六十五話
ギロチンの刃が、高々と掲げられている。
キラりと陽光に煌めく。虹色の輝きは、まさしく研いだばかりといわんばかりの美しさであった。あの天から釣り上げられている縄を切ってしまえば、スパン、と。それはもう、気持ちよく首がコロリであろう。動くかもしれない。いや、それだとホラー全開か。
(ま、それはそれで面白いかもしれん)
果たして、脳神経を断ち切ってしまったら、異世界の魂を持つ私の意識はどうなってしまうのだろうか。甚だ興味は尽きぬが、実際にその灼熱の痛みを伴う体験をこれからせねばならないとは。御免こうむりたいところなれども、わざとらしく捕縛されてしまったのだから仕方ない。上手くいかなければ、最悪、そうなってしまうだろうが。
――――私は生まれて初めて、ギロチンの前に突っ立っている。
いや、罪人相手に死刑執行を眺める見届け人、という役はやってきた。ただ、あくまでお客さんという立場であって、当本人になる、なんてことは、無かった。
お立ち台のように建てられた、いかにも昨日、突貫工事で造りました的な、台風で吹き飛びそうなほどの貧弱な高台にて、私は立たされている。無論、あのお恥ずかしい亀甲縛りで、である。
正味な話、いい加減解き放たれたいのだが、いかんせん、ヒナミキ=バージル王が満を持して登場するというシナリオを能書きしているらしいのだ、私は大衆の前に立たされるという羞恥プレイを敢行中であった。好き好んでやっていないというのに、なんたる屈辱。
(もし、このような姿、同僚や……リヒター王太子殿下に見られでもしたなら)
恥ずかしすぎて、死ねる。
おまけに、良く見ると馬と仲良く闊歩してきた振動によって、結構、大事なところが見えそうで見えないという、なんともアンニュイな乱れ気味である。従騎士時代からのポーズを気にする騎士であるというに、これは酷い。歩く18禁になりかねない。誰かに直してもらいたいが、私の両隣は見知らぬ兵でがっちり身を固められている。遠巻きながら私を見守っている細身君にでも頼みこみ、なんとか整えてもらいたいところなれど、到底、そのような雰囲気ではない。
「はあ……」
私の、心の底からのため息。項垂れる。
まさしく、私の内情が現れきってしまっている。
(なんでこう、なってしまうのか)
想像していた私の青空絵は、このようなものではなかった。
もう少し、スマートだったはずである。だのに、このような始末になってしまった。私が捕まる、それまでは良かった。そこから、起きたことは大体において私の予想通りであったし、殿下から頂いた国宝ものも存外に良い働きをしてくれた。感謝に絶えぬ。
だが、そこから先、がいけなかった。
(まず、風邪を引いたことだな)
そこである。
私は今まで、この方片手で数えるほどしか、熱を出したことなんてなかった。無論、前世の女性であった頃では、季節の変わり目なんかは鼻の奥をぐずぐずと鳴らしてマスクをして自衛を良くしていたものだが、生まれ変わった男の私だと、大体において、病なんて気からだろ、と言わんばかりに丈夫な肉体を持って生まれてしまった。それは、あまりにも素晴らしい恩恵で、男という体は、どうしてここまで自由闊達に動けるのかと、かつての自分と比較しては驚く始末。どんなに高い場所から落ちても平気であったし、動体視力も良すぎた。前世における地球の男性よりは、この世界の男性はかなり、肉体的に凄まじいものがあるが、それでもやはり男という体は一味違った。女のような柔らかさはないが、何か、違うのだ。納得するようなもの、というか。
ただ、まあ。
貴族制度のある、しっかりとした家に生まれた以上、それも由緒正しき伯爵家の嫡男として誕生したのだ、このような浮浪者みたいな、服装がかっちりと着こまれていない最後は御免こうむりたかった。
普段、衿詰のしっかとした騎士服を身に着けているのだ、私のこのような、だらしない、異国の死に装束を私の部下たちが目の当たりにでもしたら。
今、眼下で私を見つめている金環国住民ら人々のような静けさは保たない。
下手したら、目ん玉ひん剥いて気絶するかもしれない。それぐらい、ストイックに、スマートに。恰好良く。死ぬときも、ちゃんとしたものを。
アーディ王国の民として。王の臣民として。
王太子リヒター殿下の部下として。しっかとしなければならなかったのに。
(あー……失敗したかなあ)
噂をバラ蒔いてしまったのだから、まあ……。
リヒター殿下は間に合わないかもしれないが、同僚の誰か、あるいは、幼馴染みたるジェイズ……、彼あたりは、私を見て、指差して笑うかもわからない。あいつは笑い上戸だからな。
(ま、沢山の生き死にを遭遇してきたんだ……)
一時的に、私を見つけてはフリーズするかもわからないが、それはそれで、アーディ王国にとって有利になる戦況になるよう、誘導するだろう。幼馴染みは情報部長官にして、王太子殿下の直属の部下でもあるわけだし。
(騎士のような忠誠、かどうかは分からないが……、
代々、王族に仕える影なのだ、
王太子殿下、ひいては、アーディ王国にとって不利になるような、
そのようなことはしないだろう)
それだけは、確信を持って言える。
長年、貧弱だと侮られる原因は、ずーっと、外交にばかり力を入れてきたアーディ王国の、その武力の貧弱さにある。どうしても弱いと、侮られるのだ。
現在、我がアーディ王国の騎士団二つが国境沿いで展開し、威圧行動をしているように、かつては、アーディ王国もまた、他国に同じことをされてきたのだ。
それをやり返され、過剰に反応しているのが、この金環国家バージルである。
勇者を中心に建国された、ギルドの民と力を合わせて作り上げた国家。
金環国バージル。
(さて……、)
私は、どうなることやら。
間に合うか、間に合わぬ、か。
(どちらでも、構わぬ)
私は、緑色であろう、自らの双眸で眼下の光景を見渡す。
捕縛されて大人しくしている隣国の騎士団長を見学しにやってきた、彼ら金環国の住民ら。そうして、横側に特別設置された、これまた突貫工事の屋根つき椅子つきの地方豪族専用の貴賓室。
その中央にある、一等偉そうな玉座。黄金の玉座が、じっと、主を待ち続けている。まだか、まだか、と。
本来、勇者が座るべきその椅子。
そこには、この国から隠れ去ったといわれる伝説の勇者が、この国の行く末を頼んだといわれる宰相の、その子孫たるヒナミキ=バージル王らが預かり、代々受け継がれてきた。現在の宰相は、その傍流とのことだが、まあ。
(いずれにせよ、その玉座を、王の首を変えねばな)
でないと、アーディ王国にとっても厄介なことになる。
それは、貴賓室の奥にて、酒を呑み、美味しそうに食べ物を咀嚼している彼らの姿を見ていてはっきりと分かることであった。
優秀な人材を登用するシステムもない、ただただ、一族が一部の権益を手放さずに大事に守り続けるという、どこかで聞き覚えのあるやり方は、いずれは破たんするのは目に見えていた。
(アーディ王国の、身分を問わない結婚が昨今、
見直し始めて認められているのに比べ、この金環国ときたら)
親戚同士でつるみ、家と家とで似たような家系が結びつき合い、財産を流出しないよう踏ん張っているという。別にそこ、踏ん張らなくていいと思うのだが、彼らはそうして、代々、先祖たるギルドらが涙を流して殴りかかりそうなことを、必死こいてやっている。はっきり言って、みっともないといえなくもなかった。なんせ、ギルドといえば冒険。まさしく、フロンティア精神まみれるものであるからだ。名も無き土地を切り開き、辛抱強く国家を作り上げた彼らの先祖はまさしく開拓者である。たとえその土地が、無理に割譲させたものだとしても。
人が住まないとされる土地柄を、ここまで立派に育て上げた彼ら先祖は天晴れである。頭上の晴天のように。立派だ。
しかし、現在の、この金環国の状況はどうだ。
(情報があまりにも足りなさすぎて、すべては推測でかないし、
やはり、情報の不足さが、私のこの現状を招いてしまっているとしか)
つまるところ、この亀甲縛りに結びついてしまう。
なんとも情けないことであると、私は、若干、衝動的に動いてしまったのかもしれないと反省をする。後悔はしないが。




