10-疑念
部屋に戻るとアランの姿はなかった。
何か別の仕事でもしているのだろう、レアは別段気にも留めなかった。
アランは他にも抱えている仕事があり、毎日レッスンの合間を縫ってそれらを行なっている。
レアが眠った後も働き続けているらしく、いつか倒れやしないかと心配すら感じる。
レアは自習でもしようと机に座ろうとして、留まった。
ここはヴィヴィアンの部屋で、彼女が命を絶った場所。
今までそのことを気にしていなかったが、改めて考えると不気味だった。
部屋の中を見回す。
すると、机の引き出しの隙間から、何か布切れのようなものが挟まって、わずかにはみ出ていることに気付いた。
(どうして今まで気づかなかったんだろう……)
レアはそれを引っ張り出す。
布切れの正体はポピーの刺繍が施されたスカーフだった。
だがぐしゃぐしゃに皺がつき、しかも真っ二つに破れている。
(この刺繍……オーギュストの持っていたハンカチと同じ刺繍だ)
兄妹でお揃いの刺繍を持ち物に入れていたのだろうか。
もしかしたらこの刺繍はヴィヴィアンが入れたものなのかもしれない。
この部屋はヴィヴィアンの部屋だ。
彼女の私物があってもおかしくはない。
だが真っ二つに破れたスカーフを前に、レアの中で一つの疑念が生まれる。
『君の寝室を訪ねたら……
ヴィヴィアン、君は既に首を吊って……』
このぐしゃぐしゃの皺は結び目を作った時のものだとしたら。
スカーフを柱に括り付けて、それで首を吊るも、スカーフは重さに耐えきれず破れてしまった。
レアはかつて働いていた娼館にいた、首吊り自殺を図ろうとしたが、紐が切れて失敗した娼婦のことを思い出した。
ずっとオーギュストの言葉が引っかかっていた。
『ヴィヴィアン、君を殺したのは僕だよ』
彼女の自殺を止められなかったことに、責任を感じて発した言葉と受け止めているが、もしそうじゃなかったとしたら。
文字通り『オーギュストがヴィヴィアンを殺していた』としたら……
いやそんなことはありえない。
私の考えすぎだ。
「ヴィヴィアン殿下! レッスンの続きをやりますよ!」
アランが勢いよくドアを開けて部屋に入って来る。
レアは急いでそのスカーフを隠した。
♢
__三週間後。
アランによるレッスンの甲斐もあり、レアはヴィヴィアン王女らしい振る舞いをほぼ全て習得していた。
食事も大広間で摂るようになり、部屋にはアラン以外の使用人たちも出入りするようになった。
以前ヴィヴィアンに仕えていた侍従たちは全員配属先を変えられ、レアの周囲は新しく雇われた者だけで固められていた。
国王陛下と王妃はヴィヴィアンが入れ替わっていることは既に把握しているため、宮殿内で気を張ることはあまりなかった。
「ヴィヴィアン、来週はエーデルラントでの社交パーティだが、調子はどうだ」
朝食の時間、シャルマニア国王であるアンリが口を開く。
王族は食事中にほとんど会話をしない。
聞かれても問題がない情報を王族間で共有するときのみ、言葉を発する。
「はい、最近はとても調子が良いので、問題なく出席ができそうです」
ヴィヴィアンとして回答をする。
「そうか、ならいいのだが」
「お心遣いありがとうございます、お父様」
再び訪れる沈黙。
ヴィヴィアンの両親である国王と王妃とは食事の時間くらいしか顔を合わせない。
王妃に至っては会話どころか、レアと目を合わせようともしなかった。
(自分の娘ではないのだから、当たり前か)
先程、国王がわざわざ声をかけてきたのも、正体が知られないように行動は気をつけろという忠告が目的なのだろう。
(……今日まであっという間だった)
来週のエーデルラント皇国での社交パーティ、久しぶりに母国へ帰れる喜びなどはなく、レアはただただ強いプレッシャーに押し潰されそうになっていた。
だがやらないという選択肢はなかった。
既に覚悟はできている。
(ジーク……あなたにまた会うために……)
読了ありがとうございました。
よろしければブックマーク・いいね、☆☆☆☆☆から評価いただけると幸いです。




