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君に告ぐ  作者: ミズハラハヅミ
第二部 プラネタリウム心中
39/79

20

 久しぶりにいく病院は、いつもとそんなに変わらない道のりだったけれど、それでも多美の足取りは軽い。まず合唱コンクールで入賞した話をして、それからみんながうちに遊びにきてくれた話をしよう。今日はたくさん話題があってよかった。ついでにあけぼの堂で、梓でも食べられる七色虹色フルーツゼリーを買っていった。紅茶のストックはあったかな、と思いながら、いつものエレベータに乗り込む。

 病室に着くと、梓はベッドで眠っていた。

 硬い寝顔を見る。今日はモニターもチューブもついていなかった。けれど枕元のカレンダーが、もう4日も×で消されていないことに気づく。

 梓はよく倒れる。そして倒れたら次は何日も過ぎていたという経験が多い。カレンダーは、そんな梓が何日意識をなくしていたかを示すために、つけているものだった。布団から出ている腕は、真っ青に腫れていた。ぎりぎりまで点滴をつけていたのだろう。肘の裏だけでは足りずに、手首の方まで何度も針を刺された痕が無残にも残っていた。痛々しいけれど、仕方がないことだった。

 多美はそっと梓の手を握ってみた。両手で包み込むように、握りしめた。いつものようにつめたい手をしていた。

 自分が浮かれていたことさえも、凍りつくような冷たさだった。

 多美が笑っている時でも、梓は一人戦っている。ただ生きるためだけに生きている。それ以外はありえない。

 ベッドの端に肘をつき、梓のその手を、そっと自分の頬へ持っていく。冷ややかな感触で、そして自分の手とは違う骨ばった硬い感触を温める。

 しばらくして、そっと梓が目を開けた。

「……多美?」

「梓、もういいの?」

「ちょっと、しくった」

 最近調子が悪かったことをそう説明して、梓の視線はカレンダーへ向けられる。

「今日、何日」

「十五日」

「……そう」

 四日間の空白を梓はなんと思ったのだろう。とても聞けなかった。

「消して」

 そう頼まれたので、多美は梓の手をベッドに戻して、カレンダーに四つ×をつけた。

「多美」

「……何?」

「キスして」

――一瞬、多美と梓の視線が交錯した。一瞬のとまどい。先に視線をそらしたのは梓の方だった。

「冗談で言ったのに、マジにならないでよ」

 くっくっと無理をして笑う梓の声は、かすれていて聞き取りにくい。

「梓こそそんな冗談で笑えないこと言わないでよ」

「多美でもそんなびっくりするような顔するんだなぁって」

 いくら喜怒哀楽に弱くても、するに決まっている。

「手を」

「うん?」

「今みたいに握って。あったかいから」

「もしかして、それで起こしちゃった?」

「起きれた、だな……。また眠ったらそのまま帰ってしまってもいいから」

 それくらいのわがままなら、聞いてあげるから。梓の調子が本当に悪かったのだと実感してしまった。

「歌うたって」

「やだ」

「――本当、多美は俺には聞かせてくれないよね」

「あけぼの堂でゼリー買ってきた」

「冷蔵庫入れといて。後で母さんに言っとくから」

 賞味期限までに食べられるところまでは回復しないだろう。わかりきった事実として、梓はそう言う。

「……多美、俺、今すごく弱ってるから弱音吐くけど」

「うん」

「そばにいて」

 ストレートに、彼がそう言うのを初めて聞いた気がした。別れ際も、じゃあな、とあっさり送り出されたことしかない。忙しくない時に来てくれればそれでいいよと。多美の行動には一切関わろうとはしなかったし、拘束されたこともなかった。ただ自分は梓にとっての慰めでしかなく、多美もまた梓を見守っているだけだった。梓にできることは何もなく、そしてまたすることさえも憚われた。

「そばに、いて……」

 かすれかすれの梓の声。梓はそれを弱音だと言った。本来ならけして言わないこと。

――言いたくても、言わなかったこと。

 ずっとそれが言いたかったの? 梓はずっと多美を傍に置いておきたかったの? そんなそぶりさえ見せたことなかった彼が、とても簡単な一言で、それを告げる。

「多美?」

「わかった、……おやつだけ、冷蔵庫入れてくるから、待ってて。すぐ戻るから!」

 多美は立ち上がって、あけぼの堂の箱を持って病室を後にする。スライド式のドアが閉まったところで、多美はたまらなくなって、そのドアに思わず寄りかかる。


――あの人は今日もまだ死なない。


 観察するように見ていた、妹の恋人。梓。

 そばにいて、たったその一言。彼なりのわがまま。

 多美の体はドアを背に、ずるずると膝が砕けた。体中から湧き出るように、どっと溢れるものがあった。多美は気がついたらドアの前に座り込み、箱を抱きしめて、壊れるようにして号泣していた。気づかれるから、嗚咽を必死で飲み込む。まばたきすることもなく目を見開いたまま、ただひたすら泣くしかなかった。

 もう信じないと決めていた、神様。


――あの人は。


神様。



――今日も、まだ生きている。










明日から第三章「花の降る正午」になります。ちょうど折り返しまで来ました。ここからは場面展開の関係上、掲載量が均一ではなくなることがありますので、どうかご了承ください。

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