22話 懺悔(ログ)の全数検査
聖教国エルドラドの空を、我がローゼン・ホールディングスの広報ドローンが埋め尽くす。
提供されるのは、最新の魔導通信網を駆使した「クラウド型・神託サービス」。信徒たちが次々と『神パス』に課金し、教会の石造りの窓口に並ぶ列が目に見えて短くなっていく。
「……マックス。聖教国の『免罪符市場』、シェアの変動はどうなっているかしら?」
私が冷徹に問いかけると、マックスは手元の水晶モニター(ローゼン・パッド)を高速でフリックした。
「劇的です、CEO。導入からわずか三時間で、紙の免罪符の流通量は八五パーセント減少。代わりに我が社の『免罪トークン』の取引高が指数関数的に上昇しています。……さらに、教皇庁が隠し持っていた『聖遺物』の鑑定依頼が、我が社の鑑定部門に殺到しておりまして……」
「鑑定? あんな乾燥した骨や錆びた釘に、どれほどの資産価値があるというのかしら?」
「それが……鑑定の結果、全聖遺物の九二パーセントが、後世に捏造された『偽造資産』であることが判明しました。……現在、信徒たちの間で『今まで拝んでいたのは、ただの豚の骨だったのか!?』という怒りのポストが、SNSでバズり散らかしております」
「……プッ、クスクス! 最高ね。神聖な奇跡を信じていた人たちが、現実という名の『炭素年代測定』によって目を覚ます瞬間。……これこそが、情報の非対称性を解消する、真のマーケット・メカニズムよ」
私は、手にしていた魔導ペンで、聖教国の地図に大きな×印を書き込んだ。
だが、成功の裏には、常に「抵抗勢力」という名の非効率なノイズがつきまとう。
ドォォォォン!!
突如、ローゼン・タワー移動本社の防壁が激しく振動した。
モニターに映し出されたのは、白銀の甲冑に身を包み、背中に純白の翼(魔導飛行具)を装備した集団——聖教国最強の武力組織『聖十字騎士団』だ。
「セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ! 貴殿の行いは、神への冒涜にして魂の略奪である! 我ら主の代行者が、その邪悪な塔を地上の塵としてくれよう!」
騎士団長が掲げた聖剣から、高純度の魔力光が放たれる。
……あんな高密度の魔力を無駄打ちするなんて。一発あたりのコスト、いくらだと思っているのかしら?
「……アルヴィス。出番よ。……貴方のその、信仰心よりも厚い大胸筋を見せてあげなさい」
私が内線で告げると、タワーの外部ハッチが勢いよく開いた。
そこから飛び出したのは、なぜか『ローゼン・ホールディングス』の社旗をマントのように羽織った、筋骨隆々のアルヴィスだった。彼は空中を自由落下しながら、自らの筋肉をこれでもかと誇示するようにポーズを決める。
「聖十字騎士団よ! 神を語る前に、己の筋肉と対話したことがあるか! セシリア様のロジックに従わない貴様たちの鎧は、ただの『重いだけの粗大ゴミ』だ!!」
「な……なんだ、あの露出狂は!? 構わん、撃て!!」
聖十字騎士団の魔力砲が一斉に放たれる。
だが、アルヴィスは避けない。彼は空中で『フロント・ダブル・バイセップス』のポーズを取り、全身の筋肉を硬直させた。
キィィィィィィィン!!
凄まじい衝撃波が走るが、アルヴィスの肌は傷一つついていない。むしろ、受けた魔力エネルギーを筋肉が吸収し、さらにビルドアップしているようにすら見える。
「……な、バカな……!? 我が神聖魔術を、肉体だけで弾き返しただと!?」
「甘いな! 今の俺の身体は、セシリア様の開発した『高効率魔力吸収プロテイン』でコーティングされている! 貴様たちの攻撃は、俺にとって『最高のマッサージ』に過ぎん!!」
アルヴィスが咆哮と共に突進し、騎士団の陣形を次々と粉砕していく。
……まあ、物理的な排除は彼に任せておけばいいわね。
「……さて、本番に戻りましょうか。……カイル、教皇庁の中央サーバーへの侵入状況は?」
天井の影から、カイルが逆さまにぶら下がった状態で現れた。彼の周囲には、教皇庁が数千年間隠し続けてきた「裏帳簿」のデータが滝のように流れている。
「完了しています。……驚きました。教皇庁は、信徒から集めた寄付金を、あろうことか『隣国のカジノ』や『不適切な不動産投資』に注ぎ込んでいたようです。……さらに、教皇本人が匿名アカウントで『悪役令嬢セシリアの経済学は、実はちょっと分かりやすい』という内容の賞賛ポエムを投稿していた形跡も発見しました」
「……プッ、あははは! 教皇様、私のファンだったのかしら? ……いいわ、その証拠をすべて、聖教国の全家庭の魔導端末にプッシュ通知で送信しなさい。……タイトルは『神の代理人、その収支報告は地獄(赤字)だった』で決まりよ」
「……悪魔のような情報工作ですね。……承知いたしました」
カイルが指を動かす。
その瞬間、聖教国エルドラドの空気が一変した。
スマホ(魔導端末)を見つめる民衆の顔から、信仰という名の盲信が消え、冷酷な「現実」への怒りが燃え上がる。
「騙されていたのか! 俺たちの寄付金で、教皇はカジノに行っていたのか!」
「免罪符なんていらねえ! 『神パス』の方が安いし、何より透明性が高い!」
暴動……ではない。これは、市場による「不適格経営者の解任要求」だ。
教皇庁の門は、怒れる株主(信徒)たちによって叩き壊されようとしていた。
「……さあ、チェックメイトよ。……教皇様。……貴方の椅子、我が社の『オフィス家具リース』の対象として、今すぐ没収しに行ってあげるわ」
私は、最後の一口の紅茶を飲み干した。
聖教国という名の巨大な宗教利権が、今この瞬間、ローゼン・ホールディングスの「デジタル資産」へと書き換えられていく。
「……寄るなイケメン! アルヴィス、貴方もよ! 騎士団を全滅させたからといって、タワーの窓からプロポーズしてくるんじゃないわ! ……その勝利の熱量を、次の『聖遺物オークション』の照明電力として蓄電しなさい!」
「……っ! 勝利すらも資源化する貴女に、一生ついていくぞセシリア様ッ!!」
窓の外では、夕日に照らされたアルヴィスが、再び筋肉の輝きを放ちながら空を舞っていた。
私の覇道は、もはや神の威光すらも「広告費」として計上する領域へと突入していた。




