7 「生き残るために」
「ここは──」
気がつくと、俺は現実の世界に戻っていた。
元の噴水公園である。
「共鳴……意識内の世界……なるほど」
エレクトラも同様らしく、俺を静かに見据えている。
と、
「ルカたちの偽物なんて出して、どういうつもり?」
「本物の行方を知っているのですか?」
リリスとアリスがともに険しい表情で身構えた。
「これは失礼をした」
エレクトラが二人に向き直り、ぱちんと指を鳴らす。
ルカとサロメの──いや、偽者の姿が一瞬で消え失せた。
どうやら幻像のたぐいだったらしい。
「二人はここだよ」
エレクトラの後ろに巨大な影が現れる。
全身が樹木でできた、体長五メティルほどの巨人──こいつも精霊だろうか。
巨人精霊は両手に縄で縛られたルカとサロメをつかんでいた。
今度こそ本物みたいだ。
「んぐ……ぐむぅ……」
猿轡をされている二人は、俺たちを見てくぐもった声をもらした。
「どうして、こんな……?」
「人質さ。こういう手段は取りたくなかったが、ね」
エレクトラがうそぶく。
「人質だと」
俺はエレクトラをにらみ、それからルカとサロメに視線を移した。
逃げて、と彼女たちの目が訴えている。
だけど、彼女たちを置いて逃げられるわけなんてない。
「どういうつもり!? 二人を離して!」
リリスが怒りの声を上げた。
「断る……と言ったら?」
「力ずくでも取り戻します。私たちの大切な仲間を!」
普段はおとなしいアリスも、今は闘志を前面に出していた。
「勇ましいことだ──やれ、我が精霊たち」
エレクトラの言葉とともに、さっきの精霊──翼を生やした虎が襲いかかる。
「雷襲弾!」
リリスが雷撃の呪文を唱えた。
夜の闇を黄金の雷光が照らし、精霊を爆散させる。
「『視えて』いるよ。それは囮。本命はこっちだ」
エレクトラが言った直後、リリスの背後に別の精霊が現れた。
両手に剣を構えた、全裸の美女。
二本の剣がうなりを上げてリリスに襲いかかった。
攻撃魔法を放った一瞬の隙を狙いすましたかのような、完璧なタイミングだ。
「させるかっ」
俺はすかさず防御スキルを飛ばす。
虹色の光球──護りの障壁がリリスの背後から斬りかかった剣を弾き返した。
「私が──」
さらにアリスが捕縛魔法を唱え、女精霊を拘束しようとする。
「その動きも『視えて』いる」
エレクトラの言葉とともに、女精霊が大きく跳んで魔法から逃れた。
同時に、四体目の精霊が出現する。
こいつ、何体の精霊を同時に出せるんだ!?
新たな精霊は大砲を背負った狼のようなデザインだった。
その砲口が赤く輝き、巨大な光球が撃ち出される。
「くっ……」
リリスとアリスは大きくバックステップして避けた。
「二秒後、後方五メティル。そこだ」
エレクトラがつぶやく。
二人の着地点をあらかじめ知っていたかのように、女の精霊が双剣を叩きこんだ。
だけど、やらせない──。
俺は防御スキルを移動させて斬撃を防ぐ。
「っ……!?」
手ごたえは、なかった。
女の精霊がゆっくりと消えていく。
「幻影だよ」
エレクトラが微笑んだ。
そうか、さっきのルカやサロメの偽物と同じような偽物を──。
「本命はこちらだ」
エレクトラがぱちんと指を鳴らし、巨人精霊の足から何本ものツタが伸びた。
「きゃあっ……!?」
二人の、悲鳴。
ツタはそのままロープのようにリリスとアリスを拘束する。
そのまま引き寄せられた二人は、ルカやサロメの側に下ろされた。
俺がスキルを展開し直す暇もない、一瞬の出来事だった。
「これで人質は四人」
「くっ……!」
淡々と告げるエレクトラに俺は歯噛みした。
「たとえ、どれほどの強者であろうと──未来を視て、すべての行動を先読みできるわたしの敵ではないよ」
すべてはあいつの見立て通り、ってことか。
リリスの攻撃も、アリスの防御も、その後の攻撃や俺のスキル展開も。
すべての流れを見切り、それでも防げないタイミングで確実に二人を捕縛した。
まるでチェスの達人が一手一手、布石を打って相手を追い詰めていくように──。
未来予知の力──そんなの、無敵じゃないか。
「そう、無敵だ」
俺の内心を読んだようにエレクトラがうなずく。
「だから普通の人間に負けることはない──ただ同じく神の力を持つ者が相手では、さすがに万全とはいえない。だから人質を取らせてもらった」
「占いでルカたちに会えるって言ったのも、最初から俺たちをおびき寄せるためか」
「確実に勝つために。そして、わたしが生き残るために──どんな手段だって使うさ」
と、エレクトラ。
「俺は戦うつもりなんてない」
俺は唇を噛みしめて、うめく。
「だから二人を離せ」
「君が何を望もうと、未来がその通りになるとは限らない。現に君は戦っただろう? 『殺し』の力を持つグレゴリオという男と」
涼しげな瞳が俺を射抜いた。
「そして殺した」
「っ……!」
息を飲む。
それでも俺は叫んだ。
「確かにグレゴリオは俺が死なせた……だけど、俺は戦う未来なんて望まない! 同じ力を持つ人と会えたら、今度こそは──」
そう、この間のジャックさんみたいに。
共闘する未来を。
俺はそんな運命を望む。
「確かに変えられる。わたしは運命を知り、そして操作する者──だから変えるのは、わたしの望みどおりに、だ。君の望みではなく──」
エレクトラが笑みを深くした。
「さあ、話はここまでだ。わたしの目的は生き残ること。これから先も平穏に暮らすこと。そのために為すべきことを為す」
その周囲に三体の精霊が集まった。
リリスたち四人を拘束している樹木の巨人。
双剣を構えた全裸の女。
そして大砲を背負った狼。
「君自身には攻撃手段がない。護りの力だけでわたしに対抗できるかな?」
「くっ……」
見たところ、エレクトラの戦闘スタイルは精霊を使ったものだ。
直接戦闘を得意にしているようには見えないし、格闘戦なら腕力の差で俺に分があるかもしれない。
精霊たちの攻撃をかいくぐることさえ、できれば──。