六十話
「……シイ」
かすかな声が、やけに私の耳朶を打った。
「オレっちには……、
あまりにも、眩しイことダ」
腕がだらしなく垂れ下がり、椅子の背にもたれかかっている姿。
僅かに見開いた私の両目にも、彼は、疲れ切っているように映った。
「これからだろう。
貴殿の人生は。15歳だぞ、15歳」
「だかラなんだ……ジジ臭いナ」
む。
まあ、おっさんだしな。若者からしてみれば、そう見えるのは致し方ない。私だって若かりし頃、年上の人は皆おっさんだった。
ごほん、と咳払いをし、気持ち新たに、番犬殿と向き直る。
「貴殿は、例えおおっぴらにされてないとはいえども、
隊長殿の王子という立場に揺るぎがない。
……いいのか? そのままで」
「……何ガ言いたい」
「私は死刑に処されたくはない」
ぎしり、と軋む椅子の脚。
「だが、このままでは、私は殺される。
……、理解してるんだろう?
もし、そうなってしまったら、
相手に口実を与えることになる。
現在、我が国アーディ王国では、
騎士団二つを展開している。
リヒター殿下は確実に踏み込む。
それこそ、精強たる黄金時代の騎士を携えて」
口火を切ったのは誰だったか。
もはやあやふやになってしまったが、その導線に火をつけたのは、間違いなく、この国の王である。
「……責任、とらされるぞ」
「エ?」
ぽかーんとしているが……、
「あのバージル王は私を捕まえよ、と命令したんだろう」
「あ、あア……」
「リヒター殿下は私を捕えた奴を許さない態度に出るし、
殺した奴も許さんだろうが、
バージルの王はなあなあにしようとするだろう。
おためごかし、だ。
どういう経緯でするかは不明だが、
時間稼ぎにでも使われたりはするだろうし、
そのすべての罪を、貴殿におっかぶせるだろうよ」
「ハア?」
「チカラでリヒター殿下を捕まえられると過信しているようだが、
そうは問屋は下ろさん。無理だ。
だから、その王太子殿下の怒りの矛先を、
結局は誰かに被せられるのだ。
つまりは、隊長殿。貴殿だ」
「ま、マテマテ」
「待たない」
「オイ!」
この国の王子は混乱している!
リヒター殿下のお考えは大体において推察でしかないが、黒髪少女という正当な勇者と思わしき血筋の者を入手している。
私が初めの頃に企画していた、勇者女王の誕生を考慮に入れていてもおかしくはない。なんせ、赤子の頃から私と共にいたからな。考え方が似通っているとこがある。
幸い、この番犬殿は、黄金時代の騎士の強さに理解したようだが、このままだとこのバージル国は面倒になるということを把握する程度で手詰まりのようだ。
何回かに分けて、この王子様にレクチャーする必要がある。
「つまりは、金環国家バージルの武力では、
我がアーディ王国を下すことはできん、ということだ。
すなわち、我が国の属国になるか、
滅ぼされるかの二択だ」
「……うちのバージルだって、そんな弱くハ」
「最近、戦ってないんだろう?」
「ウ」
ずっと鎖国をしてきたのだから、実戦経験がない。
対し、我がアーディ王国は精鋭が常にしのぎを削っている戦国時代の様相である。はっきりいって異常だ。強くなりすぎている。黄金世代の皆々も、まだまだ現役。後進指導に当たっているとはいえ、すぐに攻撃態勢に移れるのだから、いくらこの特務隊隊長殿のような腕が何人もいるとはいえ、実戦経験もない、ましてや、末端の兵らまで戦の経験のない国の人間が、我がアーディ王国の、血で血を争う亡国の瀬戸際まで体験した国家からしてみたら、まるで赤子のようにしか見えんだろう。ひとひねり、だ。
(それに、国境沿いで展開してる騎士団二つ、って、アレだ。
一番強いといわれるあそこだろう)
確か、王太子殿下直属だった。私もまた直属だが、護衛職だし、戦いはするが専門の戦争屋ではない。
「ナンダか、新たな脅シの手口みてーだナ」
「……実際、その通りだし、
冗談では済まんぞ」
(鬼みたいな強さ、引かぬ豪胆さ)
一人、一人が武神の加護を得ているかのような働きをしてみせるのである、そんな奴らが私と同年代でまとまって生まれてしまった。
おかげで、我が国はあまりにも強すぎてしまった。突出した才能は、叩かれることもしばしばである。しかし、そんな不利をも覆し、導いた方が――――
(まあ、そこまでは言うまいて)
私は、翻ってこの国のほうの王子様を眺めた。
上から、下まで。ずずいっと。
「何だヨ」
比較すると、リヒター王太子殿下が輝かしすぎて大変可哀想なうえ、滑稽でさえある。私はうっかり、長い長い長嘆息めいたものを吐き出してしまった。
「オイ」
「おい、とはこちらの台詞だ」
茶色の髪をいい加減にぶら下げながら、あれこれと口から出る文句ばかりは一人前。これでは、誰もついていくと自発的な行動をとってくれる臣民はいないだろう。悪評も気になる。
「隊長殿にはちゃんと、王子様らしい見目が必要だな」
言いながら、私は椅子から腰を上げて奴の背後に回った。
座り込んだままの王子様は私の突拍子のない行動に警戒しつつ、逐一顔を仰ぎみて、手の動きをその顔で受け止めてしまった。顎をぐい、と手の平で捉えて背後から包み込む。
「ハ?
いきなり、何を」
こやつの頬は、すべすべであった。
つるつるとした鼻筋、その上にまばらに垂れ下がる茶色の髪をさっと避けると、そこそこの見目が如実に表れた。
「コレだよ、コレ、この前髪!
短くしたほうがいいぞ」
「ハア?」
何でテメーなんかに言われなきゃんらねーんダ、などと言い始めるこいつの前髪を、すっと後頭部に撫でつけた。
「ちょ、オイ……!」
「静かに」
しー、と幼児をあやすようにいなしつつ、彼の頭を撫でるやいなや、その柔らかな髪質に私は驚いた。
「ほお、なんとも細い……」
「う、煩いナ」
「我がリヒター殿下もなかなかの髪質だったが、
貴殿もそこそこだな」
「そこそこ言うナ」
というか、そこそこ、ってなんだよ、って何故かむくれる隊長殿は放っておいて、無駄に長いが指先で梳いてやると、奴は口を閉ざした。
「……髪を整えてやれば、貴殿だって、
隊長殿だって王子様らしい見た目になる。
きっと、周囲の人間の目の色が変わるぞ」
「……それがドーしたってんダ」
「変化するさ。
貴殿は、この金環国の王子で、かつ、武を修めている。
この国は、勇者の国なんだろう?」
ならば、武のある者を贔屓するのは目に見えていた。
ただし、依怙贔屓する保護者、が必要ではあるが。
「このままでは、この金環国は内乱状態になり、
貴殿は罪を被せられ、私のように処刑される。
いいのか? このままで」
私は、王子様の耳にリヒター殿下のお考えを予想しながら囁く。




