59話 一円の隙もなき覇道
全宇宙の「最終決算」を終え、すべての概念をローゼン・グループの固定資産として台帳に書き込んでから一時間。銀河の頂点に座するローゼン・タワーの最上階。そこはもはや物理的な「部屋」ではなく、全次元の収益が黄金の川となって流れ込む、宇宙の心臓部となっていた。
「……マックス。今、この宇宙で私に課金していない存在は……一人もいないわね?」
セシリアが冷徹に、全知全能の権能を秘めた「ダイヤモンドのタッチペン」で宇宙の総残高をスクロールすると、マックスは一ミリの狂いもない完璧な監査報告書を提示した。
「……CEO。完了しました。植物の光合成には『酸素生成税』を、原子の振動には『物理法則維持費』を適用。死後の世界から、隣の銀河の最果てまで、全存在が貴女に月額料金を支払う『ローゼン・ライフ』の奴隷……失礼、ロイヤルカスタマーです」
「……プッ、あははは! 宇宙が存在しているだけで、私の口座にチャリンチャリンと利益が転がり込むなんて! これこそが究極の『不労所得』ね」
だが、セシリア・ヴァン・ローゼンバーグの強欲は、一つの宇宙を掌中に収めた程度で満たされるものではなかった。
彼女は窓の外——といっても、そこにはもはや空はなく、無数の「並行世界」が泡のように浮遊する、次元の狭間が広がっていた。
「……マックス。あの隣の泡……いえ、別の『物語』。……あそこで泣いている別の悪役令嬢や、愛を叫んでいるお花畑なヒロインたち。……彼女たちの世界、なんだか非常に『キャッシュフロー』が悪そうに見えないかしら?」
「……お目が高い。あちらの世界は『運命』という名の不条理な脚本によって、莫大な感情エネルギーが浪費されていますな。投資対効果(ROI)は最悪。……いわゆる、『買い叩き時』のジャンク債のような世界です」
「……ふふ。なら、決まりね。……ディートリヒ、準備はいいかしら?」
神の脳髄と直結し、今や「次元間取引システム」となったディートリヒが、半透明の体で微笑んだ。
「……セシリア様……。……マルチバースへの……ポータル……開きました……。……あちらの世界の『法則』を……我が社の『会計ソフト』で……上書き(オーバーライト)する準備……整っています……。……一秒で……その世界の『愛』を……『資産』に変換してみせましょう……」
その時、次元の壁を「物理的な上腕二頭筋」でブチ破り、アルヴィスが突入してきた。
彼は今、全宇宙の住民を代表する「ローゼン・グループ・マスコット(物理)」として、全身から黄金のオーラを放ち、宇宙の境界線を素手で広げていた。
『セシリア様ーー!! 隣の次元からも、俺の筋肉を求める「悲鳴」が聞こえるぞーー!! あちらの軟弱な悪役たちに、スクワット三億回の『福利厚生』を届けてやるんだーー!! 俺の筋肉は、次元の壁すらもプロテインのシェイカーのように振って壊してやるぞおおお!!』
「寄るなイケメン! 次元の壁をそんなに激しく振らないで、私のコーヒー(時価一〇〇億ローゼン)が波打っているじゃないの! ……マックス。アルヴィスを先兵として送り込みなさい。……彼が暴れれば、あちらの世界の『因果律』が壊れる。そこを私が安値で買い叩き、ローゼン・グループの『第二宇宙支店』として更生させてあげるのよ」
『……っ! 俺が……次元破壊の急先鋒に……! セシリア様、俺は今、全物語の『ページ』を握りつぶしている気分だあああ!!』
セシリアは椅子から立ち上がり、黄金の扇子を大きく広げた。
かつて、婚約破棄され、国外追放を突きつけられた一人の令嬢。
彼女は「愛」という名の不確実な資産を捨て、「資本」という名の最強の魔法を手にした。そして今、彼女は一つの物語を使い果たし、次なる獲物——数多の「他作品」や「異世界」へとその触手を伸ばそうとしている。
「……さあ、次の決算(連載)を始めましょう。……マックス。……あちらの世界の『主人公』たちに、私の名刺を送っておきなさい。……『貴方の運命、私に売ってちょうだい』とね」
「……承知いたしました。……これより、全次元同時買収作戦——『ローゼン・マトリックス』を開始します」
高笑いと共に、セシリアは次元の穴へと優雅に足を踏み入れた。
彼女の後ろには、銀河を背負った筋肉と、神を動力源にする天才、そして一円の誤差も許さない執事。
悪役令嬢セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ。
彼女の覇道に、終わりの文字は存在しない。
なぜなら、この世に「利益」を生める隙間がある限り、彼女の電卓は、永遠に止まることがないのだから。
「……ふふ。……あはははは! 全宇宙の帳簿を、真っ黒に染めてあげるわよ!!」




