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梓の具合はよくなく、あの日眠ったまま、あと二日ほど目を覚ますことはなかった。多美は毎日お見舞いに行った。はらはらし通しなくらいに、梓の具合は一気に傾いていった。
多美が心あらずなまま過ごしている中で、ある日家に帰った際に、ふと気づいたことがあった。
――散らかってない。
多美は自分がくたくたで、今の今まで気づかなかったが、居間が掃除されていたようだ。少なくとも、多美が掃除をした記憶はない。
「ママ?」
「おかえり」
台所にいた母がこんな風におかえりを言ってくれることなんて、今までありえなかった。多美がどうしていいのか困っていると、早く鞄置いてらっしゃいと言われた。部屋に鞄を置いて、私服に着替えて居間に戻ると、母は鼻歌を歌いながら、あの缶入りの観葉植物に水をあげていた。
「多美、見てみて」
母がその缶を、台所から嬉しそうに持ってきた。多美が意識していない間に、缶の中ですくすくと育った緑だった。ここよと指を指されて、真っ赤な花が咲きそうな蕾をつけているのがわかった。
「これ……」
「そう、多美のお友達がうちに持ってきたものよ。けっこう簡単に育つのね。咲くのがすごく楽しみ」
あれからも大概の家事は多美がしていたが、そういえば花の水遣りをしたことは一度もなかった。おそらく母が、唯一毎日欠かさずにしていたことだったのだろう。薬を飲むついでに、コップに余った水を缶にやる。たったそれだけのことさえも、母には難しかったはずなのに。
「お水をあげていくとね、ちゃんと育つのよ」
「……」
「実加ちゃんは大変だったけど、この子は素直ね。お日様にあてたらちゃんとぴんとするし、一日お水忘れちゃうとすぐにしおれちゃうし。育ててくうちに、なんだか自分もしゃんとしてくる気がしたわ。自分がしっかりしないと、この子が枯れちゃうんだもの」
多美はそんな母に泣きたくなった。
どれだけ水を与えても、どれだけ肥料を用意しても咲けなかった子供を育てていた母は、他のものを育てることで自分を取り戻してきているのだ。実加と違って、この植物はちゃんと成長する。花を咲かせ、実をつける。母が長くやってきたことを、植物は間違いがなかったと言ってくれている。
多美の胸からこみ上げてくるものがあった。缶の中の小さな蕾が嬉しかった。私たちは大丈夫、そう言ってくれているように見えた。
「花が咲いたら、今度は駅前のお花屋さんで、もっと大きな鉢植えでも買ってみようかなって」
「……そっか。ママが育てるならきっとそれも花が咲きまくっちゃうよ」
二人で缶の中の小さなつぼみを覗き込んだ。
「どんな花が咲くんだろうね?」
「咲いたら教えてあげるから、楽しみにしててね」
どんな深い悲しみでも、同じ気持ちは永遠に続かない。時間が少しずつすべてを進ませて変わっていく。
変わっていくのだ。多美も、家族も――そして、きっと梓も。




