そして日本を脱出、中国へ
……その頃、「キラー」の日本支部にて。
「対空レーダーの反応、北西方向に向かっています! 物凄いスピード……このままだと、数時間で日本の領海から出ます!」
「とはいえ、地対空ミサイルはもう使い切った。……仕方ない。今回は見逃すとしよう。これ以上市街地への被害を増やせば、色々と面倒なことになるしな」
室長である男は、部下の報告にそんな決断を下した。……後半、市民への被害を気遣う素振りを見せたが、それはただの保身だ。民衆の不満をぶつけられては、「キラー」が活動しづらくなる。まあ、ミサイルの被害は全て魔族―――この場合、夜朗たちの仕業にされるのだが。
「被害状況は?」
「今のところですが……現場に駆けつけた隊員のうち、半数以上が軽傷の模様です!」
それを示すように、最初に報告された被害状況は、ミサイルによる損害ではなく、人員の負傷具合であった。その報告に、室長は疑問を持った。
「軽傷……? 重傷者や死者はいないのか?」
「はい、今のところは報告されていません!」
「そうか……では、市街地への被害は?」
「ミサイルによる住宅・住民への被害が多数! ですが、魔族によるものと思しき被害の情報はまだです!」
「……」
被害状況を聞いて、室長は不審に思った。彼ら「キラー」にとって、魔族とは滅ぼすべき対象であり、忌むべき存在だ。そこにいるだけで害悪となり、人々に災厄を齎す。それが、彼のみならず、「キラー」全体の共通認識であった。―――だが、今回はどうだろうか? 今回現れたと思われる魔族は、「キラー」の隊員を負傷させたが、それは全て軽傷止まり。対して「キラー」側は、ミサイルによって市民に大きな被害を与えた。無論、ミサイルは魔族が現れたから使ったのであって、彼らが来なければ被害はなかった。それに、被害状況はまだ速報段階だ。魔族による被害が本当に軽微なのか、それはまだ何とも言えない。
「……いかん。何を考えているんだ」
だが、室長は心の奥底で思っていた。―――本当に人々を苦しめているのは、魔族ではなく自分たちなのではないか、と。
「そうだ、そんなことを考えては……」
だがその思考は、厳重に鍵を掛けられ、意識の水底に沈められてしまった。これで、暫く出てくることもないのだろう。
……さて、その夜朗たちは。
「ふぅ……どうにか逃げられたな」
「そうね。殆ど愛美と私のお陰だけど。あんたは何もしなかったわよね?」
「……おい。俺が「キラー」たちを惹きつけたのは、忘れたのか?」
「え? そんなことしなくても、私たちに「キラー」の銃なんて効かないし。あんたが勝手に自衛してただけでしょ?」
「こいつ……殺すぞ?」
「あら、面白い冗談ね。あんたの生殺与奪を握ってるのが私だってこと、忘れてない?」
「ちょ、お、おい……! 洒落になってないぞ……!」
「だって、本気だし。えいっ☆」
「うぉぉぉーーーい……! おおお落ちる落ちる……!」
「……お兄さん、お姉さん、何やってるの?」
日本上空にて。愛美が合流して逃亡体勢に入った三人だったが、夜朗と蝶香は相変わらずだった。蝶香に抱きついた夜朗が突き落とされそうになり、彼はそれを必死に堪えている。そんな夜朗に、蝶香は容赦なく肘打ちを繰り出している。どちらも、知り合って日が浅い愛美には、到底理解できない光景であった。……この二人はこれくらいで丁度いいスキンシップになるのだが、そんなことは愛美の知る由もない。
「いいのよ、愛美。こいつはこれくらいしないと、絶対に反省しないんだから。一度調子に乗ると後が大変だし、これがこいつのためなのよ?」
「そ、そうなんだ……」
「納得するなって―――いででっ……! ちょ、それはやめ、止めて止めてくれ止めてくださいお願いします蝶香お姉様ぁーーー!」
「そう、分かればいいのよ」
さすがに、蝶香の力を借りて飛んでいる最中では分が悪かったらしい。夜朗はあっさり敗北を認め、どうにか許して貰ったのだ。
「愛美も、何かあったらこいつを扱き使いなさいね。奴隷のように扱っていいから」
「おいこら何勝手に―――」
「やっぱり死にたいの? 今すぐ死んどく?」
「何なりとお申し付けくださいませ、お嬢様」
「……」
蝶香に脅され、忠実な下僕となるしかない夜朗。そんな彼に、愛美は哀れみすら感じていた。
「それはそうと。愛美、まだ飛べる? これから大分掛かるわよ?」
「どこまで行くの?」
「ん? 中国よ。中華大国。知ってるでしょ?」
愛美への返答として蝶香が挙げたのは、お隣の国、中国―――かつての中華人民共和国だった。あそこは「キャプチャー」の勢力下で、魔族が家畜のように扱われている。そのため、魔族人口が最も多い国となっている。
「あの国には、私たちの拠点や仲間が多いのよ。人間に飼われている魔族を解放しては拠点に引き入れ……って流れを繰り返してたから、当然なんだけどね」
魔族が多い場所なら、仲間を増やすのには向いている。ただし、隠れるのに向いているかと言われれば、そうでもない。魔族たちは人間に飼われているのだから、自由にしていれば当然目立つ。……まあ、どの道魔族であることは隠すので、大して変わらないが。
「それに、中国で仲間と約束してるのよ」
「約束?」
「そっ、約束よ。「伝説の闇天使が仲間になったら、連れて行って紹介する」っていう約束がね」
「伝説の、闇天使……?」
「愛美のことよ。闇天使―――私たちの中でも、実在するかも分かっていないほどに珍しい種族として有名ね。まあ、そもそも存在自体知らない人のほうが圧倒的に多いと思うけど」
「そう、なんだ……」
そこでようやく、愛美は自分の種族について知った。珍しいタイプなのは気づいていたが、まさか伝説と呼ばれるほどとは思っていなかっただろう。
「それに、かなり強いって話よ。実際、愛美は大活躍だったしね。……そこのヘタレとは大違いで」
「……」
そこのヘタレこと夜朗は、自分が貶されているにも拘らず、無言だった。やはり、命が惜しいのだろう。……可哀想に。
「話が脱線したけど、中国まではまだあるから、辛かったら言って頂戴ね。途中で適当に休憩を挟むけど、それでもかなりの時間飛んでないといけないから」
「う、うん……分かった」
そんな会話を交わしながら。彼らは日本を出て、中国を目指すのだった。……その途中、休憩のために夜朗が色々させられたのは、あまり言わないほうが彼のためだろうか。