崩壊したというのに、特に感慨はないようだ。

 

 それはガリウスにも言えた。

 故郷ではあるが、よい思い出は皆無と言っていい。むしろ関わりたくなかったから、滅びたなら『都合がいい』程度の感覚だった。

 

「しかし『陥落』であるなら、落とした相手がいるのだな。内か、外か……」


「直接的には他国の侵攻によるものです。ただ、それが早まったのは王国内のいざこざが原因ですね」


 かつて『魔の国』と呼ばれていた地域は、王国が新たな支配者となった。そこはほとんど手つかずの広大な土地と、地下資源に恵まれている。

 

 元の王国領から多くの人々が大河を渡った。亜人たちが退去した場所を流用し、再建し、拡大したのだ。

 

「その結果、あの地には急速に発展した大きな街が、点在しているのです」


 それらの街は、次第に独自色を強めていく。政治的に停滞していた王国の命令にも従わなくなり、それぞれが独立した〝都市国家〟のように振舞い始めたのだ。

 各街は連携し、交易し、ますます発展していく。

 

「つまり、金と人が流出したので、王国は一気に衰退していった、というわけか。そこを他国に侵攻されてはひとたまりもないだろうな」


 かくして王国は建国二百年を目の前に、呆気なく瓦解してしまった。

 

「それで、攻めてきた国はどこなのだ?」


「ガリウスさんは、バランハルト帝国をご存知ですか?」


「? いや、聞いたことがないな」


「では、グリザタリア公国は知っていますか?」


「たしか、南方諸国連合のひとつだったか。さして特徴のない小国だったと記憶している」


「ガリウスさんが王国の勇者であったころ、公国は家臣の謀反で滅びました。代わりに生まれたのがバランハルトで、南方諸国を次々に攻略、吸収して、帝国を名乗るようになったのです」


 王国が滅んだことより、そちらに驚いた。

 いくら小国の集まりとはいえ、元が大したことのない国が、三年ほどで王国を倒すほどに成長していたとは。


「よほど優れた者が皇帝になったのだな」


「はい。ただ、得体が知れません。人となりはある程度つかめてはいるのですけど、彼の恩恵ギフトの情報はさっぱりなのです」


「まるきり、か?」


 ククルが不安そうにうなずく。

 

 恩恵ギフトは12歳ころになれば誰でも授かるものだ。

 ガリウスは【アイテム・マスター】の本質を悟られないよう注意していたが、恩恵ギフトそのものが何かを周囲に知られずに過ごすのは難しい。

 

 過去を切り捨てる。

 恩恵ギフト自体が特殊である。

 周囲が秘密にしていることを許す。

 

 いくつかの条件が重なれば不可能ではない。実際、王侯貴族は身内にしか明かさない者もすくなからずいた。

 とはいえ、隠すメリットはそれほどない。

 当たり外れはあるものの、恩恵ギフトの内容がなんであれ、周囲にうまくアピールすれば仕事や生活面で有利になるからだ。

 表面的にでも明らかにするメリットを捨ててまで隠し通そうとするのは、やはり不気味だった。

 

「相手が皇帝という地位にいる以上、探るのは難しそうだな」


「とても危険だと思います」


「ああ。それより、国としてどう動くかのほうが重要だ。都市国家群にはどう向き合うつもりなのだろうか?」


「まだ接触はしていないようです。都市国家側も静観しているみたいですね」


 人族同士が争っている間は、亜人たちも安心できる。しかしひとたび手を組んで、最果ての森に興味を示したら事だ。

 

「まずはこれまで以上の情報収集が必要だな」


「はい。現地の諜報員は増やすとおじいさまもおっしゃっていました」


 亜人を排斥している地に潜りこんでの調査は危険を伴う。

 エルフのように人に近しい姿をした者たちがその特徴を隠して、まさしく決死の覚悟で人族の社会に溶けこんで動いているのだ。

 

 そんな中、自由に動ける者が一人だけ、この国にはいた。

 

「なるほど。君がわざわざここへ来たのは、それが狙いか」


 ククルが申し訳なさそうに目を伏せた。

 これまでガリウスは、王国の情勢を知らされていなかった。自ら積極的に集めようともしていない。

 ところがこうして詳しく話を持ってきたのは、諜報員として活動してもらいたい旨も同時に伝える意図があったのだろう。

 

「ごめんなさいです……。本当はガリウスさんに、こんな役目を押しつけてはいけないのですけど……」


「心外だな。俺はこの国の住民であると思っていたが? いつまでも客人扱いされるほうが嫌だぞ」


「えっ? いえその、わたくしはそんなつもりは……」


「すまない。言い方が悪かったな。俺もこの国が安泰でないと困るし、みなの役に立てるのなら嬉しい。ただ……」


 気がかりがひとつあった。

 最果ての森までは一ヵ月近い旅路だった。一人で身軽な分、日数は短くなろうが、往復を考えれば長く家を留守にしなくてはならない。

 

「アオや家畜は誰かに預けなくてはな。畑の世話もお願いするか」


 またその間、町での仕事の手伝いはできないから、申し訳なく思う。

 

 と、ククルが真剣な眼差しを寄越した。


「実はおじいさまから、移動時間を大幅に削る提案をひとつ、いただいてきましたですよ」


「ほう、大幅に、か。どのくらいになるのだ?」


「一番近い都市国家まで、ここから二日で行けるそうです」


「「二日!?」」


 リッピともども驚いたのは無理もない。リムルレスタの都までも馬車で三日はかかるのだ。

 

「かつて千キロの距離を一瞬で移動できる【トランスポート】の恩恵ギフトがあったと伝えられてはいるが……」


 それこそ伝説級の恩恵ギフトで、今の時代に持つ者は聞いたことがなかった。

 

「いえ、わたくしどもは亜人なので、そういうのではないです」


 ではどうやって? とリッピと二人で続く言葉を待つ。

 ククルは注目されてちょっと照れつつ、こほんと咳払いして告げた。

 

 

「飛竜に乗っていくのですよ」



 なるほどー、と二人でうなずいてはみたものの。


「竜種を使役するのか!?」

「さすがに無茶だよ!」


 竜種の血を受け継ぐ女の子に、思わず声を荒らげてしまった――。


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