8 「崩させない」
「君を倒せないのは分かった」
ビクティムは腕組みをして、悠然と告げた。
こいつ、さっきまでとは雰囲気が違う。
体のサイズは人間と大差ないまでに縮んだっていうのに、迫力や威圧感がけた違いに上がっている……!?
「だが、仲間はどうかな? 護りきれるか、ハルト・リーヴァ?」
「同じことだ」
俺のスキルはリリスたちも──『俺が護りたいと考えた対象』も同時に防御してくれる。
「ふむ。いくら君の能力が絶大でも、この世界全域を覆っているわけではあるまい?」
ビクティムが淡々とたずねる。
「神の能力といえど、それを発動する器はしょせん人間……」
「何が言いたい……?」
ごくりと喉を鳴らす。
俺は油断なく周囲を見回した。
奴が何を仕掛けても対応できるように。
こいつ、まさか──。
嫌な予感が、した。
「きゃあっ!?」
次の瞬間、リリス、ルカ、サロメの声が唱和した。
ビクティムの背から、鎖のように連なった岩が三本伸びている。
それらがリリスたち三人を縛っていた。
「このまま君のスキルの効果範囲外まで連れていく。そして、彼女たちを殺す」
「お前……っ!」
「君自身はどうやっても倒せない。だが、仲間は別だ──」
「みんなを離せ!」
俺は怒声を上げた。
確かに『封絶の世界』によって、俺自身は不可侵の存在となった。
不意をつかれようと、自動的に防御してくれるスキル。
あらゆる攻撃から、俺を守ってくれる力。
そこに弱点は存在しない。
でも、それは──仲間にまでは完全に及ばない。
もしこのままビクティムがリリスたちを数百メティル、数千メティル先まで連れ去ったら。
どこかで、俺のスキルの効果範囲から出てしまう。
そうなれば、彼女たちを護ることはできない。
どうする──!?
「仲間を失えば、君の精神は必ず乱れる。儂はその隙をつくだけだ」
ビクティムが淡々と告げる。
岩の鎖を揺らし、捕えたリリスたちの姿を見せつける。
まるで、俺の心を追い詰めるように。
「冥天門の力で強化された儂の体は、長くは持たん。時間がないのだ……もはや手段は選んでいられない」
ビクティムがつぶやく。
「たとえ、どんなに汚い手を使っても──」
「随分よくしゃべるね」
気配は、突然湧いて出た。
「っ……!? があっ!?」
次いで、ビクティムの体がわずかにかしぐ。
膝の裏を誰かが斬りつけたのだ。
あれは──?
「サロメ!」
「エルゼ式暗殺術隠密歩法『竜瞬伊吹』──ペラペラしゃべってるから隙だらけだったよ」
ナイフを構えたサロメが、いつの間にかそこに立っていた。
「馬鹿な、どうやって我が鎖から脱出を……?」
「君が鎖を出したときに、大きめの岩を巻きこんで一緒に縛らせた。それで隙間を作ったから、脱出するのは簡単だったよ」
「岩を巻きこんだ……だと?」
「ボクの得意技は気配を消すことだもの。自分じゃなく、今回は岩の気配を消しておいた」
にっこりと笑うサロメ。
その側に、リリスとルカが並んだ。
たぶん二人にも、サロメが同じ仕掛けを施していたんだろう。
で、タイミングを見計らって脱出したわけか。
「護られてばかりじゃないよ、ボクたちは」
サロメが俺にパチンとウインクをした。
「みんな、君の役に立ちたいし、一緒に戦いたい。だから──こんな奴に、ボクたちの絆は崩せない。崩させない」
「おのれぇっ……!」
ふたたびビクティムの背から岩の鎖が伸びる。
が、不意打ちでなければ対処のしようがある。
リリスの魔法が、それらをやすやすと撃墜し、ルカの斬撃の威力がビクティムを大きく吹き飛ばした。
「ぐっ……!」
数十メティルも吹き飛ばされたビクティムが、ゆっくりと立ち上がる。
さすがに、硬い。
「儂では勝てぬのか……? いや、まだだ……!」
吠えた魔将の姿がかすんで、消えた。
また視認できないレベルの超速移動か。
だけど、何を仕掛けようと、どんな攻撃を放とうと通用しない。
正面からでも、不意をついても。
正攻法だろうと、搦め手だろうと。
「おおおおおおおおおおおおっ!」
拳や蹴りを放ちながら、ビクティムの体が徐々に崩れていく。
体を覆う黒い輝きが剥がれ、ぼろぼろと砕け始める。
「なんだ……!?」
『冥天門の力で強化された儂の体は、長くは持たん。時間がないのだ……』
さっきのビクティムの言葉を思い出した。
「もうやめろ、ビクティム。お前に勝ち目はない」
あふれる黄金の輝きが、岩の戦士を吹っ飛ばす。
「勝ち目などどうでもいい。儂は攻める! 攻め続ける! そして魔のための礎となろう! たとえ儂が倒れても、儂が戦う姿勢は他の魔族や魔獣たちにきっと届く!」
叫びながら、さらに加速するビクティム。
「後の者に託すために──たとえ敵わずとも、儂は止まるわけにはいかん!」
俺の中で、徐々に嫌な予感が高まっていく。
戦闘でなら勝てる。
それは間違いない。
だけど、その後に──その背後に、もっと大きな何かが隠れているような予感がするんだ。
もっと悲劇的な何かが、進行しているような悪寒。
それを裏付けるように、
「手こずっているようだな、ビクティムよ」
「わたしが『冥天門』で与えた力でも、不足ですか」
二つの声が、響いた。
「っ……!」
背筋が凍りつくような威圧感を覚えた。
魔将であるビクティムと比べてさえ、圧倒的な──超絶的な気配。
世界を押し潰すような、魔の気配。
ふいに、上空が一面の闇に覆われた。
空そのものが黒幻洞に変わってしまったかのように。
「おお……」
ビクティムが小さくうめく。
その声には驚きと畏怖がにじんでいるようだった。
そして──。
漆黒の空から巨大なシルエットが降りてくる。
その側には黒髪をツインテールにしたオッドアイの少女が控えている。
「お前……は……!」
本能的に悟った。
こいつは、違う。
今までの魔族とはまるで違う。
「我は魔王」
黒い影が告げた。
「数多の魔を束ね、従える支配者なり」








