5 「最後の機会です」
「おお、ついに──やったか!」
ラフィールは、確かに見た。
黄金の結界が砕け散り、六つの光が流星のごとく飛んでいくのを。
結界は、地上に降臨した六柱の神々が自分たちを守るために作ったものだ。
高位の神や魔はこの世界に降り立つと、互いに引き寄せられてしまう。
そして一定距離まで近づくことで消滅してしまうのだ。
そのため、神々は結界に閉じこもって魔との接触を防ごうとしていた。
だが今──神を守るその結界は失われた。
人の、力によって。
「成功ですな」
ラフィール伯爵は隣に立つ美女に向かって。満足げに笑った。
胸が高鳴るのを感じる。
「人の手で、神に引導を渡す──なんと畏れ多く、なんと心昂ぶる所業でしょうか」
ラフィールの声が興奮で震えた。
自分が、神を超えたような実感すらあった。
神の上に立ち、人の世界のすべてを統べる覇王となる──。
この、ベネディクト・ラフィールが。
「これで滅ぶ」
隣にいるギルド長テオドラが満足げに吐息をもらす。
「ええ、神も、魔も」
流星が飛び去った先を見つめ、ラフィールが笑みを濃くした。
あの先には、きっと魔王や高位魔族がいることだろう。
そして互いにぶつかり、消え去るのだ。
あとに残るのは──人間のみ。
世界に残るのは、人間のみ。
「そして、人がすべての世界の頂点に」
「我らこそが、すべての頂点たる覇王に」
ラフィールとテオドラが謳うように告げる。
(いや、最終的な王はこの私だ。私は、私自身と私の愛する国のため──その覇道を阻む者はすべて排除する)
妖艶なギルド長に燃えるような視線を送る。
(あなたとて例外ではないぞ。冒険者ギルドの長、テオドラよ──)
心の奥に燃え盛る野心は、今や業火となってラフィールを内から焼いていた。
※
突然現れた六つの光の柱──神々を、俺は呆然と見つめていた。
「神々がこの場に現れた……ふん、人間どものしわざか」
魔王がうなる。
「おのれ……神をも畏れぬ所業を……」
光の柱の一つから神の声が響く。
神々と魔王の対峙──。
荘厳なはずの光景は、だけど生々しい怨念が渦巻いているように見えた。
これが、バネッサさんたちが目論んだことなのか。
神と魔王を出会わせ、互いに消滅させる──と。
「魔王様をお守りせよ!」
と、岩の戦士──ビクティムが突進する。
それに続いて、魔族たちもいっせいに神々に向かっていった。
魔王やイオの前に立ち、まるで壁のように。
「これ以上近づいては……ぐ、ぅ……っ」
「まずいぞ、このままでは……ううっ……」
六本の光の柱の内の二本から苦鳴が聞こえた。
ビクティムたちはさらに前へ進む。
「魔王様のため、この身を捧げます──」
静かな、満足げな声とともに。
あっけなく、あっさりと──。
二柱の神とビクティムや魔族たちが、同時に消滅した。
「えっ……!?」
あまりにも簡単に消え去った神と魔に、俺は呆気にとられる。
それはすぐに戦慄へと変わった。
どうやら神と魔はある程度の距離まで近づくと、互いに消滅してしまうらしい。
以前にも、天使たちが魔の者と同時に消えたことがあったけれど……。
その現象は、神や六魔将クラスでさえ逃れられないようだ。
「戦神……殺戮神……」
他の光の柱たちから、悲しげなつぶやきが聞こえた。
今消滅した神々の名前だろう。
「イオ、分かっているな」
「はい、父上」
魔王の言葉に、オッドアイの美少女がうなずいた。
「冥天門、出力最大。『黒幻洞』展開」
空に無数の黒点が出現した。
そこから、おびただしい数の影が降り立つ。
るおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!
響き渡る咆哮。
魔族や魔獣の大軍団だった。
「こやつらはいずれも高位の魔族や魔獣。六魔将ほどではないが、それに準ずる強者たちだ」
と、魔王。
「これだけの数をそろえれば、神の消滅に釣り合うだろう。さあ、行け。己の身を犠牲に神を滅ぼし、魔界の礎となるのだ」
むおおおおおおおおむんんっ!
不気味な雄叫びとともに、魔の軍団が残り四つの光柱に突進した。
そのうちの一つから飛び出した神が大量の魔の者の前に立つ。
「私の予知通りなら、これで……最後にあなたたちが残れば、必ず……」
そんな言葉を残し、その神は魔群とともに消滅した。
「運命の女神……!」
他の三柱から沈痛な声がもれる。
「手は緩めぬぞ──イオ」
「はっ。神々がすべて消え去るまで、魔を召喚し続けます──『冥天門』!」
扉が開き、そこから新たな魔の軍勢が現れた。
殺到する魔に、光の柱から新たに飛び出した神がその体を盾にして、食い止める。
そして、またもや神と魔は同時に消滅した。
「地と風の王神……」
残った二柱の声は沈痛すら通り越し、一種の諦念さえ漂っている。
「ふん、神々ともあろうものがあまりにも無策だな。それとも万策尽きたか?」
「策など使わぬ」
「ええ、私たちはただ──託すだけです」
二柱の神が凛と告げる。
消滅の危機においても、まったく揺るがない毅然とした態度。
神の名にふさわしい威厳だった。
「託す? 誰にだ?」
魔王が笑う。
「そもそも託している余裕すらあるまい。残るは汝らだけだぞ。ガレーザ、イルファリア」
じりじりと魔の軍団が二柱の神に近づいていく。
「させない──」
俺は黄金の障壁を生み出し、神々と魔の軍団の間に一枚張った。
第一のスキル形態『護りの障壁』。
基本防御のうち『弾く』ことに特化した壁として設定し、互いに反発させて近づけさせないようにする。
さらに、
「私も、もう一枚──」
イルファリアが同じような黄金の障壁を生みだした。
その効果も、俺が作ったものと似たものだろう。
二枚の防御壁によって、神々と魔の軍団は一定の距離を取ることに成功する。
同時に、神と魔の消滅現象も止まった。
やっぱり、ある程度近づかなければ、あの現象は起きないみたいだ。
「今のうちに──ハルトに伝えたいことがあります。いいですか?」
女神さまが俺に呼びかけた。
「伝えたい……こと?」
「おそらく、これがあなたと話す最後の機会です」








