本編最終話「帰ろう」
気がつけば、俺は元の場所にいた。
「裁定者は消えてしまったようだ」
と、イオ。
「消滅したのか。それともどこかに去っただけなのか……」
だけど、あれほどの存在が消えてしまうとは考えづらい。
「もしかしたら、俺たちに愛想を尽かしたのかもな」
「……違いない」
言いつつ、イオがかすかに笑った。
「ともあれ、裁定者の力の影響がなくなった。そのことで、『魔族がこの世界に長く留まれない』という制限は消えるだろう。力ある神々も消え去った。今が、あらゆる世界を征服する好機かもしれないな」
言って、イオが俺を見つめた。
俺はその言葉を平然と受け止める。
不安はなかった。
彼女の言葉には、なぜか敵意がなかったから。
「だが、今回の戦いで多くの魔族が失われた。わたしも魔王になったばかりで、まだまだ魔界は盤石ではない」
「イオ……」
「何よりも──裁定者によって封印されていた古き竜たちも、やがて目覚めるだろう。彼らを討ち、地上を征服するのは、今の魔界の戦力では無理だ」
「これから、どうするんだ?」
「魔界に戻る」
と、イオ。
「今はまず魔族の立て直しが急務だ。わたしは、新たな魔界を作ってみせる」
「……できれば、人間の世界に攻めてこないでほしいけどな」
「ここには竜がいるし──お前もいる。その力はすべてを守る力……地上征服など、簡単にはできまい」
イオがまた微笑んだ。
「とはいえ、気を抜くなよ。魔はいつでもこの世界を狙っている。お前たちが隙を見せれば、必ず──」
「そのときは俺だけじゃなく、世界中の冒険者が立ち向かう」
俺はキッと彼女を見据えた。
「ふむ。では、いずれ相まみえるかもしれないな」
妙に爽やかな笑顔で、イオは去っていく。
冥天門の力で『黒幻洞』を開き、魔界へと。
「じゃあ、あたしも行くね」
「セフィリア──」
俺の言葉に、セフィリアはにっこりと振り返った。
「うん? それとも、ここで戦う?」
悪戯っぽくたずねるセフィリア。
「くっ……」
俺は彼女を油断なく見据えた。
裁定者との攻防が終わっても、すべての争いがなくなるわけじゃない。
魔族は油断ならないし、あるいは竜だって──。
そして何よりも、人と人とが争うことはなくならない。
一つの戦いの終わりは、次の戦いの始まりでも、ある。
俺は彼女をどうすべきだろう?
どう対応し、あるいは戦うべきなのか……。
「それじゃ、ちょっと旅にでも出ようかな」
セフィリアが微笑んだ。
「裁定者っていうのもいなくなったし、ここにはもう楽しいことはないでしょ。だから探しに行くの」
「探す?」
「とりあえずは──竜だね」
セフィリアがにっこり笑う。
「すごく強いんでしょ、古竜って? 裁定者に封印されていたみたいだけど、それも解けたはずじゃない? だったら、ちょっと遊んでこようかな、って」
竜と戦う、ってことか?
それが彼女の見つけた、新たな『ゲーム』なのか。
「じゃあ、またいずれ──」
「ま、待て……」
追いかける間もなく、セフィリアは行ってしまった。
……いや、今は下手に刺激しない方がいいのか。
だが、いつかまた彼女が俺の前に現れるとしたら。
そして、また俺の近しい人たちを傷つけることがあれば。
そのときは全力でみんなを護ってみせる。
──そして。
「全部終わったの、ハルト……?」
「あの裁定者さんはいなくなったんですよね?」
リリスとアリスがたずねる。
「ああ、消滅したのか。どこか別の世界へ去ったのか……それは分からないけど」
俺は静かに告げた。
「少なくとも、世界の再構築っていうのは止めたみたいだ」
いつかまた、裁定者が現れるかもしれない。
奴の意志が変わらないとは限らない。
今度こそ世界は奴の思うままに作り替えられ、『管理』されてしまうかもしれない。
だけど──、
「たとえ、また戦うことになったとしても、一人一人が覚悟をもって進んでいけばいい。強い意志で立ち向かえばいい」
俺は決意を持って告げた。
リリスが、アリスが、ルカが、サロメが、俺を見つめ、うなずく。
「とりあえずは──帰ろう。タイラスシティに。みんなで」
俺はリリスたちに微笑んだ。
大切な四人の少女たちに。
一つの戦いは終わったけど、『次』がいつ来るのかは分からない。
でも──いや、だからこそ歩いていこう。
きっと、大丈夫だ。
俺たちの絆は、世界の敵を──管理者さえも、退けた。
これからも、その覚悟を持って。
大切な仲間たちとともに、未来へとつながる道を──。
一歩一歩、歩いていくんだ。
【完】
これにて本作は完結となります。
今まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
また別の作品でお会いできましたら幸いです。
ほな、またね! (´・ω・`)ノ








