9-二度目の謝罪
アランのレッスンはとにかく厳しい。
問題を一問でも間違えれば最初から全てやり直しが当たり前、レアの身のこなしの一つにすら、彼は目くじらを立てて注意をする。
「理想では来月のパーティで婚約破棄を言い渡されることですが、あのラインハルト皇太子がそんな軽率な真似をされるはずがない……」
「いいですか? 王女として振る舞うのはスタート地点に過ぎません! その後さらに嫌われる努力をしていただくので、ご理解くださいよ!」
アランが机をバンバンと叩く。
「こらこらアラン、君の礼儀作法がなってないじゃないか」
二人の様子を見に来たオーギュストが、アランを諌める。
「殿下! これは失礼いたしました、私も熱くなりすぎているみたいです……」
「熱意があるのは君の良いところだけどね、ヴィヴィアンをあまりいじめちゃだめだよ?」
所在なさげに頭を掻くアランを尻目に、オーギュストはレアに近寄る。
「ヴィヴィアン、よかったら気分転換に庭でも散歩しないかい?」
オーギュストはレアに微笑みかける。
「しかしオーギュスト殿下……彼女はまだ……」
「大丈夫、僕が一緒だから。さあ、行こう」
そう言ってオーギュストはレアの手を取る。
朝から勉強漬けで疲れていたので、レアは素直にその申し出を受けることにした。
♢
宮殿の中庭を、レアとオーギュストは手を取り合って歩く。
「ヴィヴィアン、調子はどうだい?」
「……最近は、とても調子がいいです」
レアは慣れないドレスにまだ歩き辛さを感じている様子だが、幸いなことに中庭には二人以外誰もいないかった。
オーギュストはレアのそんな様子が微笑ましいのか、笑顔を絶やさず、じっとそれを見つめている。
「ヴィヴィアン、」
オーギュストはレアを見つめながら、妹の名を呼ぶ。
「ごめんね」
「え……?」
謝罪の言葉。
彼から謝罪を受けるのはこれで2回目だったが、今回は親しい人間へ向けるような、悲しみの込められた声音だった。
オーギュストはレアの様子などお構いなしに、ぽつりぽつりと呟き始める。
「ヴィヴィアン、君を殺したのは僕だよ」
オーギュストの表情は笑顔のままだが、その目は暗かった。
「外国になんて嫁ぎたくない……そう言って君は僕に縋り付いて、
お父様とお母様を説得してほしいと何度も懇願していた」
「僕は君を窘めて、その場を後にした。
でも深夜に突然目が覚めた。
ひどい胸騒ぎがしたんだ」
彼の笑顔は崩れない。
「君の寝室を訪ねたら……
ヴィヴィアン、君は既に首を吊って……」
オーギュストは俯き、ハンカチで目頭を抑える。
表情が見えなくなり、ポピーの刺繍が入った、かわいらしいハンカチだけがレアの目に映る。
「弱いお兄さまでごめんね、ヴィヴィアン」
オーギュストはすぐに顔を上げた。
いつもの笑顔で、涙は一滴たりとも流れていない。
「大丈夫、君をエーデルラントに嫁がせたりしないからね」
「愛してるよ、ヴィウィアン」
レアは黙って頷く。
今この場で、レアがオーギュストに対して抱いているのは『恐怖』だった。
この青年が呼ぶ『ヴィヴィアン』がレアと妹のどちらを指しているのかがわからない。
どんな時でも崩れない貼り付いたような笑顔が、その不気味さに拍車をかける。
(もうこの人と散歩はやめよう……)
レアの直感が、この男は危険だと警戒信号を鳴らしていた。
読了ありがとうございました。
よろしければブックマーク・いいね、☆☆☆☆☆から評価いただけると幸いです。