4 「頼りにしてる」
「貴様は力と速さを交互に入れ替えられる──だが、その二つの形態を『同時に』顕現できるわけではあるまい」
ガイラスヴリムの剣がうなった。
大剣を跳ね上げて、それを弾くルカ。
「甘い」
直後、しなった尾が彼女を打ち据えた。
「むっ!?」
戸惑いの声を上げる魔将。
尾で打たれたルカの姿がかすみ、消えたのだ。
どうやら分身を作り出して、回避したらしい。
「今のは危なかったわ」
「かろうじて避けたか。だが破壊力に特化した形態では俺の速力についてこれまい」
ガイラスヴリムが剣を構え直す。
「かといって、速力特化では破壊力が足りん。竜戦士と化した今の俺は、貴様が形態を切り替える瞬間を見極め、対応できる……」
確かに奴の言う通りだ。
力だけでも、速さだけでも、ガイラスヴリムは倒せない。
どうするつもりだ、ルカ……?
「そうね。だけど──」
告げた彼女の姿がふたたびかすむ。
手にした剣からは赤い光がまばゆくあふれ──、
「同時に扱えない、と言った覚えはないわ」
「貴様……!?」
彼女の気配の変化を感じ取ったのか、戸惑いの声をもらす魔将。
「敗北が私を強くした。次は勝つために──力を磨き続けた。強くなりたいと、願いを込め続けた」
ルカは二本に分かれていた戦神竜覇剣をふたたび一本に戻した。
双剣でも大剣でもない、通常の長剣状態だ。
「そして──たどり着いた。この領域に。戦神竜覇剣、真化形態」
長剣から虹色の輝きがあふれ、その刀身を覆う。
「大切なのはイメージすること。強さの形を自分の中で規定し、その想いを象ること。かつて私は罪帝覇竜にそう教わった」
「なんだ、この気配は……!?」
ガイラスヴリムがうめいた。
「戦神と罪帝覇竜の力が同時に顕現している……!? 人間が、これほどまでの領域に──」
「使えるのは一瞬だけ。一日に一度が限界。だけどその一度だけは、私の体力と精神力、そして因子の力もすべて注ぎこむことで──この技が可能になる」
告げて、ルカの体が光と化した。
亜光速の動きで疾走し、次々と分身を作り出す。
本体と分身──合わせて十七体のルカが同時に剣を掲げる。
刀身を覆う虹色の輝きに、真紅の輝きが入り混じった。
「絶技、戦竜冥破」
最大速度の突進力を上乗せして放たれる、最大破壊力の斬撃。
それを同時に、死角なしの全方位から十七撃。
「ちいっ……!」
ガイラスヴリムは大剣を跳ね上げ、迎撃する。
ばきん、と音を立てて、その剣が半ばからへし折れた。
なおも威力を減じない赤と虹の斬撃群がガイラスヴリムを襲い、炸裂した──。
「……見事」
倒れたガイラスヴリムがルカを見上げる。
竜の仮面が割れ、その下から精悍な武人の顔が現れた。
「一度は死した身……醜態をさらして現世に戻ったが……ふふ、満足だ。貴様のような強き者と相まみえ、今度こそ最期を迎えられる」
微笑む顔は満足げだった。
「ルカ・アバスタ──強き者よ。貴様の名を我が魂の奥底に刻み……逝かせて……もらう……」
「私も刻むわ。あなたの名前を。強き魔族の戦士」
ルカは剣を手に、魔将に一礼する。
「楽し……かった……ぞ……」
穏やかな笑みとともに、ガイラスヴリムの体は黒い粉雪のような無数の粒子と化し、風の中に消えていった──。
「ガイラスヴリムがやられた……!?」
ディアルヴァとザレアが驚きの声を上げる。
「へえ。すごいね、ルカ」
サロメが微笑む。
ああ、本当に強くなった。
かつて敗れた相手に、今度こそ勝ちたいという闘争心。
かつての自分を超えたいという意志と願い。
それらが強烈に伝わってくる戦い方だった。
見ているだけで、胸が熱くなるほどに──。
「かなり消耗したから……少し休ませてもらうわね……」
言って、ルカは俺の背後でしゃがみこんだ。
息が荒い。
さすがにガイラスヴリムとの一騎打ちは相当にきつかったんだろう。
「ゆっくり見てて。後はボクたちがやるから」
あっけらかんと笑って、サロメが進み出た。
「ボクはルカみたいに『戦士』じゃないからね。一騎打ちにはこだわらない。ハルトくん、サポートお願い」
言って、ぼろ布をまとった呪術師風の魔族に視線を向けた。
ディアルヴァだ。
「あいつがやりやすそうかな。ボクには──私には、ね」
その口調が微妙に変化し、身にまとう雰囲気が暗殺者の殺気に満ちていく。
「あいつはガイラスヴリムとは違って、魔法や呪術を主体に戦う。だから──」
俺はサロメに耳打ちした。
「うん、いいね。それ」
提案した作戦にうなずく彼女。
「護りは俺がやる。サロメは攻撃に集中してくれ」
「ありがと。頼りにしてる……ん」
サロメは顔を近づけると、いきなり俺の唇にかすめるようなキスをした。
「っ……!? サ、サロメ……?」
戦場にはそぐわない、甘く蕩けるような感触にどきっとなる。
「じゃあ、行ってくるね」
くすりと悪戯っぽく笑ったサロメは、そのまま駆け出す。
踊り子衣装に包まれた肢体が、陽炎のようにかすんだ。
「ち、ちょっと、どさくさに紛れて何やってるのよ、サロメ!?」
背後でリリスが悲鳴を上げている。
「……ちょっとずるい」
「……ちょっと羨ましいです」
なぜかルカとアリスもそんな感想をもらしている。
い、いや、ここは戦場だからな。
サロメはきっと自分の緊張をほぐすために、ああいうことをしただけだろう。
……たぶん。
俺は気を取り直し、スキルの発動に集中する。
前にやったのと同じ要領だ。
この空間では基本的に防御スキルがオート発動する。
そこに俺の意志を上乗せして、発動形態や順番を組み替える──連携防御。
敵が俺のスキルをどう認識するか。
どう、判断するか。
それが勝負を決める──。
「エルゼ式暗殺術隠密歩法──竜瞬伊吹」
サロメは気配をコントロールし、断続的に分身を生みながら、ディアルヴァへと接近する。
「天翼転移」
ディアルヴァは空間を移動しながら、巧みに間合いを離す。
この勝負は、基本的に間合いを制したほうが有利だ。
遠距離攻撃主体のディアルヴァはできるだけ距離を離そうとする。
対するサロメは、接近しての一撃で勝負を決めたいはず。
「腐れ……溶け落ちよ……呪われ、悶え、苦しめ……」
黒や紫色をした霧──おそらく毒や呪いのたぐいだろう──を次々とばらまくディアルヴァ。
そのすべてが自動的に出現する黄金の輝きによって弾け散り、霧散する。
「単純な破壊だけでなく、あらゆる毒や呪いもすべて遮断できるのであるか……厄介な」
小さく舌打ちし、魔将はふたたび空間を跳んだ。
気配を消し、死角から接近するサロメと、それを察知して空間を渡るディアルヴァ。
そんな攻防がしばらく続き──、
「天翼転移」
ディアルヴァの姿が消える。
直後、サロメの背後に瞬間移動していた。
──いや、違う。
それもフェイクだ。
ふたたびサロメの前方に、そして右に、左に──瞬間移動を連発してサロメを幻惑する。
俺も、奴の動きを目で追いきれない。
「どこから撃ってくるか分からなければ、防御のタイミングもつかめないはず──さあ、終わりである」
俺が反応できない瞬間に、サロメの死角から放たれた攻撃は、しかし、
ばぢぃっ!
火花が弾けるような音とともに霧散する。
オート発動した護りの障壁に阻まれて。
「今のタイミングに反応した……!?」
いや、反応する必要なんてない。
俺の防御は自動で『護りたい対象』をガードしてくれるんだから。
「ありがと、ハルトくん。後は私がっ!」
ディアルヴァが驚いている隙に、サロメが一気に間合いを詰め、ナイフを一閃させる。
青い鮮血が、派手に散った。