1 「受けよ、魔王の魔法」
間が空きましたが更新再開です。3日に1話ペースで章の終わりまで更新予定です。
こいつが、魔王──。
俺は前方に降り立った巨大なシルエットを見据えた。
身長五メティルほどの体に、黒い炎をローブのようにまとっている。
血の色をした眼光は、空間を歪めるほどの威圧感を放っていた。
その隣には、小柄な少女の姿がある。
流麗な黒髪をツーサイドアップにした十代半ばくらいの、可憐な少女。
右目が赤、左目は金色──いわゆるオッドアイだ。
「魔の者が、すべての世界の盟主となる……その好機が、まさか人間の手によってもたらされるとは、な」
魔王がうなった。
ごうっ……!
体を覆う黒い炎が、まるで奴の怒りを表すように一際激しく燃え上がった。
「人間の……?」
なんの話をしている──?
訝しみつつ、俺は魔王を見据えた。
すべての魔族を統べる支配者──魔王。
並の魔族はもちろん、六魔将と比べてさえ、圧倒的な威圧感を放っている。
左右を見れば、リリスやルカ、サロメも緊張の面持ちだった。
「封じられ、動けない竜は当面無視してもよい。魔がすべてを支配する世界──その妨げとなるのは神と『あの者』だ」
魔王は淡々と、俺にはよく分からないことをつぶやいている。
「神に関しては、我らが犠牲を払えば排除できる。『あの者』には我が娘が対処する。計画にあったことも、イレギュラーな事態も含め、すべては我らの有利な方向に推移している。後は──」
と、俺をにらむ魔王。
ぞくり……背筋にすさまじい寒気が走った。
まるで、脊椎が氷の柱に変じたかのような悪寒。
押し潰されそうなほどの威圧感と、恐怖感。
「神の力を持つ人間──イレギュラーな存在である貴様だけだ」
「俺……?」
魔王が何を言っているのかは、よく分からない。
だけど、一つだけはっきりと分かることがある。
それは、奴が俺に向けてくる敵意。
そして、殺意。
魔王は、俺をこの場で殺す気だ。
魔族の王が、全力を持って。
この俺を──!
「貴様は万に一つ、我が目的の妨げになる可能性がある。事態のすべてを壊してしまう恐れがある。ゆえに──」
魔王が一歩踏み出す。
全身から噴き上がる黒炎が大気を焼き、連鎖的な小爆発が起きた。
「排除する」
そして──俺たちと魔王の戦いが、幕を開けた。
「魔王様、儂も助力を」
「いや、お前は下がっておれ、ビクティム」
前に出ようとする岩の戦士を、魔王が制する。
「邪魔だ」
「……はっ」
声一つで、ビクティムは体を震わせ、その場に直立不動した。
魔王が俺たちに向き直る。
「さあ、すべてを灼き尽くしてくれよう──受けよ、魔王の魔法」
上空に巨大な黄金の球体が出現した。
これは──魔族の魔法か!
だけど、六魔将やリリスが使ったものとは、まるで違う。
天を覆うような巨大な光球。
しかも、その数は優に数百。
「雷撃斬!」
──信じろ。
俺は自身に言い聞かせた。
神のスキルを操るのは、精神の力だ。
俺が心を強く持てば、より強く──どこまでも強く、発動する。
だから俺は信じる。
イルファリアから授かった力を。
今までの戦いで磨き、成長させてきた力を。
「たとえ相手が魔王でも──防ぎきってみせる!」
ひときわ強く、黄金の光が立ちのぼった。
降り注ぐ数百の光球はその輝きに弾き飛ばされ、空の彼方へと消え去る。
直後、世界を揺るがすような轟音が響き渡った。
空一面に雷鳴が轟き、金色の爆光で覆われる。
「……ほう」
魔王がうなった。
「挨拶代わりの小技とはいえ、国一つが消し飛ぶ程度の威力は込めたはずだが──それを防ぐか、人間」
「挨拶代わりに国を消すなよ、魔王様」
俺は軽口を叩いてみせた。
半ば緊張をごまかすための強がりだけど。
「し、信じられない……なんて魔力なの……! まるで世界を覆い尽くすような、莫大な……!」
俺の隣でリリスが震えている。
魔法使いだけあって、今の呪文の威力を誰よりも理解しているのは彼女だろう。
「あたしの魔法では、とても対抗できそうにない」
「大丈夫だ。防御面は俺が全部やる」
リリスに告げる俺。
それからルカやサロメを見つめ、
「俺から離れないようにしてくれ。ビクティムがやったみたいに、俺とみんなの分断を狙ってくるかもしれない」
「じゃあ、ひっつかないとね」
サロメが豊かな胸を押し付けるように、背中から俺にしがみついてきた。
「ハルトに密着」
「あ、ちょっと。それならあたしも──」
左右からはルカとリリスが体を寄せてくる。
「い、いや、そこまで密着しなくてもいいんだけど……」
三人の柔らかな肌の感触に込み上げる羞恥と興奮。
魔王を前にしている緊張感が少しだけ薄れた。
平常心が戻ってくる。
気負いが、解けてくる。
「緊張感がないのね。この期に及んで、女をはべらせているとは」
魔王の側に控えていた少女がつぶやいた。
赤と金のオッドアイをジト目にして、俺たちを見ている。
「わたしはイオ。六魔将、『冥天門』のイオ」
そのオッドアイが妖しい光を放った。
「お前の力も貸してもらうぞ、我が娘よ」
「仰せのままに。父上」
魔王の声にうなずくイオ。
「我らが最大火力をもって、奴を──そして人間界を焼き尽くしてくれよう」
魔王の体を覆う黒い炎が一際激しく燃え盛った。
「そんなこと、させるか」
たとえ相手が魔王だろうと。
俺のスキルですべて防ぎきってみせる──。








