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12 「最後の」

 鏡を使って、レヴィンに自分自身を支配させる──。

 もう二度と、他人を支配できないように。


 それがジャックの考えた解決策だ。


「馬鹿な……支配者たる僕が、その力を自ら捨てろと……そんなこと……」


 呆然とした表情でうめくレヴィン。


『自分自身を支配する』ことが可能なのかどうかは分からなかったが、この反応を見ると、おそらく可能なのだろう。


「それで全部終わりだ」


 ジャックは重い息を吐き出した。


 そう、すべては終わる。

 やっと日常に戻ることができる。


 そうだ、ハンナを待たせているんだった、と思い返す。


 すでに待ち合わせの時間は大幅に過ぎているし、さすがに彼女は帰っているだろう。

 明日、職場で会ったら謝らないと──。


「っ……!?」


 ふいに、ジャックの背に熱い衝撃が走り抜けた。


「うぅっ……!」


 背中に走った熱さは、やがて鮮烈な痛みとなって駆け抜ける。

 今さらながらに、強化を解いたことを思い出した。


 レヴィンの心が折れ、戦いは終わったものだと思いこんでいた。

 あるいは、それこそが戦いの素人としての甘さだったのだろうか。


 ジャックは背中の痛みに顔をしかめながら振り返る。


「お前は──」


 そこには剣を構えた女騎士の姿があった。


「レヴィン様に、手を出すなっ……!」


「ミランダ……!?」


 ジャックの背を貫いた剣から赤い血が滴っている。


 当て身を食らわせて気絶させたはずだったが、いつの間に目を覚ましたのか。


「は、ははははははは! よくやったぞ、ミランダ!」


 よろよろと立ち上がり、ジャックと距離を取るレヴィン。


「兵士たちよ、全員集まれ! その身を犠牲にして、僕を守れ!」


 と、絶叫した。


 たちまち周囲から無数の足音が響く。

 数十数百という兵士たちが迫っているのだろう。


「兵士など、どれだけ呼んでも俺には勝てんぞ」


 告げて、ジャックはふたたび全身に強化スキルをかけた。

 皮膚が硬質化し、変形し、黒い獣騎士へと変貌する。


「勝つつもりなんてないさ。僕が逃げるだけの時間を稼がせるだけだ」


 レヴィンが口の端を吊り上げた。


「奴らは死ぬまで戦いをやめない。僕がそう命じたからね。全員殺して、僕も殺すか、ジャック・ジャーセ? いや、君にはできない。そうだろう? 平和を望み、闘争を忌避する君には!」


 高笑いが、響く。


「僕に屈辱を味わわせた君を、絶対に許さない! ここは退くが、いずれ必ず──僕に支配の力があるかぎり、兵はいくらでも増やせる。手駒などどれだけでも替えが効く。いくら君が強くても──無限に増える兵の前には無力だ! ははははははは!」


「確かに何十何百と殺すのは、俺には無理だな」


 ジャックはふうっと息をついた。


「だから兵士が来る前に──お前を倒す!」


 床を蹴り、一息にレヴィンまで肉薄する。

 もはや、相手が死なないように手加減していられる状況ではない。


 覚悟を決め、渾身の一撃を見舞った。

 肉を貫く、鈍い手ごたえがあった。


「あ……が……ぁ」


 苦鳴は──レヴィンのものではなかった。


「ミランダ──」


 レヴィンが蒼白な顔で女騎士を見つめている。


 ジャックの前に立ちはだかったミランダが、黒い拳をその身で受け止めたのだ。


「あ……」


 予想外の事態に、ジャックは呆然と拳を引き抜く。


 とっさのこととはいえ、常人をはるかに超えたレベルで反射神経を強化している彼には反応できたはずだった。

 だが、レヴィンを倒すことだけを考えるあまり、他の者が目に入らなかったのだ。


「お逃げ、くださ……レヴィン、さ……ま……」


 腹部を貫かれた傷から大量の血をこぼしながら、ミランダは糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


「ミランダ、なぜだ……お前の、本心は……」


 レヴィンが苦渋に満ちた顔でうめく。


 手駒を殺された悲しみなのか。

 それとも──それ以上の感情なのか。


 彼がミランダをどう思っていたのか。

 失って、何を想っているのか。


 ジャックには分からない。

 彼自身も、人を殺してしまったことに動揺を抑えられなかった。


「隙だらけだぞ、ジャックゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」


 ふいに、レヴィンの双眸がぎらついた。


「お前がくれたチャンスを活かすぞ、ミランダ! さあ、僕に従え──ジャック・ジャーセ!」


 支配の力を解き放とうとしている──。


 ジャックの動揺は一瞬で解けた。


 先ほどと同じ戦法を取る余裕はない。

 スキルを再発動して視覚や聴覚を閉じるより、レヴィンのスキルの方が速い。


 ならば直接、彼を叩くしかない。


 ジャックは床を蹴って駆けた。


 支配の眼光と、獣騎士の疾走。

 速さで劣ったほうが、致命的な運命をたどる──。


 刹那の勝負だった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ジャックは吠えた。

 大切な人たちへの思いを背負い、これからの人生を背負い、すべてを守るために、全速で駆ける。


 速く。

 もっと速く。


 レヴィンの眼光が、言葉が、ジャックの意識を塗り潰す前に──。


「……っ……か、は……ぁっ……!」


 一瞬の静寂の後、苦鳴がこぼれる。


 ジャックが、レヴィンの体に砲弾のごとき拳打を撃ちこんだのだ。


 筋肉繊維が裂け、血管が千切れ、臓器が潰れる感触が、拳に伝わる。


 胸元を貫かれたレヴィンは、それ以上の苦鳴を上げることもできず、倒れた。

 体の周囲に鮮血が広がっていく。


「死ぬのか……僕も……」


 レヴィンの口から、ごぼり、と血の塊が吐き出された。


「僕の……王国……誰も、僕を蔑まない……誰もが、僕を……認め……受け入れ……」


 今にも命が燃え尽きようとしている中、絞り出すように思いを告げる少年を、ジャックは静かに見下ろす。




「だが──ただでは死なない……!」




 レヴィンの声音が、突然変わった。


「こいつ、まだ──」


 ぞくりと背筋が寒くなった。


 危険な予兆に、ジャックは後ずさる。


 殺すか?

 いったん視覚や聴覚を閉じて、スキルをやり過ごすか?


 いや、どちらも間に合わない──。


 離れなければならない。

 彼から、少しでも。


 取り返しのつかないことが起きる前に。

 とにかく距離を取らなければ──。


 思考がめまぐるしく巡った。


 絶望的な予感が走りながら、ジャックの行動はわずかに遅れる。

 背中に走った痛みが──ミランダが先ほどつけた傷が、思考と集中を鈍らせたのだ。


 その一瞬が、運命を分けた。


「僕の、最後の……」


 ジャックが逃げるより一瞬だけ早く、レヴィンが告げた。


 呪いの、言葉を。


「滅びろ……壊れろ……すべて、塵一つ残さず、すべて……ジャック・ジャーセ……! すべて……すべて……すべて……すべ……て…………」


 ジャックに向かって伸ばした手が、力なく落ちる。




 ──どくんっ!




 同時に、ジャックの胸の芯で脈動するものがあった。


 熱く。

 重く。

 暗く。


 濃密にたぎる、何かが。


「うう……ぐぅ、う、あぁぁ……」


 力があふれてくる。


 漆黒の獣騎士は、その姿をさらに変じていく。


 爪が、伸びた。

 尾が、伸びた。

 背から翼のようなものが生える。

 狼を模した顔は、より異形の兜と仮面へと変じ──。


「うっ……ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ……うううううぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ……ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおんんんっ!」


 理性を総動員して、その変化を抑えた。


「なんだ、これは……!?」


 体中を走り抜ける強烈な違和感に、ジャックは眉をひそめた。


 自分の中で、何かが決定的に変わってしまった感覚。

 決定的な何かが、失われた感覚──。


「お前……俺に何をした……!?」


 ジャックは、血の海の中で倒れるレヴィンへ呆然と問いかけた。


 すでに動かなくなった少年は、答えを返すことはなく──。

次回から第11章「古竜の神殿」になります。

また主人公ハルト視点に戻ってのお話です。

3日ほど更新をお休みさせていただき、6月14日(水)より更新再開予定です(´・ω・`)ノ


再開後は3話を連日更新→1日休み→3話を連日更新……という感じで章の終わりまで進める予定です(書き溜め&寝かせる時間確保のために……)。

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