9 「屈服させる道を」
「ようこそ、ジャック・ジャーセ。僕の城へ」
椅子に座ったレヴィンが優雅に足を組み替えた。
「……ジリアン、お前は下がっていろ」
「はい、レヴィン様」
傍らに控えていたドレス姿の美女が、うなずいて出ていく。
「お前の城?」
ジャックはレヴィンから視線を逸らさず告げた。
「ここは領主の城だろう?」
「ああ、ここの領主なら別室でくつろいでもらっているよ。しょせん、お飾りの領主だ。実質的にこの町は僕が統治しているからね」
微笑む少年に、ジャックは狼に似た顔をしかめた。
「だいたい、なんで俺の名前を知っている」
「調べたのさ。いずれ仲間になり、友になるであろう者の名前すら知らないなんて寂しいじゃないか」
いけしゃあしゃあと言い放つレヴィン。
「友だちになるのも、仲間になるのも、ごめんだな」
「それは残念。ならば力ずくで屈服させる道を選ぶとしよう──」
椅子に座ったまま、レヴィンがぱちんと指先を鳴らす。
背後から現れたのは、四つの影。
身長二メティルを優に超える巨漢の剣士。
枯れ木のように痩せ細ったローブ姿の青年。
神官衣を着た初老の男。
そして革鎧を着た妙齢の女性。
「世界に七十七人しかいないという、最強のランクS冒険者──そのうちの四人がすでに僕の配下となっている」
レヴィンが微笑み混じりに説明した。
「神の力を持つ君の身体能力は確かに最強だ。この世のどんな人間も敵わないだろう。だが──しょせん戦闘において、君は素人。戦闘の本職である冒険者たちを相手に立ち向かえるかな?」
「さあ、どうだろうな」
さすがに今までの相手と桁違いであることは分かる。
肩に担いだミランダを下ろし、軽く当て身を食らわせた。
「う……ぐっ……」
みぞおちを押さえ、崩れ落ちる女騎士。
戦闘の巻き添えにならないよう、壁際に彼女の体を横たえる。
「標的は奴だ。できれば殺すな」
レヴィンが冷たい声で命じた。
「承知しました、我が主」
四人の声が唱和する。
「ランクSってことは、最強の階級か」
ジャックは振り返ると油断なく身構えた。
いずれも一騎当千の彼らが四人も集まれば、一つの都市を難なく制圧できるだろう。
それほどの、脅威。
それほどの、戦力。
だが──ジャックに恐れはなかった。
「『火炎の剣』のバルーガだ」
巨漢の剣士が進み出た。
「大層な甲冑をつけやがって! 見た目だけのこけおどしなど、俺には通用せん!」
二つ名の通り炎のように赤い大剣を振り回し、バルーガが斬りかかった。
ジャックは避けない。
がきん、と鈍い音がして、
「なっ……!?」
バルーガの剣がいともたやすくへし折れた。
「悪いな。見た目だけじゃないんだ」
おそらくは名の通った剣なのだろうが、神の力で強化されたジャックの皮膚はそれ以上の防御力を誇る。
「それに俺のこれは甲冑じゃない。ただの皮膚だ」
「ちいっ」
舌打ち混じりに後退する剣士バルーガ。
「ならばこれで──」
今度は魔法使いが竜巻の呪文を放った。
「私もっ」
さらに精霊使いも五体の精霊を同時に召喚し、攻撃を仕掛けてくる。
「風の魔法を得意とする『魔風』のフェイルと超一流の精霊使いである『深緑の巫女』アリィ──物理は防げても、魔法はどうかな?」
悠然と観戦しているレヴィンがほくそ笑んだ。
「物理だろうと魔法だろうと同じことだ。俺には──」
ジャックはまず両腕を旋回させて猛風を生み出し、竜巻の呪文の威力を相殺した。
次に、正面から襲いかかる五体の精霊に次々と前蹴りを食らわせる。
がしゃん、とガラスが砕けるような音が響いた。
だが──、
「これは……!?」
精霊たちはほとんど手ごたえもなく消失する。
「すべて、精霊が生み出した鏡像ですっ」
精霊使いのアリィが叫んだ。
「フェイルさん、撃って!」
「任せろ──」
魔法使いのフェイルが巨大な杖を振りかぶった。
「風王槍破弾!」
ジャックの注意が精霊の鏡像に引きつけられる一瞬を狙っていたのか、背後から烈風の槍が迫る。
ジャックは振り向かない。
振り向く必要も、ない。
「何……!?」
直撃した風の槍は、黒い甲冑を思わせる強化皮膚に傷一つつけられなかった。
ジャックはそのまま前進する。
「わしが防いでみせよう! この『聖なる清浄』のレットが! 至高神ガレーザよ、我らを守る力を与えたまえ!」
神官風の男が輝く防御壁を生み出した。
「邪魔だ」
ジャックが拳を叩きつける。
黒い拳と光壁がぶつかり合い、まばゆいスパークを散らした。
「……硬いな」
強化したジャックの拳打さえも受け止める、強烈な防御力。
「いや、あいつの力に比べれば──」
以前、ともに戦った少年のことを思い出す。
まさしく絶対ともいえる防御のスキルを使う彼のことを。
目の前のレヴィンとは対照的に、他者を守るために全力を尽くしていたあの冒険者のことを──。
「砕けろっ」
ジャックは四肢に分散させていた強化の力を、拳だけに一点集中した。
破壊力が一気に跳ね上がり、眼前の防御壁が粉々に砕け散る。
「馬鹿な! わしの法術の奥義が、ただの拳一つで──」
神官レットが愕然と叫んだ。
「神の力が、なぜ……」
「悪いな。俺の力も──」
ジャックはさらに拳を振るう。
レットに向かってではなく、空中に向けて。
生み出された衝撃波が突風のようにレットを、そして他の三人を吹き飛ばした。
「神の、力なんだ」
つぶやき、レヴィンに向き直る。
「最強のランクS冒険者が四人がかりで一分もたないだと……」
少年の美貌がこわばっていた。
さすがにこの展開は誤算だったのだろうか。
それとも──その態度すらも駆け引きのうちか。
「次はお前だ」
ジャックはゆっくりとレヴィンに歩み寄った。
明日の更新はお休みです。
明後日の朝7時から10話を投稿します。12話まで連日投稿予定です。
なお12話にてこの章は完結となります。
次章から主人公のハルト視点に戻ってお話が進みます<(_ _)>








