表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/119

九十九話

 「カエシナ……」


 覚えがある。間違いなく。

口にするとなおさらに記憶が蘇ってくる。あの寂しげな眼差しで手にあったものを私に差し出してきた、絵姿。翠の瞳。美しき女性。家名。


 「それは、あの……、

  金環王子の母親の家、でしたか」

 「そうだ。

  お前が、あの犬に……。

  ……やっぱりあの駄犬、躾けてやろうと思ってな」


 にやり、と口の端を上げる殿下の笑みは、明らかに企んでいるかのような顔付であった。




 

 ある夜、わたくしは願い出ました。あなた、あなた。わたくし、もう辛抱たまらんのです。あなた、わたくしはもう。でも、あなた。あなたを失うことのほうが、心張り裂けるのです。あの王は、わたくしの見た目に惑わされ、王城に閉じ込めようとしています。もし王の招へいに応じなければ、あなたは殺されてしまう。幼き頃よりの愛は、あなたを亡骸にしてしまう。それならば、わたくしは喜んであの王のもとへ参じましょう。さようなら、わたくしの大事なあなた。もうお会いすることはないでしょう。寂しく、侘しく思いながら、あなたの幸せを遠く白いお仕着せの壁、華やかな王壁の中にて祈っています。さようなら、愛しき人。さようなら、お父様。さようなら、わたくしの、育んできた愛……。





 金環国住民ならば、誰もが知ってる詩人らが謳う歌。

その情緒あふれる悲恋は涙なしには語られず、実話だからか余計に心にくるものがある。前王が幽閉されたことや、悲恋の先に生まれた子である金環王子への憐憫さに、金環住民も心なしか気もそぞろのようで、式典会場の周囲に人だかりができていた。

 私は王太子殿下に付き従い、歩みを進める。

と、外の警戒を行ってくれている我が国の兵ら。アーディの騎士らが一斉に引き締まった顔になり雰囲気がピリピリとし始めたことから、アーディ王国がしゃしゃり出てくることに不満そうにしていた住民らも引きずられるようにして騎士らが注目しているその目を我々に向けた。

 するとやはり。


 「……倒れた住民らの救護を、な」

 「はい」


 副官殿によって手配された従卒にこそっと指示、精強なるアーディの騎士らは慣れきっているので問題ないが、後方にて幾人か倒れ込んでいるのはいただけない。騎士は持ち場を離れられない。予め予備としてお願いしていた金環住民らの助力もあってか、大騒ぎにならずに済んだようだ。

 美貌王子のその見目に昇天しかかっている彼ら住民らのケアを横目で認めつつも、式典会場――――すなわち、初代勇者の霊廟へと足を運んだ。





 慰霊碑、といった体裁の、いくつも積み重なった石の上にきつ立した長方形の巨大なる石碑はさながら墓石のようであった。距離が離れていても分かるぐらい、日本語らしき文字が表面に刻まれている。らしき、と思わざるを得ないほど、読めない達筆な字である上に年数の経過によって老朽していたために、結局はどういったことが書かれていたかは不明瞭である。

 (初代王の本名、かもしれんな)

 などと、しみじみと感じ入りつつ……、式典会場に敷かれた道を進む。

かすかにざわめく人々は、これから行われる式典の見届け人、のようなものか。選別された名士たる金環住民もおり、あちこちからばちばちと興味深そうな視線が送られてくる。我々が進む道を勝手に開けてくれるので便利ではあるが。

 石碑に木造の屋根がついただけの野外会場……何故ここにしたのかといえば、単純に人の出入りが制限できるという構造と、警備理由、それと、そこそこの人数を招き入れて式典を行ってぱっと終わらせたいという訳もあるけれども、この慰霊碑の前での式典が重要であった。

 そう、ヒナミキ=バージルの日記が納められているのである。

 (あれは)

 すいすいと自動的に人がはけたため見やすくなった視界いっぱいに飛び込むようにして出現したるは、すっかり正装が身についているようであったかのお方、金環王子の姿があった。

 彼は慰霊碑の側でじっと立ち尽くしている。前回、玉座の前で後姿で見上げていたリヒター殿下とは違い、背中に王を背負って真正面だ。

 それでいて久方ぶりに会う私を視界に認めるや否や目元を緩め、嬉しげにしていたが、私の手前にいるリヒター王太子殿下を直視してしまってからはすごくわかりやすい態度で嫌そうに眉を顰めた。多分だが、リヒター殿下の王位を認める仕儀の至りに対談のあと気付いたのだろう。それでいて私からのフォローが入りなんとか立ち回ることができたが、知らぬうちに悪意を条件に混ぜられたことにさすがに金環王子も腹立ちを憶えた模様である。それにリヒター殿下は気付いているようだったがまるで無視。遮るものがいないので真っ直ぐ直進、とうとうたどり着いた。

 互いにけん制し合うような空気のさ中二人の王子は向かい合う。

 彼らの横には慰霊碑。

リヒター殿下の後ろには私を始めとして、護衛の騎士ら複数がいる。

金環王子の後ろには、細身君と筋肉ダルマ君、それと特務隊の連中だろう、この会場内の見張りをしているのかあちこちで目を光らせている。会場外はアーディ王国の騎士らがメインで警護しているが。

 (本来なら、私たちアーディが先に会場入りしてなければならなかったが)

 略式、経費節減、さっさと終わらす。

これを掲げたリヒター殿下の希望によって、このような、ざっくばらんな式典になってしまった。それでいて、集まり次第開始なものだから式典として大丈夫か不安になるも、殿下曰く、


 「選帝侯たる自分がいれば大丈夫だ」


 との仰せなので、そういうことになった。

また、年齢差、経験の差による公務の格というものがあるのだろう、


 「さて、本日はお日柄も良いようだ。

  まさに金環国家の新たな門出に相応しい日ではないか?」

 「……アア、その通りダ、アーディ王国ノ王太子」

 「周りによって立たされた王位だ、

  貴殿はしっかとそれを噛み締めよ」

   

 国宝級の指輪が彼の指に収まり、輝かんばかりの笑みをしてみせるリヒター殿下に、番犬殿はその口を真横に引いてばかりでぶすっとした顔でいる。

 反論はせず、踏ん張っているようだ。偉いな、いきなり遠距離攻撃してきた頃に比べたら格段に成長している。金環王子の後ろで控える二人組も黙ったままでいるし。私がいない間もこういった応酬で修羅場や諍いがあったようだが、

 (実際、殿下の言うことは正しいからな)

 ただ、あえて言うことで相手をムカつかせるという面倒なことをするので、私もまたやるせない気持ちになる。すまんな、殿下はこういうところがあるから。アーディ側が有利なくせに、大人げなく言い放つリヒター殿下の嫌味に金環王子はしっかと受け応えをしつつ、流すべき所は流していた。本当、これではどちらが大人か分かったものではない。

 そんな二人の王子方をしり目に私は、噂の人物をひっそりと探していた。

目線で会場内をなぞるだけだが結構な人数があちこちにいるし民間からの者たちもいるため、見知らぬ相手ばかりの会場にカエシナたる奴を発見できるとは到底思えなかった。

 (紛れ込ませている、か……)

 恐らくだが、カエシナは、男だ。

そして、この。式典の前で実は緊張している犬をからかって解してやっているのに、それを解せぬとばかりにふて腐れている金環王子、逆効果だろうにと思った私は番犬に声をかけた。


 「隊長殿。

  いや、今は金環王子、次期王位継承者、か」

 「……っ、騎士団長……」


 すると、立派になった王子様はふるふると肩を震わせ、


 「オレハ嫌われていたノかと……」

 「む?」

 「忙しい、トは思っていた。

  ダガ……このまま……会わないでオワルかと……」


 (もしや、私に番犬接近禁止令が出てたのを知らなかったのか?)

 後ろの二人組護衛に視線だけで問うと、二人は困惑しながら、


 「その、ですな。

  騎士団長殿はお忙しいから会うことはできない、

  と再三申し上げたのですが」

 「そーいうこと。それでも会いに行ったら、

  すごい熱烈なものを目の当たりにしてしまいましてねぇ。

  決して、二人の仲を詮索して迷ってたってことではぐふっ」

 「余計な事ヲ言うナ」

 

 さりげないひじ打ちに、細身君は腹を押さえた。

金環王子は、ぎらり、と。リヒター殿下に鋭い視線を投げている。


 「このクソ王子ノせいダ」

 「ほお」

 「こいつがっ……! こ、こうやってサトゥーン団長とねんごろだって!

  言い放つから!!」


 (なんだそのポーズ)

 金環王子は、何やらエア人間を横抱きにして顔を伏せる仕草をしているが、まったくもって分からん。そんなことされた覚えはないが。

 

 「何を言い出す。

  まったく、これだから躾のなっていない野良犬は」

 「ンだとこのアバズレ」

 「おまけに口も悪い。

  頭の回転も良くはなさそうだ。

  これでは、リディを楽しませることはできんな」

 「な、ナニっ?」

 「リディはな、頭が良くて顔も綺麗で声も麗しい教養ある人間が好みだ。

  ついでに、地位も権力もある金持ちが大好きだ」

 「ぐ、そ、それならオレだって……」


 (どんな人間だ)

 愕然としたが、それは周囲も同等の思いであったようで案の定、私への視線が動揺の混じったものになっている。当たり前か。こんだけでかい声で罵りあっていればな。それも立場も権力もある、見た目だけは立派な王族たる時期王の王子様方お二人の言だ、ただでさえ少なからずあった私のホモ疑惑が彼ら二人の王子方の応酬によってマシマシになっていく。本当、勘弁して欲しい。私の耳には、やはり年下を手玉にとった……などと、ややも菌扱いされかねないコソコソ話があちこちでひしめいている。地元民もいるため、このやり取りはその日のうちに金環国の首都を駆け巡るだろう。非常に居づらい。

 そうして、しばらくの不毛な言い合いが続いたのち、ようやく。

お待たせしましたとばかりに、日本人たるハルカサトヤマが副官殿を伴ってやってきてくれて、私の胃が縮み上がる前で助かったと私は安堵した。

 彼女は春風のように、明るい空気を運んできてくれたのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ