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皇女殿下は生き残りたい  作者: 辰巳あさひ
水晶宮の虎姫
9/12

Turn 8. 騎士試験

私がこの世界に生を受けて8年目となる。前世の記憶を取り戻してからはもう6年になるのか。


習い事は順調に進んでいた。魔法は第五階位まで習得し、第六階位の魔法を勉強中だ。初級魔法が簡単に習得できたものの中級からはそう簡単には行かず、着実に躓いている。もちろん、この年で第六階位の魔法が使える者など前例がないため、魔法の天才と言う評価は今もなお有効に働いている。ちなみに我が魔法の先生であるボルトン君は天才皇女の指導の功績が認められ二等研究員に昇格した。また、本人も第六階位の壁を突破し、ついに上級魔法士となった。第六から第七階位の壁は厚いらしく、中々到達出来る物ではないらしい。しかも20代で上級魔法士になったのは、今の魔法庁の中でも宮廷魔法士を除けばボルトンのみだそうで、次期宮廷魔法士にもなれるのではないかと囁かれている。


武術の授業もいい具合に進んでいる。基本的に獣人の身体能力は人間族より優れているが、その中でもイズ評議国の有力種族の一つである虎人族はずば抜けて強靭だそうだ。私もハーフとは言え、虎人の母の血を受け継いだお陰なのか同年代の人間族より遥か高い運動能力を持っている。リュエルやリアナによると純粋な虎人族には及ばないものの他の獣人族よりも身体能力は高いらしい。私の剣や弓の才能は普通であるそうだが、足りないセンスは身体能力カバーしているって感じだ。


騎士技の方はスムーズに習得できた。騎士武技は魔法とは全く違う技法であるが、その力の源は魔法と同じく魔力なのだ。魔力の運用は魔法で慣れていたため、割と簡単にコツが掴めて来た。そして今年やっと五つの騎士武技を習得する事に成功した。剣の技三つ、弓の技二つである。後は資格のある騎士の参観の元、試験を行う事だけを残している。それで合格すれば、騎士の称号と共に騎士武具を授かる事が出来る。


ちなみに私に騎士武技を教えてくれたのはリアナではなく、兄様の護衛騎士であるシオネだ。リアナはイズ評議国の騎士で習得している騎士武技もイズのものらしい。この国で騎士の称号を得るためにはこの国の騎士の指導が必要なのだ。以前リアナが見せてくれた『竜爪』と言う技はリアナが使える唯一のロエム帝国の技だったそうだ。


兄様は最初の訪問以来、ちょくちょく遊びに来てくれている。別に用事があるわけでもないらしく、訪れては駄べて帰る。水晶宮を休養場か何かと勘違いしているのか毎回存分に寛いでいた。まあ、それでも文句は言えない。人手がの足りなかった水晶宮に使用人の手配をしてくれたり、兄様は兄様なりに私の事気を使ったくれていたからである。そこで武技の授業をしてくれる教師の紹介を頼むと、シオネが自ら名乗り出たのである。何故か嬉々として。とても嬉しそうに。解せぬ。


シオネの指導の元恙無く五つの武技を習得した私の騎士の試験は御披露目の後に行う事になった。そう、御披露目である。


この世界の貴族にとって8歳の誕生日は特別らしい。もちろん一番盛大に祝われるのは成人式を兼ねる15歳の誕生日であるが、8歳の誕生日も重要な意味を持つ。8歳の誕生日はいわゆる御披露目なのだ。皇族や貴族の親が自分の子供を正式に紹介する催しである。つまり、私が対外に初めて皇女として紹介される事になるわけだ。誕生日はまだ6ヶ月後だと言うのにもう準備で忙しい。特に礼儀作法や他の皇族や貴族への対応など覚える事は山積みなのだ。そのせいで最近は魔法や武術の授業は後回し気味になっている。


そんな忙しい日々の中、いきなり近衛騎士団から伝令が来た。


 「エリシア殿下の試験の日が前倒れになりました。騎士の認定の試験は十日後に行うとの事です」


リュエルの顔が険しくなる。


 「すでに決まった殿下の日程を、騎士団長が勝手に変更するのですか?しかも、試験は騎士団本部に赴く事になりますが、これは立派な対外活動です。御披露目前の殿下に許されている活動範囲ではないと思いますが?」


御披露目の前の皇族は、原則として対外活動を禁じられている。絶対ってわけではないのだが、基本離宮から出られないのだ。この仕来たりは陛下直属の近衛騎士団長とはいえ簡単に反故に出来るよう物ではない。それは騎士団長本人も、そしてこの伝令も重々承知のはずだ。


 「詳細は私も存じておりませんが、既に陛下の認可があったとの事です」


 「陛下の?」


陛下が良しとしたならば話は別なのだが、何故わざわざ試験を前倒しにする必要があるのか疑問は残る。そもそもこれは騎士団長の意思なのか?それとも別の思惑があるのか。ちょっと不安だ。


 「なお、当日のエリシア殿下の護衛として騎士団から5名の騎士を出す事になりました」


 「分かった。いろいろ疑問はあるが、其方では答えられまい。下がるといい」


伝令を帰らせた後、ちょっと考え込む。ゲームで私が知っている私関係のイベントは全てエリシアが第二皇子の反乱から生き残った後の事だけだ。それ以前には何が起きているかは全く知らない。一番不安なのはゲームの歴史と異なる事が起きる事だ。ゲーム通りならば、私が10歳以前に死ぬ事は絶対ない。だから逆に安心できるわけだが、全くゲーム通りであると言う保証もないのだ。


 「リュエルはどう思う?」


 「確かに不安です。こっちの騎士はリアナしかおりませんし、近衛騎士団からの護衛も信用できるかどうか…」


今までは私に危害を加えてくる者はいなかった。だが、これからもそうであると言う保証はないし全てゲーム通り事が進むとは限らない。ここは注意して越した事はない。しかし私が打てる手はあるのだろうか。


 「兄様に助力を願うのはどう?」


 「ベイロン殿下にですか?」


 「私の教師役のシオネは兄様の護衛騎士だし、当日兄様が参観に来られても筋違いではないと思うの」


 「確かに、ベイロン殿下が一緒なら万が一、エリシア様に害を為そうとする者がいたとしても動きづらいでしょう。名案だと思います」


 「では、早速」


私は伝令鳥に魔力を通す。兄様の方に繋がっている物だ。兄様に事情を説明すると快く試験当日の同行を受け入れてくれた。


そして十日後、騎士の試験の日がやって来た。騎士団からの護衛が来る前に兄様たちが先に水晶宮に着いた。普段は護衛2名のみか、側使えを一人か二人を同伴するの兄様だったが、今日は人員が多い。甲冑を着用した騎士が五人もいる。そのうち二人はいつものメンツだ。ヘミルと私の教師でありシオネである。他の騎士は初対面だ。そして側使えらしい人が三人で、兄様本人を含めて計9人である。


 「ご機嫌よう、兄様。今日は私の我儘を聞いてくださってありがとう存じます」


 「御披露目前に離宮外に出るんだ。滅多にある事ではないしいくら宮廷内とは言え安心できない。それにエリシアには騎士が一人しかないのも心許ないしね」


 「殿下はエリシア様に頼られて嬉しいのですよ」


 「黙れ、シオネ」


最初シオネは寡黙な印象だった。しかし親しくなってみるとまるで違ったのである。悪戯好きで、お茶目な性格の持ち主である。兄様とは主従以前に親密な関係のようで、よくこのようなやりとりをする。


しばらくすると、近衛騎士団からの護衛5人もやって来た。第一皇子御同伴とは聞いてないらしく、ちょっと慌て気味である。


 「本日第一皇子殿下が御一緒であるとの事は聞いておりませんが」


 「同然、誰にも言っていないからね。私が一緒だと困る事でも?」


 「滅相もございません」


 「では、問題ないんだね。参ろうか」


口ではそう言っているが、やはり納得のいかない顔である。権力って理不尽だよな。


前方に近衛騎士五人、後方に兄様の護衛騎士五人が護衛に就く。私一人が試験に行くのにぞろぞろと結構な大人数である。何故こうなった。


 「しかし、騎士か。エリシアは習い事に貪欲だね。その年で魔法士である事も十分凄いのに…」


 「別に騎士の称号が欲しかったわけではありません」


 「では、何で?」


 「恥かしいですが、欲しかったのは騎士武具の方です」


嘘は言ってない。2年後死ぬかもしれませんので自衛用ですなんて言えるわけがない。


 「それは…また珍しい理由だね。参考までに何故欲しいのか聞いていい?」


うむ、それを聞かれると答えに困る。ここは無難に…


 「格好いいから?」


 「そう…」


頷くが疑問は何一つ解消されていない顔だな。無理もない。


 「やはり血筋だと思います」


私の代わりに答えだしたのはリアナだった。普通は遥か上級者である兄様や私の会話に割り込むなどあり得ない行為なのだが、付き合いが長いせいか最近みんなの距離感が近い気がする。


 「血筋?」


 「エリシア様の伯父君であらせられるアイリネール様もイズ評議国では武人として名を馳せたお方。また、ルピス陛下もまた弓の名手として有名だったのです」


 「成程ね。エリシアもその内本格的に騎士の道を行くと言い出すかもしれないわけか」


 「そこまで武道に心酔しているわけではありませんわ兄様。ただの嗜みです」


 「成人処か御披露目前に騎士の称号に挑むのは嗜みとは言わないよ」


他愛のない雑談をしてる間に近衛騎士団本部に着いた。皇宮の南側に位置する騎士団本部は魔法庁と道を挟んで並んでいる。騎士団本部は宮廷への出入り口を守護する関門の役割もしているらしく、結構規模もあり、物々しい雰囲気の立派な建物である。それ単体で城塞と言っても過言ではない。


中に入ると室内の練兵場のようなところに案内された。そこにはまた一団の騎士が整列している。数は10人以上。私の試験だけにあれだけの人数は要らないはずだ。ちょっと不安になる。そして一番奥の方には明らかに騎士ではない人物が立っていた。40歳前後に見える中年のその男は背が高く、体つきは服越しでも分かるくらいの筋肉質であった。隈のある疲れ切った顔が玉の傷だがそれでも十分美中年と言える、なかなかいい男である。誰だろう。


周りを見ると、皆驚愕の表情をしている。多分この中であの男の人を知らないのは私だけらしい。そして私と兄様と本来練兵場に整列していた騎士たちを除いた全員がほぼ同時に跪いた。何事?!


 「父上…」


兄様がポツリとそう言った。父上?ああ、兄様の父さんか…って私の父さん!?って皇帝陛下?何でこんな所にいるの?っていうかお父さんマジいい男!


 「え…と?これはいったい…」


初めましての挨拶をすべきなのか。いや、私が覚えてないだけで実際初めてではないらしいが、この場合どうなの?


私がオロオロしていると、我が父上、ロエム帝国皇帝エルリック・ロエムはゆっくりと近付いてきた。慌てている場合ではない。どうせ御披露目の時にはお会いする予定だったのだ。それがちょっと、いや大分前倒れになっただけ。落ち着け私。まず挨拶からだ。右手を左胸の方に、左手は腰の後ろの方にし、お辞儀をする。


実はこれ、男の挨拶で女性ならば本来左手はスカートのすそをそっと上げるのが作法であるが、生憎今日の私はドレスではなく剣の稽古の時着るズボンの練習着なのだ。


 「導きの神トレノアに祝福された良き日、この再会に心から感謝を。ご無沙汰しております、父上。ご壮健で何よりです」


 「ご無沙汰か…」


 「初めましての方が宜しかったのでしょうか」


父は少し苦笑する。皮肉に聞こえたかもしれない。


 「いや、それはそれで傷付く。エリシア、元気そうで何よりだ」


そう言って沈黙が場を支配する。父は何かを言いかけては止める、また言いかけては止める。それを何度繰り返してから長い溜息を吐き、目を瞑る。そしてゆっくりと目を開けると口にしたのは謝罪の言葉だった。


 「エリシアには悪い事をした。8年もの間、顔も見に行けなかったこの父を、どうか許して欲しい」


 「父上…」


正直何を言うべきか分からない。父と言っても今日が初対面だし、両親がいない事に寂しいとは思っていなかったせいだ。なにせ私の精神年齢はすでに合計で40を超えている。本日初めて出会った相手に親愛の情が沸くわけでもなく、正直困っている。


 「で、我がバカ息子よ。お前は何故ここにいる」


 「御披露目前の可愛い妹が腑に落ちない理由で離宮の外へ赴くことになったので心配になって来たのですよ、馬鹿親父」


 「娘との感動の再開を邪魔しおって…」


 「父上がややこしいことするからです」


結局騎士の試験が前倒しになったのはすべて父が仕組んだことらしい。でも何故こんなことをする必要があったの?どうせ御披露目の時に会うだろうし。


 「事情があるのだ。こうでもしなければ、御披露目という堅苦しい場以外でエリシアに会える機会など、そう簡単に作れるものか」


父は軽く溜息を吐くと、姿勢を低くして私に目を合わせる。あ、父としての情はよく分からないけど、やはり皇帝陛下は美中年だな。至近距離で見るとよく分かる。他の感情なら芽生えそう。正直ストライクゾーンど真ん中である。やばい。背徳感が半端ない。ちょっと顔が熱い気がする。


 「あまり時間がない。でもこれだけは言って置きたかった。私はルピスのことを愛していたし、エリシア、君のこともずっと愛している。それだけはわかって欲しい」


 「は、はい。父上」


ここはお父さん大好き的なことを言って置くべきかもしれないが、ちょっと気恥しい。


 「よろしい。では今日の本題に入ろう、アーレン騎士団長!」


 「はっ!陛下」


 「後の進行は任せる。娘のことをよろしく頼む」


 「お任せください」


父と兄は観閲台の方へ移動する。父も今日の試験を参観するらしい。


 「導きの神トレノアに祝福された良き日、この出会いに心から感謝を。お初にお目にかかります。私はアーレン・リストレーア。ロエム帝国の近衛騎士団長を務めさせていただいております」


 「この出会いに神々の祝福があらんことを。第四皇女エリシア・ロエムだ。今日はよろしく頼む」


 「はい。本日の試験について説明させていただきます。試験内容は二つ。まず、最初に練習用の一般武器を用いて仕合形式の試験を行います。相手役はこの私が勤めることになりました。そして、騎士武技の試験です。練習用の騎士武具で武技を使用してください」


試験結果の判定は騎士団長と騎士団の上級騎士二人の三人が行うそうだ。騎士武技の試験は五つの技を出せば普通に合格できる。問題一般武器での仕合。これは三人の審査役の騎士が協議で合否の判定を出す。騎士武技の方は完璧だ。万が一でも失敗することはないと思う。しかし、仕合は判断基準が人の主観なのでどうなるか分からないのだ。


でも、焦る必要はない。今できなくても、10歳になる前にできればいい話だ。もちろん騎士武具の習得は生き残るための手段の一つであって、絶対条件ではない。


 「では、これからエリシア殿下の騎士試験を行います」


騎士団長と相対する。武器は双方練習用の長剣。刃は潰してあるものの本物と変わらない鉄製の剣である。


それにしても騎士団長の威圧感が半端ではない。何せ相手は大柄の成人の男で私は8歳の子供なのだ。リアナやシオネも大人だったが二人とも女性たっだし、騎士団長に比べれば一回り小さかった。


 「始めてください、殿下」


両手で剣を構える。相手は圧倒的に上手。遠慮する必要はない。全力で行くのみ。騎士団長の構には当然だけど隙がない。まるで岩のごとく待ち構えている。


先ずはこっちから行く。姿勢は低く、狙いは足。


全力で踏み込み切りかかる。騎士団長が簡単にそれを受け止める。ここは予想通りだ。空かさず突きに転じて相手の太ももを狙うが、団長はそれをずらすと同時に私の頭を狙ってくる。


それを回避しつつ牽制の攻撃を繰り出して後ろへと飛び間合いから離れる。


次は側面に回り込む。ここは獣人の身体能力を最大に生かす。しかし空振り。騎士団長は簡単に回避すると切りかかってくる。それを頭の上で受け流して袈裟切りをするがやはり回避される。


団長の次の攻撃が来る前に引き下がって距離を取る。すると今度は相手から間合いを詰めて来た。上段の構からの大振りの切り下し。しかし私のように小さく素早い相手に今の攻撃は下策だ。


なので剣の攻撃は囮だと判断する。ここで有効な攻撃だとしたら蹴りだろう。予想通り下段蹴りが繰り出される。騎士団長にとって下段蹴りでも私にとっては中段か上段蹴りに等しい。当たったらそのまま試合終了だろうな。


後ろへ下がり回避し、外回りして距離を詰めながら切るがやはり簡単に受け止められる。


ちょっとまずい手応えが返ってくる。私の剣が団長のクロスガードに引っ掛かった。絡めとられる?!


騎士団長は私の剣を絡めとり武装解除を狙ってくる。このままでは詰みと判断した私は即座に剣を手放した。私の剣が宙に舞う。騎士団長が驚きの顔をする。これはいける!


私はそのまま騎士団長に飛び掛かり胴にに蹴りを入れる。でも奇麗には入らなかった。団長は衝撃を最小限にした形で私の蹴りを受けるとそのまま後ろに下がる。距離が開くと私は空中で自分の剣を回収して、構え直す。


 「これは、予想以上ですね。しかし…」


騎士団長からの攻撃。今までとは比べ物にならないくらい速く、力の籠った一撃だった。これはさすがに受け止められないと思い回避する。しかし、休む暇もなく連撃が繰り出される。


私が団長の攻撃を回避するに連れ、団長の攻撃も速さを増して来た。まずい、息が上がる。そろそろ限界だ。


私は団長の攻撃を回避し切れず、剣で受け止めてしまう。それを受け流すこともできずに、衝撃をもろに受けてしまい今度は自分の意志とは関係なく剣を手放してしまった。


団長は私の剣を飛ばすと、喉元に剣先を向けてくる。


 「…参りました」


 「これで仕合は終了いたします。お見事でしたよ、殿下」


 「いや、自分の未熟さ加減を思い知った。さすが近衛騎士団長。素晴らしい剣技だ」


 「はは、お褒めいただき光栄です」


騎士団長は剣を収めると、判定役の騎士二人に声を掛ける。


 「早速、君たちの意見を聞かせてくれ」


 「殿下は足りない技量を身体能力で補おうとするぎらいがありますが、それを踏まえて考えてもその御歳でその剣技と体力、御見それしました。何より騎士団長相手に一本入れる等普通考えられないでしょう。私の判定は合格です」


よっし。まず、一人合格判定。そして次は


 「概ね同意見です。正直、殿下じゃなかったら無理やりでも騎士団に入れて鍛えてみたいところです。私も合格を出しましょう」


二人目の騎士も合格の判定を出した。最後に騎士団長は…


 「私も異論は御座いません。これからもどうか修練を怠らず、精進してください。さすればきっと名を残すほどの剣士となれるでしょう」


全員一致で合格をもらった。いける。騎士武技は失敗する気がしない。


次の試験のため小休止に入る。私が騎士武技で弓を使用するため、的の設置などちょっとした準備が必要なのだ。


一旦リュエル達のところに戻る。


 「素晴らしかったですよ、エリシア様」


リアナは大喜びである。


 「私はちょっとひやひやしました。騎士団長は幼い殿下相手だというのに全く遠慮がありませんね」


リュエルはとても心配だったらしく、団長に愚痴をこぼす。まあ、確かに最後の連撃はすごかったな。


 「いやぁー、私もアーレン団長が試験であそこまでやると思いませんでしたよ。まあ、団長自ら試験の仕合の相手役を務めること自体異例ですけどね」


 「そうなの、シオネ?」


 「まあ、皇族の相手役としてはやはり近衛騎士団長くらいじゃないと格が合わない気もしますけどね。そもそも皇族で騎士の称号に挑むこと自体珍しいのですよ」


確かに皇族が護身目的や嗜み程度で剣を習うのならまだしも、騎士の称号を取る必要はないかもしれない。護衛の騎士もいるしね。


護衛騎士か。もう一人か二人程欲しいな。今度父上に頼んでみよう。とりあえず、ここは見事合格を勝ち取ることのみを考えよう。


私は自分の練習用騎士武具を取り出し、具合を確かめる。魔力を通すと問題なく剣と弓に変形される。そうしている間に試験の準備が整った。


 「騎士武技の試験を行います。まずは弓の技からお願いします」


私は無言で頷くと武技を弓に変形させた。的との距離は約百歩。


まず、弓の第一の技『魔の矢』。名前通り実態を持たない魔力の矢を形成する技で、弓の騎士武技では基本中の基本の技である。これができなければ弓の騎士武技はまず始まらない。


私は矢を形成し、弓を構え弦を引く。しかしその弓矢の先は的外れな方向を向けている。


弓の第二の技『追尾』。主に動く相手や障害物に隠れている相手を狙うための技で、矢の軌道を変える技である。


私は魔力の籠った魔の矢を放つ。光る魔法の矢は的の右上の方に飛ぶ。そのまま行くと完全に明後日の方向に飛ぶであろう。しかし、矢は不自然に軌道を曲げる。壁にぶつかったボールごとく軌道を変えた矢は的の真ん中の正確に射貫く。


引き続き矢を放つ。全部違う方向、違う軌道を描くが最終的に全部的に収まる。


 「弓の騎士武技、第一と第二の技を確認しました。合格と判定します」


十本の矢を的に命中させると騎士団長から合格の判定をもらった。次は剣の技。


騎士武具を剣に変えて、試し切り用の丸太の前に立つ。剣の試し切りに丸太を使うなどバカな話だが、騎士武具の切れ味は普通ではないのだ。技を乗せた騎士武具は鉄の鎧をも引裂くことができると言う。


なので、騎士の鎧は例外なく防御魔法が織り込まれている。騎士武具相手に普通の鎧はほぼ役に立たないらしい。


丸太は三本並んでいる。これを技を出して切ればいいだけだ。


剣の第一の技『攻殻』。騎士武具の剣を強化する基本技だ。技を発動すると剣は青い光に覆われ剣の幅と長さが一気に増す。


そのまま丸太を切る。振りかぶりもせず、まるで包丁で豆腐を切るかのように容易く両断する。そして横半分に切られた丸太が地面に落ちる前に次の技を発動した。


第三の技『竜巻』。剣の軌道に沿って小規模の竜巻を引き起こす。主に牽制や敵の獲物を絡めとることが目的の技である。私が狙うのはたった今両断した丸太を含め、3本の丸太全部。暴風に巻き込まれた丸太が宙に舞う。


そして最後の技を繰り出す。剣の第五の技『竜爪』。以前リアナが見せてくれたその技である。リアナは三回の連続技を出し9回の斬撃を繰り出したが、私はそこまではまだできない。


技は一回のみ。繰り出した技はすべての丸太を捉え、破砕する。うむ、やはり切れ味が足りないな。そして技の余波で地面には三本の爪痕が抉られる。よし決まった。


粉々になって今や木屑と呼んだ方がいい丸太の破片がヒラヒラと舞い降りる。


 「…第一、第三、第五の技を確認しました。合格と判定します」


そして騎士団長は父上、皇帝陛下の方に向かい宣言する。


 「五つの騎士武技を成功させたため、騎士武技の試験は合格と判定します。一般武技の試験結果と合わせ、今回のエリシア殿下の騎士試験は最終合格とします」


 「ご苦労、アーレン団長。エリシア、こっちに来なさい」


父は観閲台から降りながら私を呼ぶ。父の顔は依然として隈のある疲れ切った顔だったが、微かに笑みを含んでいた。


 「正直、ここまでできると思わなかった。頑張ったね、エリシア」


 「ありがとう存じます」


 「そういえば、魔法の方もすでに中級に達していると聞いている」


 「はい。第六階位の魔法を勉強中です」


 「素晴らしい。ベイロンよ、お前は運がいいな。エリシアが獣人ではなかったら、おそらくお前の一番の競争相手になったかもしれん」


 「全くです」


 「ベイロン、しっかりと妹を守ってやれ」


 「はい」


 「エリシア」


 「はい、父上」


 「騎士試験の合格おめでとう。正式に称号を贈るのは御披露目の時としよう。魔法士としての認定もその日に行う。では次は御披露目の時だな」


父は名残惜しそうな顔で、私の頭に手を置き撫でてくれた。その手はとても大きく、温かい。優しく撫でられる感じが心地良い。


 「父上、どうかお元気で」


 「ああ、エリシアも体に気を付けるのだぞ」


初めて会った父親。正直、親子の情なんて分からないのが本音だ。しかし、この人から私への愛情は本物だと、そう思わざるを得ない。眼差し、仕草、声色、すべてがそう感じさせる。正直嬉しく思った。美中年だしね。


そして、私は父上も救いたいと思った。EoCではクルス皇子の反乱で私は死に、クルスは帝位を回ってベイロン皇子と対決する。つまり、反乱で命を落とすのは私だけではないということだ。現ロエム皇帝の死は、私が生き残るエリシアルートですら確定事項なのだ。


私は私が生き残ることを最優先する。リュエル達も一緒に生き残りたい。そして、できることならば今日初めて出会った父上も生き残って欲しいと、そう願った。

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