2 「冒険者として、戦う」
「人で在りながら、神を超えた領域に踏みこんだ者。魔と人の間で生まれ、魔でありながら魔としての制約を受けない者」
裁定者が俺たちを見下ろし、告げた。
「いずれも超越的な能力を持っていることは認めよう。『絶対防御』と『無限強化』──だが、この我を超越することだけはできん」
「どうかな……やってみなきゃ分からないんじゃないか」
俺は裁定者を見上げる。
一度は気持ちで圧倒されそうになったけど、もう大丈夫だ。
ただ全力で立ち向かうのみ。
みんなを護るために。
そしてこの世界を守るために。
「……ふむ。では分からせてやろう」
ぱちん、と指を鳴らす裁定者。
直後、
──俺とイオの体から立ち上る黄金の輝きが、消えた。
「スキルが──発動していない!?」
「わたしもだ……冥天門が、なぜ──!?」
俺とイオは戸惑いをあらわに、お互いを見た。
こんなことは初めてだった。
今まであらゆる敵の、あらゆる攻撃を封じてきた無敵の防御スキルが──。
スキルの発動そのものが、消えてしまうなんて。
「汝らの時間軸をリセットした。汝らがその能力を身に着ける、前の時間まで」
平然と告げる裁定者。
いや、ちょっと待てよ……!
それって、まさか。
まさか……!
「俺たちは──」
「然り。なんの能力も持たない、ただの人間と魔族にすぎぬ」
「冒険者ギルドとやらの長と、王国の伯爵──人間どもの愚かな企てにより、神も魔王も消滅した。世界のバランスを崩す、許しがたい愚行だ」
裁定者が告げる。
「彼らへの制裁は必ず行うが、まずは汝らに裁定を下す──排除、だ」
俺は裁定者の言葉を半ば聞き流していた。
ショックが大きすぎて、奴の言葉がほとんど耳に入ってこない。
スキルを失ってしまった。
俺は呆然と裁定者を見上げていた。
「世界の理に抗する愚かな者どもよ。今消し去ってくれよう──裁定者の名のもとに」
虹の巨人が拳を振り上げた。
怒りでも、敵意でも、闘志でもない。
まるで──作業。
淡々と、なんの感情もなく、ただ邪魔者である俺やイオを殺そうとしている。
そして俺にはそれを止められない。
防御スキルを失った以上、奴の攻撃を防ぐ手だてがない。
一体、どうすれば……!
「ハルトさん!」
と、走ってきたのはアリスだ。
どうして、ここに……!?
「居てもたってもいられなくて……」
荒い息をつきながら、アリスが言った。
「私も一緒に戦います」
「じゃあ、姉さん。あたしたちで!」
「ええ、ハルトさんを護りましょう!」
リリスとアリスがうなずき合い、叫んだ。
「今までハルトは、あたしたちを何度も助けてくれた」
「今度は私たちがあなたを守る番です」
黒い衣装をまとった二人が、巨大な杖を掲げた。
魔将メリエルから絶大な魔力を受け継いだ二人の、全開戦闘モードだ。
「リリス、アリス……」
「二人だけに戦わせない」
「ボクだって、ハルトくんに助けられたんだからね」
ルカが戦神竜覇剣を構え、サロメはナイフを手に告げる。
「ルカ、サロメ……」
いつもとは逆に、俺がみんなに護られることになるなんて。
「我に立ち向かうか。世界の理を司る──いや、世界の理そのものである我に」
裁定者が告げた。
「たとえ、あなたが世界のルールだとしても、それが理不尽だと感じたなら──あたしたちは立ち向かう!」
「まして、それが大切な人を護るためなら、なおさらです!」
リリスとアリスが叫ぶ。
「ただ一方的に、力ずくで──というのは納得できない」
「そうそう、もうちょっとコミュニケーションを取る努力をしたらどうかな?」
凛として告げるルカと、悪戯っぽく笑うサロメ。
四者四様の態度で、彼女たちは裁定者を真っ向から対峙していた。
一歩も退く気配はない。
そうだ、俺も──。
彼女たちと同じく、立ち向かわないと。
たとえスキルを失っても、俺は──ハルト・リーヴァとして。
「冒険者として、戦う……!」
「闘志は失わぬか。だが結果は変わらん」
虹色の巨人が拳を振り上げる。
「この大陸ごと消去してやろう」
告げる。
その言葉が嘘でもハッタリでもないことは、本能で理解できた。
防御スキルを失った俺には、どうしようもない。
イオも同じだ。
そしてリリスたちだって、さすがにそんな威力の攻撃の前ではどうしようもないだろう。
「然り。汝らに打つ手はない。諦めよ」
冷然と告げる裁定者。
「──いや、まだだ」
俺は首を左右に振った。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
この世界を守りたい。
リリスたちがいる、この世界を。
それに──俺は託されたんだ。
俺に力をくれた、女神様から。
「そんな簡単に諦めてたまるか──!」
俺は『意志』を振り絞る。
頼む、もう一度発現しくれ!
俺の防御スキル……頼む!
だけど、現実は非情だ。
奴は、俺とイオの時間軸を巻き戻したと言っていた。
今の俺は、女神イルファリアと出会う前の、普通の学生に過ぎない。
『絶対にダメージを受けないスキル』なんて持たない、ただのハルト・リーヴァだ。
「大丈夫よ、ハルト!」
「ここは私たちが!」
「あいつを倒す──」
「ボクだっているんだからね!」
リリスが、アリスが、ルカが、サロメが。
それぞれ魔法を、剣技を、暗殺術を繰り出した。
三種の攻撃が虹色の巨人に向かっていく──。








