表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君に告ぐ  作者: ミズハラハヅミ
第三部 花の降る正午
55/79

16

「荒井さん、井口さん、さっきはどうも、ありがとう……」

 消灯直前の病室で、梓は二人に礼を言った。

「多美、ごまかすの大変なんだよ。とっても聡い人だから」

 眠る前にサッカー雑誌を見ていた井口が、苦々しい顔をして髪をもさもさと掻いた。

「なんであんなことしたんだよ」

「みっともないよね」

「いや、……そういうことが言いたいんじゃなくて」

 井口は一度言葉を切って、それからあらためて口にした。

「今までのお前の方がよっぽとみっともなかった。でももっと体は労われ。そんな方法で傷つけるな。少しでも心臓に負担かけるな。それで泣くのはあの子だ」

 何にも傷つかない。すべてを飲み込んで受け入れる、のっぺらぼうの梓。

 梓の持つぺらぺらの態度に、何もかもが響かない心情に、自身の病気を嘆いていた井口は救われた。けれどまだ井口には人間としての感情が残っている。そんな風な人間でいることこそが異常だ。気持ちが悪い。みっともない――そう思える理性が残っている。

 その梓が、先日キレたのだ。

 荒井がスケッチブックに鉛筆を走らせていたのを止めて、会話に割り込んできた。

「俺もね、今の梓くんの方が好きだよ」

 スケッチブックを見せてくれた。描かれていたのは、多美の横顔。少し硬くて隙のない、けれど端正で綺麗な彼女がそこにいた。とてもよく描けていた。

「最後まで自分らしく生きたいと願うことは、人として、正しいことだよ」

「――そんなんじゃ、ないよ」

 梓の『乱心』のニュースは意外と早く回ってきた。なにせ有名人の梓のことだ。ちょっとでも派手なことが起きれば、すぐに話題になる。主治医の高橋先生から、親を交えた今後の治療方針が説明されたその場で、梓は近くにあったパイプ椅子を振り回して会議室を破壊、その時に右腕を強く打撲して、このザマとなった。あまりに梓が興奮したため話し合いは中断となり、その場ですぐに取り押さえられ、精神安定剤を打たれて、意識を奪われたまま病室へと戻ってきた。

「ただ足掻いてみただけ」

 吐き捨てられた梓の一言に、井口も荒井も言葉を失った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ