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百話

 「ハルカサトヤマ。やっと来られたか」

 「はい! 来られました!」


 リヒター殿下の微妙な言い回しを吹き飛ばすように、サトヤマさんは元気よく挨拶をかましてくれた。


 「リディさんもお元気そうで!」

 「サトヤマさんもな」


 くるりと体の位置を変え、私を見上げて笑みを振りまく彼女。

 黒髪の端は、切り取られ揺れている。

 (この世界で生きる覚悟を決めた、か)

 そんな悲壮な空気を一切見せぬ健気な彼女に、眩しい気持ちになった私は目を細めた。威勢の良いサトヤマさんは主賓にも声かけを忘れない。


 「あ、あと金環国の王子様、このたびはおめでとうございます!」

 「……アあ。

  先日は、済まなカッタ、ナ」

 「いいえ! 一発決めたのですっきりしました!」


 (なんだ一発って)

 そんな話は聞いていないぞ。

 視線だけでダリアに問えば、彼女はひっそりと小声で教えてくれた。


 「その、拳で腹部を殴ったのです。

  それで許す、と」

 「ほう」

 「さすがに顔は公務に支障をきたすから、

  見えない部分を思う存分好きなようにしてよい、

  とのことなので」


 わいわい話し合う二人を見る限りでは、さほどのわだかまりはなさそうである。どちらかというと、犬のほうが押されてるように見受けられるが、これはまた、金環王子の意外な部分を目の当たりにするようで見ているだけで面映ゆく、周囲の視線が自然と生暖かい空気になった。

 それを知らぬは本人たちばかりなり。


 「……リディ」

 「は」


 リヒター殿下に呼ばれたので顔を近づけるや、殿下は耳打ちをした。

さらりとした赤毛が頬にかかる。


 「あれらは娶わせたらどうだ?」

 「そうですな……」


 (私と同じことを考えていなさる……)

 金環国家にとってこれ以上の慶事はないといえよう。

日本人奴隷制の撤廃の象徴にもなるし、新たなる日本人の血を王家に入れると言う正当性を主張する根拠にもなる。

 だが、私は緩くだが否定した。頭を横に振る。


 「殿下。あなたがそうおっしゃると本当にそうなってしまう。

  今の状態のままでしたら、私は反対です」

 「何故?」

 「本人たちの同意のない、愛の無い結婚ほど白々しいものはない」


 確かに二人は夫婦になったら今後やりやすいことだろう。

だが、あくまでも私は互いを認め、愛し合う気持ちになったら、すなわち恋人同士であればと条件をつける。

 (特に彼女には……サトヤマさんには幸せになってくれたらと、

  思っている)

 わざわざ異世界にまでやってきて、意に染まぬ結婚をするほど空しいことはない。思案顔の殿下、私の言葉を容認する。なんせ、私の話の流れに出てきた愛、という響きに目の色を変えたのだ。

 何か、気になることでもあるのだろうか。

私の顔色を伺いながら、ほう、と。


 「……それもそうだな。

  …………愛、か」


 艶っぽいため息をつきながら、


 「リディ」

 「は」


 想定外のことを言いだした。

私の中を見透かすほどの強い視線で。


 「リディの愛する人、とは誰だ?」

 「は?」


 いったい何の話だろうと巡らせたら、考え至るのはひとつだけ。断頭台のときのことを蒸し返していなさるらしい。まじまじと見詰めるや、端麗なる殿下の面もちは真剣そのものだった。

 (ははは……適当にあげつらった、殿下を動かすだけの遺言のようなもの、

  ただそれだけのことだったが、)

口の端がひくりと上がる。

 気付けば、金環王子もハルカサトヤマもぴたりと揃いもそろって噤んでいた。


 「えっ! り、リディさんの愛する人……?」 


 あんなに喧しいくせして、こういう時に限って協力するのか。

 口に手を当て、すごい楽しげな顔で注目してくる日本人女子と、無言のままじっとりと私を見入っている金環王子の鋭い視線、そしてそれらを見守る護衛らは大層興味深そうに私を眺めていた。

 

 「な、なんだ……?」


 顔を逸らした先にいた副官殿も心なしか、鬼教官のごとき目力を眼鏡の奥から発揮しているし、殿下なんてゆるりとした姿勢ではあったが、その青き双眸は決して見逃さぬとばかりに、私の口から相手の名前を知りたがっているようだった。


 「リディ」

 「……は」

 「で、誰だ?

  この中にいるのか?」

 「は?」

 「お前が愛する人がいると言いだしたのは、

  金環国に入ってからだ。

  ……いったい誰だろうな、そのようなことを、

  お前に言わせるような人物は」

 「い、いきなり何を仰せか」


 (ひいい)

 しどろもどろなのがいけなかったのか。


 「わ、リディさん、顔、真っ赤ですよ! 照れてる?」 


 三者三様に言われ、思わず顔を片手で覆う。

 (しまった……誰よりも冷静になれねばならぬのに)

 眉根を寄せ、なんとか平静さを取り戻そうと思ったが、ますます悪循環に陥っているようで顔の赤みがとれそうにもなかった。


 「み、見ないでいただきたい……」


 護衛騎士としての失態である。

そう思えば思うほど、今まで職務に忠実であればあるほどに、今の私が私自身が信じられぬ思いだ。なんと情けない。

 どうせ死ぬかも、と思って適当こいたのがいけなかったようだ。もう少し練って発言すればよかったと後悔、

 (とはいえあんなド派手な断頭台を前に、冷静になるのはなかなかに大変……)

 恥ずかしさがこみ上げてくるも深く息を吸い込み、調子を整える。


 「リディ?」

 「……騎士の本分としては申し訳ないことで、」

 「リディ、どういうことだ。説明せよ」

 「ですから、」


 詰め寄ってくる美貌王子をあしらっているうちに、心の安定を少しは取り戻すことができた。

 のだが、今度は金環王子がにじり寄ってきて私を仰ぎ見るや、


 「オイ誰ダ、そんな奴イルのか」


などと申しており……金環王子に襟首掴まれ揺さぶられるは、そしてそれを離そうとリヒター殿下がにっこりと微笑しながら地獄の犬の手首を片手でねじり上げ、


 「リディに触るな、駄犬」

 

などと互いにギリギリと睨み合いながらの牽制をし合っているわ、私はその間で挟まれてせっかくの式典がまずいことになると青ざめ、かといって来賓方々のほうを見やるのには勇気がいる。

 なんせ、二人の王子方に挟まれている。なんだこの状況、となっているのでなんとかせねばと決めてあったはずの段取りを素数のように数えていると、


 「わわ、リディさん、こっそり教えて、教えてください!」


 背後に回り込んだサトヤマさんがうしろから耳元をピンポイントで狙い撃ちしてくるわ、新たなる刺客たる日本人少女によって私の退路は見事に断たれ、


 「サトゥーン団長。早くこの場をおさめてください。

  白けてますよ」


 副官殿は無慈悲に宣言、しかしてその瞳は鬼教官直伝の威圧感がたっぷり、明らかに私の失言に怒りを覚えているらしく仁王立ちしていなさる。

 この妙なる式典対談、のちに金環国家でも密やかに広められ、リディール・レイ・サトゥーンの手管は世界一だという、不躾な名誉が付随されるようになった。あと年下キラー。衆目の面前でのあれこれは彼にさらなる試練を与えた模様である。

 この件について、サトゥーン騎士団長は曰く、

 

 「言葉の綾、と言わねば解放されなかった。

  死ぬかと思った」


 などと、申しており――――当時の事を聞かれるたびに、くたびれた顔になって哀愁漂わせる背中をみせるばかりであったという。

とうとう100という大台になりましたが(((((( ;゜Д゜)))))ガクガクブルブル

もう少しだけ続きます。

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