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六十六話

 さあ、と一陣の風が吹き。

目を細めると、人々の視線が一か所に集まった。王だ。


 「来た、か」


 金環国の王ヒナミキ=バージルは近衛兵のみならず、大仰にも特務隊の隊員らと共にその姿を現した。無論、特務隊隊長も一緒だ。私を捕えた功績によるものだろう。いつもは嫌われ役ばかりやらされていたであろう彼ら。大概は嫌な視線に晒されるばかりであっただろう。

 ただ、今回ばかりは周りもどよめいた。

 

 「ほお……」


 私の感心する声も、両脇を固める兵らも同じ気持ちであったらしく、息を呑む音がした。

 ヒナミキ=バージルの背後には、特務隊隊長もいたが、彼は、その無駄に伸ばしていた茶の髪をばっさりと切ってしまっていた。それでいて、すんなりとした若者特有の瑞々しい肌と、煌めくような大きな瞳が童子のようであるが、しかし、特務隊隊長の制服が正式なものをしっかりと着用しているからだろうか、幼さが緩和されている。整った顔立ちも相まって、凛とした立派な、まさしく金環国の若き王子様であった。

 細身君が言っていた。

ちゃんとした、正装の服がある、と。

片方にだけ留め具がついたマントを流し、戦いに特化したであろう黒い衣は騎士の恰好にこそ近いが、アクセントで付与された金の模様が高貴で、ぴったりとしたラインが足の側面に引かれたズボンを纏う彼は間違いなく将来を嘱望される若者だ。脇には刀と思わしき拵えがあり、それまた黄金色である。

 隊長殿はそこそこ見栄えがするのだ、しっかりと身ぎれいにしてさえいれば、彼に将来性を見越すことができる者たちが現れてもおかしくはない。

 と、構想を練ってはいたが……。

 (まさか、ここまでとは)

 やや、顎のラインがシャープすぎるかもしれない。

が、目鼻立ちは悪くないし、おそらくだが、彼自身の気持ちの切り替えが顔の表面に現れているんだろう、明るいものであった。

 若き王子、の到来に、周囲の人々の目の色がまったくもって変わった。

 まず、豪族と呼ばれる地方権力者らも特務隊隊長殿のイメチェンともいうべき変身に驚きを隠せていないし、中には感心したかのように頷いている者もいるようだ。私をこの場に引きずり出した若造たちは、アルコールに頭が回っているのか未だ事態を理解していないようだが、それでも目が醒めたものもいるらしい、隊長殿の本来の姿を凝視していたりする。

 (概ねの反応は、予想通りだが)

 ただ、一番気がかりだったのは、王子様の父親。王である。

彼は、息子のイメチェンに特に文句を垂れることはなく、そのままこの死刑執行の場へと連れてくることを是とした。拒否しなかったのだ。屋外とはいえわざわざ作らされた天井のある場所に彼らはいるからか、私のいる所から王の様子を伺いしることはできない。が、しかし。息子たる王子様の顔色はそう悪くはないが、ただ、真っ直ぐに会場を眺めている。そこには、なんら感情の端も乗っていない。

 (……うーむ)

 分からん。

まあ、拒絶されたらされたで、強行してでも会場に来るように言っておいたから、こうして普通に姿を現したということは、そう特に……。

 (いや)

 王は何も、考えていない、のかもしれない。

番犬だと詰ることだけ。それだけが、息子へしてやれる仕打ちだそうだから。

 我が子のあの立派な姿を見ても、何も言わぬ、か。

 王は、王のために用意された黄金の玉座に、ゆらりと座る。

15歳の息子には目もくれず、ただ、王は、自分の楽しみだけを優先しているようだった。足を組み、ゆったりとしているのは分かる。

 近くに寄った近衛の兵だろう、再び、私の罪状が読み上げられる時が来たようだ。おや、あのスクロール紙が出てきたではないか。今度は前回よりも幅がある。どうやらいくつか罪状が追加されたようだ、なんとも眠くなる作業ではないか。今回は宰相ではない別の人間が読むようだが、ご苦労さんである。


 「はあ……」


 長くなりそうだ。

思わず天を仰いだ。




 金環国住民もまた大人しく傾聴していたわけではなさそうだったが、それでも露わになった偽の罪状に、怒りを感じている者もいるようだ。騙されている。

ただ、石を投げるほどには至らないのは、やはり、私が流した情報が上手く作用しているから、だろうか。そうだと願いたい。

 私はただ、とある噂を意図的に市街に垂れ流すよう、細身君にお願いした。


 ――――それは、ヒナミキ=バージル王が、勇者であるハルカサトヤマさんを殺害しようとした、というデマだ。


 実際には寵姫に仕立て上げようとして、逃げられた、が真相だが、長らく王の座を勇者から預けられていた元宰相一族である。やっちまった感が否めないはずだが、威風堂々たる姿である。

 対面したあの状態の王では、私の意見なんてどうでもいいだろうという態度だったから、早速ながら見切りをつけた次第だが、正しい判断だったと言わざるを得ない。特務隊を動かしてまで、いたいけな女の子をつけ回したのである。

 変態としか言いようがないが、このままではこの国家はまずいことになってしまう。そこで、王子様の出番である。

 (このまま、敵対するアーディ王国の騎士団が現れたら、

  この国の王は問答無用で斬首されるだろう)

 そこで、この国の王子様の出番だ。

彼は、私の国の王太子リヒター・アーディ・アーリィ殿下に、アピールをしなければならない。

 (……彼はたった15歳だというのに)

 本当に、理解しているようだ。

私の国が情報も、武力も。経済でさえも、手中にある強国であるということを。

こんな小細工をしてでも見せなければ、ならない相手なのだということを、把握してくれたのは、彼だった。察しなければ、それまでであったが。

 私は、彼にひとつの策を授けた。

あとは、それを示し、我がアーディ王国へ誠意とやらを示さねばならない。なぜならば、国家というものに友人はいないからだ。

 利益があると。

どちらにも、損がない。

それが一番いいのだが、いかんせん、この国はあまりにも、我がアーディ王国を馬鹿にしすぎた。アーディ王国騎士団長を貶め、捕縛。これから殺害しようとしているだけでもまずい状況だというのに、黒髪少女という攻撃する口実さえも与えてしまった。

 私の頭では、これ程度が精いっぱいの策である。


 さあ、私の隣に、死刑執行者がやってきた。

兵士は、私をギロチンに設置する。

頭を押さえつけられ、生首を空に晒す。

 (いやはや)

 凄い、としか言いようがない。

私は生まれ変わったはずだというに、初めての体験ばかりしている。

男、もそうだが。このような中世の死刑執行、までも体験できるとは。

長生きするものである。

 (……ぞっとする)

 私の影が、木板の床に落ちる。

一滴の汗が、私のこめかみから滴り、染みを作った。

 唇を、噛み締める。


 「さあ、世紀の犯罪者!

  敵国の騎士団長の骸を、突っ返してやろうぞ!」


 下卑た笑いが、頭上で聞こえるも、私はすでに木造りのそれに嵌っている。上向きになることも、振り返ることもできなかった。

ただ、面を上げさえすれば。

 よせばいいのに、それは、なかなかの光景だった。


 息が、詰まる。


 人々が、全員。私の死を、見詰めようとしている。

圧巻だ。数えきれぬほどの目と目が、私に首ったけなのだから。

 百とも、千ともいえぬほどの数の人間の意志が、私という個を。

瞬く。瞬くが、


 喉が、乾く。


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