4 「離れるなよ」
「なぜ汝らは我に逆らう? この世界のすべては我が管理している。そのことにより、世界の調和は保たれているのだぞ」
裁定者がうめいた。
「いわば、汝らは世界の平和を邪魔する害悪。許すわけにはいかん」
その全身を覆う虹色の輝きが、爆発的に膨れあがった。
「よって排除する。すみやかに──」
衝撃波が四方に走り抜ける。
「排除なんてされてたまるか! 俺が護ってみせる! すべてを!」
俺の黄金の輝きがそれを弾き散らした。
はるか上空まで飛んでいった破壊エネルギーが、無数の爆光の花を空一面に咲かせる。
大陸どころか、惑星すら破壊してしまいそうなほどのエネルギーだ、と本能で察した。
俺のスキルで守っていなければ、この世界なんて一瞬で破壊されてしまうんじゃないか?
そして奴の思うままに、世界は再創造される──。
悪寒と恐怖が全身に駆け巡った。
胃液が逆流しそうだ。
これが世界の理を司る存在。
これが、裁定者の真のプレッシャー……!
「……神様よりすごい存在を怒らせちゃったわけだな」
俺は軽口めいた言葉で、こみ上げる不安を──いや、恐怖を押し殺した。
「リリス、アリス、サロメ、ルカ! 俺から離れるなよ!」
彼女たちに告げる。
今や『封絶の世界』の効果範囲は大陸を覆い尽くすほどにまで広がっている。
イオの『冥天門』で俺のスキル効果を加速しているおかげだった。
だけど、何しろ相手が相手だ。
護るために、少しでも近くにいたい。
「う、うん、分かった」
「お願いします、ハルトさん~」
リリスとアリスが左右から体を寄せてくる。
「じゃあ、密着しよっかな?」
「くっつけばいいの? こう……?」
悪戯っぽく笑ったサロメが俺の背中を抱きしめ、ルカは正面から抱きついてきた。
「い、いや、そこまでくっつかなくても……」
こんなときだというのに、ドキッとしてしまう。
さすがに四人全員から密着されると……その、照れるというか、なんというか。
「……イチャイチャするにも状況を考えてほしい」
「へえ、ハルトくん、モテモテだね」
憮然としたイオと、朗らかに笑うセフィリア。
なんだか締まらない状況だったけど、それが俺のプレッシャーを和らげてくれた。
「まず、わたしが仕掛ける」
イオが前に出た。
「わたしの戦闘能力は六魔将の中で最弱。だけど、戦えば──わたしこそが最強の存在。わたしこそが真の魔将。ただ、一人の──そして今は」
謳うように告げる魔王少女。
「魔界を総べる新たな王。さあ、開け。『冥天門』。今こそすべての力を解き放て」
彼女の前方に出現した黄金の門が、七色の輝きを放った。
開いた門から、無数の魔族が飛び出していく。
「これは──」
「防御は任せる、ハルト・リーヴァ」
イオが俺を見た。
「わたしの『冥天門』は──命を代償にして、対象の能力を増加させる。一定時間であれば、死んだ者を蘇生し、生前よりも強化することさえできる。だけど、その代償は──魔界にいる魔族たち」
「……仲間を犠牲にして、戦力を増強しているっていうのか」
俺は表情を険しくした。
「わたしたちは元より覚悟を決めている。これは魔界の総意。そもそも冥天門は『命を代償にする行為』を強制することはできない。相手が自らの犠牲を受け入れて初めて、その効果が発動する」
「じゃあ、魔族は自分たちの意志で犠牲に……?」
「そういうことだ」
冷然と告げるイオ。
「非難されるいわれはない」
「だけど……」
納得いかない部分はあるが、あくまでも魔族側の事情だ。
俺が口出しすべきことじゃないんだろう。
俺は──俺が今やるべきことをやる。
裁定者に対して、他のことを考えている余裕も余力もない。
「我の『管理』を邪魔する者に存在価値はない」
裁定者が傲然と言い放った。
「世界の運行を妨げる者に、生きる価値はない」
かざした手に虹色の輝きが凝縮する。
それは一振りの巨大な剣と化した。
「ゆえに、断ち切る──銀河をも切り裂く我が剣で」
振り下ろされた大剣が、空間そのものを断ち割りながら迫った。
虹の軌跡を描く斬撃が俺たちの頭上に叩きつけられる。
がいんっ!
鉄と鉄がぶつかり合うような重い金属音。
いつもの、俺のスキルの防御音。
「……効かぬか」
俺から立ち上る黄金のフィールドは、裁定者の斬撃をも受け止めていた。
「神を超えた力とは、我が力すら防ぎきるのか……なぜ、ここまで力が進化している……?」
戸惑ったのか、奴の動きが一瞬止まる。
「なぜ、力の進化が加速し続けている……? 成長し続けている……?」
呆然とした、声。
「イオ、今だ!」
「魔族たちよ、魔王イオの名において命ず! あの巨人を──『裁定者』を」
俺の合図に、イオが叫んだ。
「いや、『世界の敵』を、破壊せよ!」
魔族たちの剣や魔法が、虹色の巨人に次々と叩きつけられていく──。








