Turn 11. 西からの使者
エリシア殿下のあの素晴らしき御披露目から二日が経った。
白虎模様の美しい髪、凛々しく堂々とした佇まい。8歳で騎士と魔法士の称号を手にした、まさに文武両道、才色兼備の体現のようなお方。さすがにあのルピス姉の娘と言ったところだ。血は争えない。
ルスティエール公爵閣下から公爵家の名代としてエリシア殿下の御披露目に参加しろと命じられた時は涙が出るほど嬉しかった。
イズ評議国の北を占めるボルロアの部族の一員として生を受けた私、ゼリックは成人後にすぐ家を飛び出し、色んな所を転々と旅をした。冒険をしたり、傭兵紛いの事をしたりしている内にロエム帝国の西の公爵に雇われ『巡察隊』とやらで働くようになった。
その後、色々あったもんだ。最初私を雇ってくれた公爵がお亡くなりになり、公爵家には跡目争いが起きた。そんな面倒ごとには足を突っ込まないのが一番身の為ではあるが、何故あの時ルスティエール様に仕える事を決めたのが正直今でもよく分からない。
まあ、結果良ければすべて良し。ルスティエール様は公爵の座を勝ち取り、その過程で手柄を挙げた私には公爵から爵位と領地を授かった。
故郷にいた頃、実の姉のように慕っていた従姉のルピス姉がロエム帝国に嫁いできたのはその年のことである。イズ評議国とロエム帝国との間の同盟の証という、いわば政略結婚ってやつだが大陸南部の覇権国家の皇妃になるのだ。ものすごく出世したものだと、私は自分のことのように喜んだ。
そして8年後、エリシア殿下が生まれた。獣人と人間の間じゃ子供ができにくい。獣人嫌いの多いこの国で獣人と子をなすなど大した皇帝陛下だ。これはルピス姉が愛されているって証拠だよな。本当に目出度いことだ。これでイズとの関係も盤石なものになるはずだと浮かれていた。
しかし次の年に、ルピス姉が病気で亡くなったと聞いた時の衝撃は今でも新しい。あのルピス姉が死んだ。信じられない。産まれたばかりの赤ん坊を残して。
あの時はエリシア殿下をイズに戻すべきだと思った。母を失い、権力の基盤のなく、後ろ盾になってくれるイズ評議国遠い。陰謀渦巻く宮廷に、一人残されたエリシア殿下を誰が守ってくれるのだ。
男爵如きにできることはなく、私は途方に暮れていた。何もできない自分が情けなくて仕方ない。せめて、エリシア殿下の様子を把握しておきたい。そう思って、情報に長けた人を雇いエリシア殿下に関する情報を集めさせた。
宮廷内部の事情を調べるのは簡単ではなかったが時間をかけてじっくりと情報網を築き上げた。ようやくエリシア殿下に関する定期報告が私の元へと届くまで2年もの歳月が掛かったものだ。
「しかしまあ、見上げた根性だな。私ですら宮廷内の情報に疎いというのに、お前はこれだけの情報を定期的に受け取っていたのか」
ルスティエール様が呆れた顔をした。
「エリシア殿下の情報のみですが」
「それでも十分凄いと思うぞ。周囲の状況はある程度推理できるものだから」
「エリシア殿下への守りは比較的に甘かったものでして」
他の皇族相手だったらこう上手くいかなかったはずだ。
「お前のエリシア殿下に対する愛情に関してはよく分かった。だが次からは主である私にも報告してくれると助かる」
「善処いたします」
「はぁー、まあ、良い。それより今回の御披露目の件だ。君は基本武将だし多くは期待しない。とにかく仲良くなって来い。エリシア殿下からの要望があれば、こちらからも支援するので最大限便宜を図って差し上げろ」
「喜んで拝命いたします!」
私を名代として選んだのは公爵閣下にも思惑があってのことだ。彼女、西の公爵ルスティエールは中央との繋がりを欲していた。前代の公爵閣下の時にイザコザがあって、今、西の公爵には中央政治への影響力がほぼないに等しい。
そこで公爵はエリシア殿下に注目した。皇族として力もなく、国内に後ろ盾と呼べる勢力もない。第一皇子と関係が良好で彼の庇護を受けているが、明確に敵対する勢力もない。つまり、もしエリシア様と西の侯爵家が手を組んだら、エリシア様は三公爵の一角を担う西の公爵家と言う後ろ盾を得り、西の公爵は中央への足掛かりを得ることができる。エリシア殿下が帝位の争奪を廻権力闘争に巻き込まれる可能性は低いので都合が良いのだ。
そこで所縁のある私を使者として送り公爵家から先に協力を申し出る。まあ、正直公爵閣下の思惑はどうでも良いが、エリシア殿下を我が主君の影響下に入れば私としても都合が良いのだ。中央での影響力がないとは言え、公爵家の力は侮れない。エリシア様の今よりずっと安全で安定した生活が送れるはずだ。何よりも私がエリシア殿下のお近くに居られる。良いこと尽くめだ。
そして、本日はエリシア様からのお茶会への招待状が届いたのである。日付は三日後だ。このゼリックが役に立つ男であることをエリシア様に分かってもらうのだ。ついでに我が主の要望も叶えて見せる。
三日後、私は水晶宮に赴く。そこで私を迎えてくれたのはリュエルだった。
「お久しぶりです、ゼリック様」
「おお!リュエルじゃないか!元気そうだな」
「ゼリック様も、いや、今はロンバル男爵でしたね。ご壮健で何よりです」
「ゼリックでよい」
「分かりました、ゼリック様。エリシア様は中でお待ちですが、殿下と面会の前に一つ確かめさせてくださいませんか」
リュエルの顔は無表情だ。その眼光は鋭く、値踏みするような目で私を睨んでくる。
「ゼリック様は、西の公爵家のゼリック・ロンバル男爵ですか、それともボルロアの部族のゼリック様ですか」
予想はしていたがやはり警戒されている様子だな。しかし、このゼリックは逃げも隠れも誤魔化しもしない。ただ、自分のことを正直ぶつけるまでだ。
「私は情けないゼリックだ。しかし、それは今日で卒業する」
「…はい?」
「あのルピス姉が死んでお一人になられた殿下に私は何もして差し上げることができなかった。しかし、これからは全力で殿下のお力になるつもりでいる。それだけだ」
「もしそれで、西の公爵を意志に反することがあってもですか?」
「覚悟はできている。しかしリュエルよ、あの公爵閣下はそんなに小さい人間じゃない」
「それはどういう意味ですか?」
リュエルが首を傾げる。
「ルスティエール様はこの私が自分の主よりもエリシア殿下を優先するを承知で私をここに送り込んだのだ。それでも利があるとお思いなのだよ」
そうだ。もし閣下に別の思惑があるのなら、私ではなく他の者を名代として送っただろう。ならば、私は私のやり方を貫くまでだ。
リュエルは少し考え込むと、ゆっくりと頷く。
「分かりました。では、エリシア様のところまでご案内します。こちらへ」
さあ、ここから先は戦場だ。必ずエリシア殿下の信頼を勝ち取ってみせる。私の真心を分かってもらい、そして私が使える人材であることを知ってもらうための闘いが今始まる。




