2 「想いの強さが」
「冥天門、開錠起動」
イオの声とともに、黄金に輝く巨大な門が出現した。
俺の『封絶の世界』によく似た輝きだ。
「消えよ、人間ども──」
魔王の放った魔力弾が黄金の門を通過し、そのまま俺たちに向かって突き進む。
「くっ……!」
目がくらむような閃光があふれ返った。
──直後、周囲が爆光と爆音に包まれる──。
まるで世界そのものが揺らいだかのような衝撃。
俺が防御スキルを展開しているからいいものの、そうでなければ周囲一帯が消滅していただろう。
事実、『封絶の世界』の効果範囲外にある場所がごっそりとえぐれていた。
直径数千──いや数万メティルは優にある、超巨大なクレーターだ。
「さすがに魔王っていうだけはあるよな……」
あらためて実感する。
魔王の攻撃は、まさしく地形を変えるレベルだった。
しかも魔法を発動しないスキル『不可侵領域』を無視して、魔法が発動した。
魔王には、俺の神のスキルが通じないのか?
それとも、別のカラクリなのか──?
「本来なら、人間が戦える相手じゃないみたいね」
「破壊力が高すぎる……あまりにも……!」
リリスとルカが俺の両隣でうめいた。
「放置はできない」
「放っておいたら、それこそ世界が滅亡しちゃいそうだからね」
と、サロメ。
問題は──どう戦うか、だ。
防御に徹するか。
それとも攻撃に転じるか。
「あたしが仕掛ける」
リリスが俺から一歩離れた。
「ルカやサロメと違って、あたしなら遠距離から攻撃できる。様子見も兼ねて、ね」
と、黒い杖を構えた。
「魔将メリエルの魔力を受け継いだ人間か」
魔王がリリスを見据える。
「人と神、魔、竜の力の融合──そして成長。確かに『あの者』の管理の枠外にある力は、徐々に育っているようだ」
さっきから頻繁に話題に上がる『あの者』っていうのは、なんだ?
前に女神さまが言っていたのと、同じ存在を指しているんだろうけど。
一体、何者なんだ──。
だけど、今は謎解きをしている時間じゃない。
目の前の魔王とどう戦い、どう凌ぐか。
それだけにすべてを集中するんだ。
「雷撃斬!」
リリスが雷撃の魔族式魔法を放つ。
「無駄だ。たとえ魔将の力で放つ魔法といえど、我には通じぬ」
それをこともなげに受け流す魔王。
防御魔法すら使っていない。
おそらくは、根本的な魔力が違いすぎるんだろう。
「だったら──」
リリスは魔法を連打した。
正面から、あるいは側面や背後から。
単発のものから、分散型、あるいは時間差発動。
あらゆるバリエーションで攻め立てる。
そのすべてを、魔王は簡単に受け流してしまう。
「戦法の問題ではない。我と貴様では魔法能力そのものが天と地ほど違うのだ。まだ分からぬか」
「くっ……」
「とはいえ、見事だ。人間の身でありながら、これほどの魔法を操った者は──おそらく歴史上におるまい。褒美に──」
魔王の全身から黒い炎が揺らめく。
「千の肉片に刻んでやろう」
「っ……!」
その威圧感に、リリスが後ずさる。
俺は彼女をかばうように前に出た。
「くくく、ハルト・リーヴァ……貴様にとって大事な女なのだな? その魔法使いも、他の二人も」
魔王が笑った。
「もし失えば、貴様の心は痛み、萎え、折れ、砕け──スキルが大きく弱体化するか? ん?」
「なんだと……!」
ビクティムが取ったのと同じ戦法か。
だけど、そんなことは絶対にさせない!
「くくく、言葉での揺さぶりだけで、神の光が薄まったぞ。貴様たち人間は他者への想いで簡単に揺らぐ」
魔王が嘲笑する。
「それが弱さよ」
告げて、炎を放つ魔王。
紅蓮の渦はイオの門を通り、巨大な炎の竜となって襲いかかった。
「確かに……弱さかもしれない」
黄金の輝きが魔王の火炎竜を弾き返す。
「だけど、それがすべてじゃない!」
俺の周囲から立ちのぼる黄金の輝きは、さらに光度を増した。
すさまじい勢いで光が広がっていく。
リリスたちが世界中のどこにいても護れるように。
スキルの範囲をどこまでも拡大していく──。
「想いの強さが、俺を成長させてきた。お前が何を仕掛けようと、仲間たちは傷つけさせない!」
「魔王相手に吠えるか。矮小なる者よ」
魔王は魔法を連打してきた。
火炎を、稲妻を、竜巻を、氷雪を、光や闇を。
あらゆる属性の攻撃魔法。
だけど、それらは俺の展開する黄金のフィールドに弾き返されるのみだ。
──やはり『封絶の世界』の防御力は健在みたいだった。
ただ、なぜか『不可侵領域』が発動していない。
「あの門……」
ルカがつぶやいた。
「えっ」
「門の回りだけ、ハルトの金色の光が届いてない」
言われてみれば、イオの側にある門──『冥天門』からあふれる光が、俺の『封絶の世界』の光をはねのけている。
同じ黄金の光だから見分けづらいけど、指摘されてあらためて見ると、はっきり分かった。
あの門が、俺のスキルになんらかの影響を与えている──?
「これだけ攻めても崩せぬか」
魔王は魔法の連打を止め、うなった。
「しかし、なぜだ──貴様が神のスキルを持っているとはいえ、我は魔王。打ち破れぬはずはない……貴様の力は、一体」
魔王相手にも、俺の防御スキルは通用する。
それ自体はすごく心強い。
ただ、疑問もあった。
神と魔王は、おそらく同格の存在のはず。
俺が絶対防御の力を持っていても、魔王クラスならそれを打ち破る可能性はあるんじゃないだろうか。
ここまで完璧に、攻撃を防げるものなんだろうか。
以前よりも──いや、こうしている一刻一刻に。
「俺の力が、増している……!?」
相手の攻撃規模が大きすぎて、今一つ実感しづらいけれど。
「今の貴様は、人の領域から外れようとしているのかもしれんな」
魔王がつぶやく。
「貴様が貴様でいられなくなる領域まで──人が、人で在り続けられない領域へと」
「俺は──」
ふいに、視界がかすむ。
この感覚は……!?
以前にも体感したことがあった。
『封絶の世界』に覚醒して間もないころと同じ感覚。
体中から力があふれ、心が万能感に満ちていく。
「えっ……!?」
見下ろせば、俺の体が半透明になっていた。
心臓の鼓動が異様に高鳴り、体中の血が熱くなる。
自分が自分でなくなるような──。
自分以外の──自分以上の何かに変質していくような感覚だ。
「だとしても、俺は」
拳を握りしめた。
半透明にかすんでいた体が、ふたたび元に戻る。
「踏みこむだけだ。お前を封じるために」
リリスたちを護るために──。
不安も恐怖も押しこめ、決意する。
俺は、俺にできることをすべてやり遂げる、と。








