4 「ついにこの日が」
「始まりましたな。魔族の大侵攻が」
ギルド本部の一室で、ラフィール伯爵はギルド長のテオドラと話していた。
「先日に続く第二陣──いや、本陣か」
窓に視線を向ければ、ルーディロウム王国の空に無数の黒点──『黒幻洞』が浮かんでいるのが見えた。
その数は五十をくだらないだろう。
あれがすべて魔界とつながっているのだと思うと、戦慄を禁じ得ない。
前回に増して、大量の魔族や魔獣がルーディロウムとその周辺に降り立つはずだ。
そして、それを皮切りにやがて世界中へと──。
「あの『黒幻洞』が自然現象として、月に数度のペースで現れるようになったのが、おおよそ百年前。ただ、そういった自然現象とは別に、高位の魔族であれば任意に同じものを生み出せる──公爵夫人はそう言っていました」
ラフィールが述懐する。
「その二つは微妙に組成が違うそうで、ギルドのレーダーで感知できるものとできないものがあるのは、そのせいだということです。自然現象として発生するものはレーダーに反応するが、高位魔族が生み出したそれはレーダーでは捉えられないとか」
「へえ、初めて聞く話だねぇ」
テオドラがうなった。
「一体あの公爵夫人はどこからそんな情報を仕入れたのか……」
「我らが知らない情報をまだまだ持っている様子ですな。独自の情報網を持っているのか、あるいは……」
ラフィールもまたうなった。
神や魔──超常の存在に近しい力を持つゆえなのか。
言葉に出さずにつぶやく。
おそらくはギルド長も感づいているだろう。
バネッサたちが、人知を超えた能力を持っていることを。
決して彼女たちはそれを明かそうとはしないが──。
そもそも今回、大量に現れた黒幻洞は、すべてバネッサが不思議な力で生み出したものだ。
ギルドのレーダーで捉えられるように、その組成を調整して。
それは、彼女が持つ超常の力の一端なのだろう。
人知を超えた力を持って、彼女が──いや、彼女たちが最終的に何を為そうとしているのか。
今はまだ読み切れない。
「まあ、情報源なんてどうでもいいさ。今の話はとりあえずギルドの担当部署に分析させておくとして──」
テオドラが朱を塗った唇を笑みの形にほころばせた。
「まずは冒険者たちの健闘に期待しようかねぇ。そして、その後の『本命』の戦いにも」
「ええ、ついにこの日が来ました。神と魔と、人の大戦のときが──」
万感の思いを込め、うなずくラフィール。
「上手く行くと思うかい?」
「まさに神のみぞ知る、でしょう」
ラフィールは微笑みつつ、空を見上げる。
バネッサたちとの共謀の果てに、己の野心はなるのだろうか。
今までに何十何百と繰り返した自問だった。
今後も何千何万と繰り返していく自問だった。
アドニス王国を大陸で随一の国にのし上げ、自分がそれを牛耳る。
世界に覇を唱える存在になれるのだろうか──と。
※
装甲の亀裂から血のように赤い光を噴き出す、禍々しいフォルムの竜戦士。
さらなる異形へと変貌したジャックさんに、俺は数メティルほどの距離を置いて対峙する──。
「ハルト……」
「リリスたちは下がっていてくれ」
俺は彼女たち四人に指示を送った。
「俺が防御壁を張っているから、この虹色の光から出ないようにして。そうすれば、ジャックさんの攻撃を防げる」
「あれは戦神の『強化』スキルを、限界を超えて使用する戦闘形態──さしずめ魔滅竜戦士形態とでも呼ぶべきでしょうね。あなたには絶対の防御力がありますが、彼には無限の攻撃力がある。決して気を抜かないで、ハルト」
心の中から女神さまの声が聞こえた。
「どうすれば止められる……?」
半ば自問、半ば質問のその言葉を発した瞬間、前方で虹色の光が明滅した。
がいんっ、と金属音が響く。
「なるほど、やはり……硬いな……」
すぐ目の前に竜戦士の姿があった。
一瞬で距離を詰めたジャックさんが、俺に拳を叩きつけたらしい。
まさしく目にも止まらぬ速さだ。
俺には竜戦士が踏み出した瞬間も、移動も、拳撃も──何も見えなかった。
まったく反応できなかった。
身体能力の次元が違いすぎるのだ。
だけど、俺は周囲に護りの障壁を張り巡らせている。
すべてを阻む防壁は、ジャックさんの超絶の打撃すら完封する。
「壊す……滅ぼす……!」
殺意をみなぎらせた赤い眼光を放ち、竜戦士が拳や蹴りの雨を降らせた。
がいん、がいん、と連続して響く金属音。
数千数万の打撃が降り注ぐものの、俺を囲む虹色のドームは一撃たりとも威力を通さない。
とはいえ、今のままでは膠着状態だ。
しかも、一瞬たりとも気を抜くことができない。
俺は静かにタイミングを計っていた。
もっと完璧に、竜戦士の猛威を封じこめるためのタイミングを。
「破壊できない……か」
ジャックさんの攻撃がやんだ。
「ならば、これで」
腰を落とし、構えを変える。
今度は何をする気だ──?
身構える俺。
そして次の瞬間、竜の戦士が動いた──。








