六十三話
「言われたとーり、噂、バラ蒔いといたぞ」
細身の男は凝り固まった肩を回しながらの報告をしてきた。
彼らの王子様は現在、筋肉ダルマ君が護衛役を買って席を外している。
「で、他にやることは?」
「そうだな……」
私は、純白の身となってしまった白装束の袖口に腕を差し入れながら、ううむ、と唸る。
会場である処刑場は、シンデレラが住んでもおかしくないこの王城からの郊外。大雨が降ると暴れ川になるという曰くつきの大川を背景の河川敷に、ちょっとしたお立ち台が作られているそうな。
――――すなわち、ギロチンである。
振り下ろされる刃の下に、私は設置されるという寸法だ。生首コロリ。
(そのほうが目立つしな)
幸い、この国の王子様はそういった汚れ仕事専門であったから、遥かに話は通じやすかった。多分、うっすらとした支援者らが、そこにいるんだろう。私の要望がトントン拍子で決まった。
(洋風が珍しい、というのもあるだろうな)
和風、であれば、腹を切るのがメインだと思うが、私がこの国にとって外国人であるということと、我がアーディ王国での処刑方法を流用したほうが、アーディ王国の煽り耐性を計れるというしょうもない事情が絡んでいる。なんせ、侮っているアーディ王国の騎士団長を勝手に殺すのだ、煽り値も高い。
それと、ギロチン使用はこの金環国バージルが建国以来、初めてのケースだそうだから、そういった処刑工具のお披露目みたいな面もあるんだろう。磔獄門も想定していたが、この国のバージル王は初めての処刑法にいたく感心したらしく、彼手ずからのゴーサインが出たそうである。金環国のお墨付きだ、なんと涙がちょちょぎれる展開か。
バージル王は、お披露目式をすると首都内の一般国民にもお触れを出したというのだから、ヒナミキ=バージル王の浮かれっぷりが、嬉しくないような、嬉しいような誤算である。
「今日の天気は、どうだ?」
とりあえず、今日のお天気模様を伺うと、
「天晴れなほどだ」
清々しいほどに処刑日和であるらしい。
細身の男はふん、と鼻息荒く、窓から見える青空っぷりを睥睨しながら口答えをする。
「で、他にやることねーのか」
私は、彼のやる気満々な態度に驚くも一呼吸、にっこりとただ、笑った。
「ない」
そうして、
「あとは、迎えが来るのを待つのみだ」
泰然とした姿勢に、彼はなんとも不躾な視線を送る。
が、すぐに逸らされ、うろうろと室内を歩き回るようになった。
私のように椅子に腰を落ち着かせ、という方法をとらないあたり、彼は筋肉ダルマ君とは異なり、気が短いのだろう。せっかちだ。
昨晩から工作しまくって疲れているであろうまんじりともしない彼に、声をかけるも、
「……まあ、落ち着いたらどうだ」
「これが落ちついていられるかってーの」
返す言葉は想定内のものばかり。
(やれやれ)
私はそれを不安の裏返しと受け取った。決して腹減り熊や野獣のような、檻の中にいる動物を彷彿とするような心境ではない。多分。
「……騎士団長さんよぉ、どーして、そんな呑気に構えてられるんだ?」
暇なのか。そうなのか。
いつまでたっても私を呼びにくる者たちがこないので、彼は私に話しかけることにしたようだ。首を傾げる亀の子のように、私もまた頭を斜めにして細身の男の、鋭い目を見返す。
「呑気、か?」
「そりゃそーだろ、なんでそんなノンビリとしてんだ?」
「そうさ、な」
はっきりいって、二度目の人生だから。
としか言いようがないが、もしそのような発言をしようものなら、第二の人生がその場で終了しそうなので口答えはしない。妄想、とは昨日言われたばかりである。天井の隅々まで視線でなぞるが、大した良いアイディアは浮かばなかった。
ここは、無難に伝えるとしよう。
「黄金時代の騎士、の話は知っているだろう。
あれらはまるで伝説のような逸話ばかりで、
嘘臭いと思うだろうが、
だいたいはあの通りの真実だ」
「……ほぉ」
おそらくだが、彼の脳内には地獄のような場所を踏破する修羅のような騎士らの姿が描かれているはずである。事実、血まみれで敵を屠る姿は想像に難くないが、目の当たりにすると貴婦人は卒倒するのは間違いない。
私は唇を湿らせて、本当のことだが、適当なことを述べた。
「彼らは本当に強くってなあ。
まあ、私もその一人として数えられているが、
……それぐらい、訳のわからん修羅場を何度も乗り越えてきたのだ、
この程度で動揺することはない」
「こ、の程度か……」
肝が据わりすぎているのかもしれんな、などと、細身の男の動揺っぷりを見つめながら思う。本当に、私は前世女だったんだろうか……。
(ため息つきたくなるな……)
絶え間なく緊張みなぎる仕事をしてきたせいで神経が摩耗しているからかもわからないが。
(もし、また女に戻れる、と言われて……、
私は果たして、無事に女に戻れるかどうか)
甚だ怪しい。
(ま、その前に断裁機に首とられそうだけど)
現実を直視せねばなるまい。
私は、願った。
策が成るのを。
(やるべきことは、やったし……)
大体において人任せだが、これで失敗したとしても、まあ。
(別に構わない)
と、私は考えている。
どうせ、間違ったとしても、私の生首がコロリと落ちるだけだし、あるいは中世の薬みたいに誰かに有難がられて使われているかもしれない。下手したら、こんな武骨な男の血肉が人魚扱いで、珍品として、似非商人に商品として扱われているかもわからない。そういった奇特な運命を流転する可能性だって視野に入れねばなるまい。そこには、私の命はないだろうが、肉体は存在している。DNAは破壊されつくしていて、ちっとも存在証明には至らないだろうが、残ってさえいれば、後世の人々はいずれは発明を続けては長じ、私という騎士がいたということを知るだろう。そして、決して気づきはしないのだ。その干からびた肉体の欠片には、かつて異世界で存在していた前世を持つ魂が宿っていた、ということを。ヴォイニッチ手稿。悪魔の証明のようなものだ、誰も信じてはくれない。
「……む」
足音が、やって来た。
それも、遠い場所から、複数。廊下を響かせ慌ただしくやってくる彼ら。
「そら、やって来たぞ」
私は細身の男に教えてやったが、彼もまた、金環国の王子様兼隊長殿のように、しかめっ面をするようになった。さすがは幼馴染み。つるんでいると、中見まで似てくるようであった。




