8 「効果抜群だよ」
「ここからは訓練ではない。互いの誇りをかけてあいまみえようぞ」
グリードが七つの首をゆらめかせる。
その口内に淡い光が宿った。
ドラゴンブレスが来る──。
俺はすぐさま防御スキルを展開した。
虹色のドームを作り出して、攻撃に備える。
「ルカ、サロメ。このドームの中から出ないようにしてくれ」
俺は二人に注意を送った。
防御スキルの効果範囲内なら、古竜の攻撃といえども完全に遮断できる。
それはさっきの戦いで実証済み。
だけど範囲から一歩でも外に出たら、その瞬間に消し炭にされるだろう。
「安全圏に入った状態を保って、奴を封じるしかない……!」
「安全圏だと?」
グリードが吠える。
「甘いな、少年よ」
「何?」
「俺の武器は肉弾やブレスだけではないのだぞ。たとえば、こんな竜魔法もある」
七対の双眸が不気味な光を放った。
同時に、
「えっ!?」
「な、何っ……!?」
すぐ側でルカとサロメの戸惑いの声が響く。
振り向くと、二人の姿が黒い何かに包まれ──消えた。
「ルカ! サロメ!」
一瞬の後、彼女たちは部屋の端に現れる。
俺とは百メティル以上離れた場所に。
「転移魔法──!?」
「元々は『移送』を司る天翼の女神が編み出した術式──異空間移動魔法である『黒幻洞』のバリエーションだ」
説明するグリード。
俺のスキルはあくまでも『防御』だ。
攻撃とは無関係な術に関しては、そのまま通してしまうみたいだった。
「もう一度問う。これでもまだ安全圏だと?」
グリードの七つの口がいっせいに開く。
赤や青、緑──口中に色とりどりの輝きが宿った。
まずい!
二人がいる場所は、俺の防御スキルの効果範囲外だ。
「ブレスだ、逃げろ!」
慌ててルカとサロメに叫んだ。
俺自身はどこに転移させられようと、防御スキルに包まれている。
でも、二人は別だ。
俺から離れてしまえば、スキルの効果範囲外に出てしまう。
「だったら──」
俺はさっきの戦いの要領で、スキルの範囲を二つに分割することにした。
一つは俺を守ったまま。
もう一つを彼女たちの元まで飛ばす。
だけど──間に合うのか!?
「無駄だ、俺の攻撃のほうが早い」
無情に告げるグリード。
俺も本能的に察知していた。
俺のスキルが彼女たちの元まで到着する前に、ブレスが二人を焼き尽くしてしまうだろう。
広範囲のドラゴンブレスから逃れるすべはない。
「どうする──!?」
逡巡は一瞬だった。
二人が逃げられないなら、残された手段は一つしかない。
「……撃ってこい!」
俺の周囲を包む虹色の輝きが霧散した。
防御スキルを解いたのだ。
「ほう、自らを犠牲にして攻撃を誘うか!」
七つの首が俺に向き直った。
「仲間を狙えば、お前がどういう行動を取るのか──見極めてやろうと思ったが、これは予想外だったぞ。面白い!」
いっせいにブレスを浴びせた。
護りの障壁を再展開しようとするが、間に合わない。
スキルを発動するためには、一瞬の集中が必要だ。
それよりも、ドラゴンブレスの方が早い。
色とりどりのブレスが俺の全身を飲みこみ、消滅させる──。
その、寸前。
俺の眼前に、十二枚の翼を広げた女神の紋様が浮かび上がる。
ブレスの奔流がゆっくりとたゆたい、周囲の景色が揺らいだ。
七本のブレスが発射口である竜の口まで戻っていく。
「第六の形態、時空反転」
俺が危機に陥ったときに、一日に一度だけ発動する自動防御。
時間そのものを逆行させ、因果律すらねじ曲げて、致命の一撃を無効化する絶対防御──。
「なんだ、これは……!?」
グリードが驚いた隙に、俺はルカやサロメの元まで駆け寄った。
「ハルト、今何が──」
「大丈夫、なの……?」
ルカとサロメが驚いた顔で俺を見ている。
さっき何が起きたのか、二人が正確に把握することは不可能だろう。
「なるほど、時空を操る防御か」
古竜がどう猛にうなった。
俺をじろりとにらむ。
「……だが万能というわけではなさそうだな。今、力の質を解析させてもらった……さっきの力を使えるのは一日に一度」
見抜かれている、か。
俺はグリードをにらみ返した。
「次に致命の一撃を受ければ、もはや防げぬ。二度目のリセットはない。心せよ、人間」
言われなくても、分かっている。
第六の形態は連続使用はできないし、そもそもそのつもりもない。
あくまでも『一度だけ使える保険』でしかない。
「もう一度食らえば、死ぬ」
だから、できればギリギリの状況になるまで使いたくなかった。
「ここからは──俺の力で押さえてやる」
「押さえる? 最強の代名詞たる、この古竜を? 面白い、やってみせろ! さらに血がたぎる──」
世界最強の竜の一体。
その威圧感と向かい合い、俺は次の一手を思案した。
俺のスキルにはどうしても『発動』するための一瞬の間が生じる。
今みたいに二人を離れた場所に転移させられると、それを守るよりも早く、ドラゴンブレスにやられてしまう危険があった。
どうする……!?
どうやって、それを防ぐ──。
いや、防ぐのは無理だ。
その前に、奴を倒すしかない。
ねじ伏せるしかない。
俺の力を示し、グリードに負けを認めさせなければ。
ルカもサロメも消し飛ばされる……!
自分以上に、他人の命を背負っている緊張や不安、そして恐怖が込み上げる。
「俺から離れないでくれ、二人とも」
と、ルカとサロメに呼びかけた。
……さっきみたいに転移魔法を使われたら無駄だと分かりつつも、そう告げる。
「このグリードを甘く見るな。無意味に殺したくはないが、お前との戦いを楽しむためなら──あらゆる手段を厭わん」
ぐるる、と喉を鳴らす古竜。
「一瞬たりとも気を抜くな。俺の一挙一動に全霊を注げ。でなければ。お前か、仲間か──どちらかが消し飛ぶぞ」
グリードは俺の出方を伺っているのか、それともタイミングを計っているのか、悠然とたたずむのみ。
何もしてこないことが、かえって不気味なプレッシャーを放っていた。
次は、どうくるのか。
爪か、牙か、ブレスか。
さっきみたいに二人を転移させた上での攻撃か。
あるいは、まだ他に俺の思いもよらぬ攻撃法を隠し持っているのか。
駄目だ、読み切れない──。
不安と焦りが増大していく。
つーっと頬をぬるい汗が滴った。
「落ち着いて」
ふいに、サロメがささやきながら俺を抱きしめた。
「えっ……!?」
「大丈夫だから」
サロメは正面から俺を見つめている。
いつも通りの、朗らかな笑顔。
緊張でこわばっていた気持ちがほぐれていくような、明るい笑み。
と、その笑顔が視界いっぱいに広がり、
「サロメ──んぐっ!?」
いきなり俺の唇が柔らかな唇に塞がれた。
「ふふ、勇気が出るおまじない」
一瞬のキスの後、サロメは悪戯っぽく笑う。
「ボクのファーストキスなんだから。きっと効果抜群だよ」
言いながら、恥ずかしそうに頬を赤く染める。
「……ああ、そうだな」
おかげで気持ちが落ち着いた。
いや、まだドキドキは残ってるけど。
でも、大丈夫だ。
キス一つで気持ちが切り替わるっていうのも、不思議な感じだった。
「ありがとう、サロメ」
俺は彼女に礼を言い、グリードに向き直った。