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梓がICUから出られたのはあれから三日経ってからだった。面会ができるようになるまでさらに十日。梓は痩せたというより、ひどくむくんでいた。水分調整がうまくいっていない証拠だ。元々塩分と水分の制限の著しい生活はしているが、ここまでかというくらいに、今はいろんなことを制限されている。
多美はあの日から、友達に見送られてこの病院に通っている。みんな頑張れと明るく言って、背中を押してくれる。それがどんなに辛い最期を見るためなのか知っていても、そうしてくれるのは、それが多美の望みだと信じているから。
「なんでもいいから、話、してよ」
声が聞きたい、と梓は多美に言った。努めて明るく多美は話を始める。
「なら、文化祭でメイドになった時の話でも?」
「おお……写メ、撮った?」
「撮ってない」
「多美さんは、いつでも、出し惜しみだね。……でも、ヒデキが、送ってくれたよ」
「ウソ!」
してやったり、という梓の顔がむかついた。伊東くん後で締めてやると多美はこっそり決意する。
「ここには、律儀に、来なくなったけど、メールは、時々、もらうんだ。他愛のない、こと、ばっかなんだけど、多美情報は充実してるよ。同クラは強いよねー」
「信じられない……」
「ヒデキは俺の味方なんだってさ」
ふふ、っと梓は笑った。「似合ってた。というか、あんまり、ああいうかっこ、他でしちゃだめだよ。俺みたいな男に、目をつけられて、ストーカーされたら、大変」
「絶対しないから大丈夫」
メイド服なんて日常で着る服ではない。
というより、梓がそんな風に少しでも自分が男だとか、多美を独占しようとか、そういうことを出してきたことがなかったので、少し驚いた。
「ちょっと聞きたかったんだけど、その包帯、どうしたの」
「……これの、こと?」
梓の右手からひじの近くまで覆われた、物々しい包帯が気になった。梓の腕は左腕の方が血管を取りやすく、基本点滴や注射は左腕が中心だ。その左腕はいつものとおり、生々しい点滴針が原因の青アザでまだらに染まっていたが、包帯を巻くほどではない。
「リストカットじゃないからね」
「……」
「信じてないの? 大丈夫。ちょーっと、ぶつけただけ」
「倒れたはずみで、怪我とか?」
「……まぁね」
ふらふらと右手を振った。痛くない痛くないって、と弱弱しく笑った。気がついたら井口さんと荒井さんがこちらを見ているのに気付いた。多美が視線を移すと、気まずい様子であからさまに目をそらす。
「何があったの」
「……言いたく、ないなあ……」
梓は珍しく素直に言って、困った顔をした。「情けない話だから。もう、大失敗」
「まぁ、聞かないでやってくれよー」
荒井さんが雑誌を持ったまま、梓の加勢に入ってきた。新井さんがこんな風に二人の会話に割り込むようなことは珍しかった。
「男としてはね、あんまり口にしたくないこともあるんだよー、なっ、井口くん」
無理やりふられてゲッと唸った井口さんは、強張った顔のまま、多美と梓と荒井さんを見比べて、大きなため息をついて、重い口を開いた。
「こいつがアホなだけだ」
そうばっさりと切り捨てて、勢いよくカーテンをひいて隠れてしまった。
多美としては、これは聞くなってことで諦めるしかない。
「しょうがないなぁ。本当に、気をつけてよ」
「はい、はい」
多美からのお許しが出て、梓はあからさまにほっとしていた。
「そうだ、多美にこの間見た夢の話をしよう。これがとってもいい夢だったんだ」




