3 「すべてを壊し、すべてを護る」
「再起不能、か。じゃあ、そうならない程度に力を貸してくれ」
意識の内から響く声に、ジャックは鼻を鳴らして答えた。
この状況で軽口めいた台詞を発した自分に驚く。
──いや、驚くことでもないのかもしれない。
今までに何度も戦場をかいくぐってきたのだ。
望むと、望まざるとに関わらず。
思った以上に、心が順応していた。
不思議なほど落ち着いている自分を感じ取る。
「ふん、貴様も『戦士』になったということかもしれん。知らず知らずのうちに、その心意気を会得して──な」
戦神ヴィム・フォルスの声に、かすかな笑みのニュアンスが混じった。
「神のスキルの強さは保持者の精神や他の保持者との共鳴に起因する。お前はスキルを得てから多くの戦いを経て、心を強くした。何人もの保持者に出会い、スキルそのものも強化された。だが、今のお前の体は傷ついたままだ……長くはもたんぞ」
「長期戦にならなければ問題ないんだろ」
ジャックが全身に力を込めた。
体の奥から熱い何かが湧きあがってくる感覚があった。
強化のスキルの奔流だ。
「最高の力で、すぐに終わらせてやる──」
次の瞬間、その体が青黒い輝きに覆われる。
そして、現れた。
竜戦士形態。
まさしく竜の戦士そのものの、異形の武人が。
「おおおおおおおっ!」
ジャックは咆哮を上げて魔族に殴りかかった。
攻城兵器を凌ぐ威力の拳撃が、蹴打が、魔族たちを十体ほどまとめて粉砕する。
雨のように降り注ぐ返り血で、甲冑状の体が青黒く染まった。
竜戦士はさらに前進する。
「ひ、ひいっ……」
「なんだ、こいつは──」
「人間、なのか……!?」
おののく魔族たち。
いける、とジャックは内心で勢いづいた。
強烈な破壊衝動で理性が塗りつぶされていくような感覚は、もうない。
ハルトたちのおかげで、レヴィンがかけた『支配』の呪縛は完全に解けたようだ。
ならば──後は、目の前に立ちはだかる敵を薙ぎ払うだけ。
そして、大切な人たちすべてを護るだけだ。
と、
「ぐっ……ううううっ……」
ふいに、全身から力が抜ける感覚があった。
鎧のように硬質化した皮膚が元に戻ってしまう。
「駄目……か……!」
うめくジャック。
集中が乱れ、上手くスキルを使えなくなってきた。
神のスキルとは、結局のところ己の精神に起因した力だ。
確かにジャックは幾度かの戦いを経て心が強くなり、スキルも成長した。
だがその一方で──。
レヴィンの呪いを受けて暴走し、ハルトによって止めてもらい、大きなダメージを受けた。
体だけでなく、心も消耗してしまった。
そんな今のジャックには、以前のようにスキルを使いこなすことができなくなっているのかもしれない。
心の底に眠る罪悪感や後悔が、スキルの発動に歯止めをかけている──!?
いや、今はそんな推測をしている場合ではない。
「くそっ、力が入らない──」
ジャックは唇を噛みしめた。
体の奥から湧きあがるような力が、急激に萎えていく。
万全の体調なら、目の前の魔獣など一撃で倒せるというのに……。
以前ならば体中からマグマのように『力』が噴き出してきたというのに。
歯がゆくてたまらない。
「それでも、俺は」
ぎりっと奥歯を鳴らす。
「俺も、今できることを──やるんだ!」
ジャックは吠えた。
闘争は、決して自分の本質ではない。
だが、今戦えるのは自分だけだ。
大切なものを守るために立ち向かえるのは、自分だけだ。
「がああああああっ……!」
ジャックの喉から獣のごとき雄たけびがほとばしった。
たとえ万全でなくても、自分に可能なことを最大限やり遂げる。
それしかない──。
ふたたび全身を青黒い甲冑状の皮膚が包んだ。
狼を模した仮面が顔を覆う。
獣戦士形態。
竜戦士形態を使うほどの精神力はなくても、この形態ならなんとか発動できそうだった。
全長十メティルを超える六足獣の魔獣に向かって、ジャックが突進する。
拳を、蹴りを、次々と叩きつける。
「硬い──」
先ほどまでなら一撃で粉砕できたであろう敵が、数発叩きこんでもなお、平然と向かってくる。
いや、自分の力が弱まっているせいだけではない。
魔の者自体も以前より強くなっているようだ。
「見ろ、さっきより弱いぞ!」
「よし、俺たちでも勝てる!」
魔獣の後ろに続く魔族たちが勢いづいた。
他の魔獣たちもどう猛な雄たけびを上げる。
弱体化したジャックを与しやすしと見たのだろう。
「それでもっ……!」
ジャックは諦めずに拳や蹴りを繰り出した。
一撃で倒せないなら連撃──シンプルな発想だ。
十、二十と打撃を重ね、六足獣をどうにか打ち砕く。
「がはっ!?」
次の瞬間、背中に痛撃を受けた。
鳥型の魔獣が、攻撃後のジャックの隙を狙ってクチバシでえぐってきたのだ。
背中が裂けて鮮血が噴き出した。
「まだまだ──」
激痛は無視して、ジャックは地面を蹴る。
数百メティルほど飛び上がり、空中に逃れようとしていた鳥型に追いついた。
真っ二つに引き裂く。
着地すると、ふたたび前方を見据えた。
残る魔は、おおよそ二十体。
圧倒的に強い個体はいない。
その代わりに簡単に倒せそうな相手は少ない。
おそらく消耗戦になるだろう。
「ちっ、キリがない──」
狼を模した仮面の奥で、ジャックが歯ぎしりした。
もっと力が欲しい。
「……すべてを壊し、すべてを護る」
苦い思いでうめく。
渇望する。
そんな、破壊的な力を……!








