7 「託します、ハルト」
「消える、ってそんな……」
「今の状況を、いつまでも耐えることはできません」
イルファリアが首を左右に振る。
「私の消滅は避けられないでしょう……」
「でも俺や女神さまの力は『絶対にダメージを受けない』スキルなんでしょう? だったら防げるはずです!」
神と魔は一定距離まで近づくと互いに消滅してしまう。
だけど、俺がそんなことはさせない。
絶対に、女神さまを守る──。
「ありがとう、ハルト」
微笑む女神さま。
「ですが、もはや止められません。護りの力はあくまでも『攻撃』を防ぐ力です。『事象そのもの』に干渉することはできません」
「事象……そのもの?」
「神と魔の対消滅は攻撃ではなく、たんなる現象ですから──スキルの効果範囲外なのです」
じゃあ、イルファリアの消滅は止められないのか。
「でも、この空間で防御を続ければ──」
「無理なのです、ハルト。なぜなら……くっ、ううっ……!」
ふいに、女神さまの顔が苦悶に歪んだ。
その足元が、光の粒子となって消えていく。
「『浸食』が始まったようです。ある程度の距離を保っていても、時間が経てば消滅の効果に侵されてしまう……」
「だ、駄目だ、そんなの!」
だけど、女神さまの消滅は止まらなかった。
足首が消え、膝が消え、太ももが消えていく──。
俺の防御スキルでは止められない!?
攻撃ではなく、あくまでも『現象』に過ぎないこれには──『封絶の世界』も及ばないのか。
「もっと──もっとだ!」
俺の全身から黄金の輝きがさらにあふれる。
『封絶の世界』の出力が上がっていく。
だけど、結果は変わらない。
女神さまの体はどんどん消えていく。
くそっ、なんとかならないのか!
俺は焦りと苛立ち混じりに周囲を見回す。
前方の一部がぼやけ、外の様子が見えた。
「ここで互いに滅ぶか、魔王」
「滅ぶのは貴様だけだ、ガレーザ」
竜の頭を持つ神と、黒き炎に似たシルエットの魔王。
最高の神と、最強の魔が対峙している──。
「さあ、神魔大戦の決着だ」
神と魔王が同時に動いた。
白く輝く剣を放つガレーザと、無数の黒い光弾を生み出し対抗する魔王。
その余波が、大地を削り、空を割る。
その余波が、すさまじい震動を起こし、世界を揺るがす。
その余波が、魔族の軍団を瞬時に吹き飛ばす。
『冥天門』の側にいるイオだけは、その影響を受けないのか、平然とたたずんでいた。
なおもガレーザと魔王は攻撃をぶつけ合う。
だが、それも長くは続かなかった。
「見えるぞ、我々が作り出した道しるべを──人間たちが歩んでいく姿が」
「見えるぞ、我ら魔の者こそがすべてを総べる未来が──」
神と魔王はそれぞれ満足げにつぶやき。
まばゆい輝きとともに、四散した。
あまりにも、あっけなく。
「ガレーザ……そして消えていった五柱の神たち……私も、今──」
イルファリアが力のない声でつぶやくと、足が、腰が、次々に消えていく。
消滅が加速していく。
もう、止められない──。
「女神さま……っ」
「お別れです、ハルト」
イルファリアが俺に顔を寄せる。
柔らかな唇が、俺の唇に重なった。
「どうか、良き未来を。あとは──託します、ハルト」
イルファリアがゆっくりと遠ざかる。
「駄目だ、消えないで……!」
俺は手を伸ばした。
夢中で。
必死で。
イルファリアもまた切なげな笑みとともに、俺に手を伸ばし──。
その手が、笑顔が、無数の光の粒子となって消え失せた。
「あ……ああ……」
俺はがくりとその場に崩れ落ちた。
同時に、景色が切り替わる。
意識内の世界から、現実の世界へと。
「ハルト──」
リリスが、ルカが、サロメが、俺を見ていた。
周囲を見回したけど、やっぱり女神さまの姿はない。
消えて、しまったんだ。
胸の芯に重く沈んでいくような、強烈な喪失感がこみ上げる。
目頭が熱くなる。
心臓が、わしづかみにされたように痛い。
「女神……さま」
唇をかみしめてうめいた、そのとき。
俺の全身から、今までにないほどの鮮烈な輝きが湧き上がる──。








