9 「語り継がれるでしょう」
少し短いですが、20章ラストです。
「闇が……広がっていく……!?」
アリスは上空を見上げ、声を震わせた。
空一面に広がる、漆黒。
先ほどから頻発していた無数の黒幻洞とも違う現象だ。
いや、あるいはその黒幻洞を数十倍、数百倍にも巨大化したような──。
闇が、空を覆い尽くしていく。
「人の世界は、終わる。この世界は我ら魔の所有物となる」
ふいに、空から朗々たる声が響き渡った。
全身に強烈な悪寒が走る。
膝から崩れ落ちそうになった。
声だけで魂が凍りつきそうなほどの恐怖感。
「はあ、はあ、はあ……っ」
アリスは息を荒げながら、黒い空を見つめる。
町中に二つの影が降り立った。
大気が震え、突風が吹き荒れた。
耳をつんざくような稲妻の音が何度も響く。
まるで空が恐怖におののいているようだ。
「なんて、すさまじい魔力なの……!」
今までに感じたことがないほど強大な、魔の気配。
六魔将すらはるかに上回るほどの、絶大な威圧感。
「私も、行かないと──」
ちらりと氷の棺に封印された状態のセフィリアに視線を向ける。
氷の中からセフィリアがこちらを見ていた。
その瞳には、強烈な怒りと憎悪が煮えたぎっていた。
「セフィリアさんをこのままにしておくのは不安だけど……」
みんなが心配だ。
アリスは駆けだした。
最後に、もう一度だけ氷の棺を振り返る。
セフィリアの眼光が、いっそう鋭くなったように見えた──。
※
「神の居場所は突き止めた。後はこちらの世界に引きずり出すだけですな」
「ええ、神は亜空間に身を潜めているようだけど、その状態だとかなり消耗するみたいね。彼らの力がある程度弱まったのを見計らい、亜空間の破壊を実行するわ」
ラフィール伯爵の言葉に、テオドラがほくそ笑む。
「あたしの子飼いの冒険者たちで、ね」
「こちらの世界に神が現れ、今まさに現れようとしている魔王や高位魔族たちと出会えば──」
ラフィールが笑う。
腹の底から、楽しげに笑う。
既に何百何千回と確認した自分たちの計画をわざわざ復唱したのは、今まさに実ろうとしているこの瞬間を味わうため。
至福ともいえる確認行為だ。
「奴らは互いに消滅する。残るは、封印されて無力な竜のみ。人間が世界の頂点に立つのよ」
「我々が、でしょう」
「ふふ、そうね」
「我らは歴史上の誰も為し得なかったことを成し遂げ、永久に語り継がれるでしょう」
ラフィールは厳かに告げた。
※
虹色に輝く海の中で。
『それ』は、静かにたたずんでいた。
世界の動向を探る。
神は──亜空間に身を潜めながら、刻々と消耗していた。
魔は──人の世界に侵攻し、猛威を振るっていた。
竜は──変わらず封じられたまま。
そして人は──それにとって、取るに足らぬ存在だった。
考慮する必要すらない。
ただ、このままでは神と魔が出会い、互いに消滅してしまう。
世界の均衡──パワーバランスが大きく崩れることになる。
「阻止しなければならない」
決断を下す。
それは、すべての世界の調和を守る者。
すべての世界に悠久の平穏をもたらす者。
「ゆえに、それを乱す者がいるならば──」
すべてを、破壊する。
すべてを、創生する。
「裁定の刻を、始めるとしよう」
それは、静かに動き始めた。
次回から第21章「そして裁定の刻へ」になります。あと2章くらいで完結……かな?
8月下旬~9月上旬に更新再開予定です。
正式な日時に関しては、スケジュールが確定次第、活動報告及びあらすじの一行目にて告知予定です。
少し間が空きますが、気長にお待ちいただけましたら幸いです。








