作中に登場する国名や都市名は全て架空のものです
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……日本の領海を超え。夜朗、蝶香、愛美の三人は、お隣中国にやって来た。「ノア・ディザスター」以後、中華人民共和国が解体され、中華大国となったが、日本人からは相変わらず中国と呼ばれている。ここでは国民の半数近くが魔族と化したのだが、新たに作られた中華大国では、彼らを奴隷とする法案が可決。「キャプチャー」の前身となった。魔族を人間から外し、また彼らの力を生産活動に利用することで、中国は人口と資源の問題を解決した。故に、日本とは領土を巡って争う原因がなくなったのだが……日本が「キラー」についたせいで、寧ろ以前より険悪になってしまったのは何かの皮肉だろうか。
「……ふぅ。ようやく着いたわね」
蝶香たちがやって来たのは、中国の沿岸部。海岸線は水棲魔族の警備部隊が目を光らせているが、空のほうはザルだった。何せ、科学力が進んだ「キラー」でさえ、軍事用航空機はあまり保有していない。ミサイルだって射程が短いし、軍艦から放とうにも大分近づかなければならない。となれば、最初から水上警備だけしていればいいことになる。……今回のように、魔族が空から侵入することは想定していないのだ。警備も雑になるだろう。
「……ねえ、お姉さん」
「何かしら? 後、私のことは蝶香でいいから」
「お兄さんのこと、放っておいていいの?」
愛美の視線の先には、ボロ布のような死体―――ではなく、力尽き果てた夜朗の姿が。彼はここまで、蝶香たちに体を酷使されて、既に死に掛けているのだ。具体的には、長時間飛行で疲れた蝶香たちのために人間いかだになっていたのだ。愛美も悪いとは思いながら、慣れない長時間飛行で疲労が蓄積していたので、ついつい彼の上に乗っかってしまった。……女の子に乗られても、全然嬉しくないシチュエーションだなんて、色々と不憫だな。
「あいつのことは夜朗でいいわよ。それに、あれくらいで死ぬような鍛え方してないから、大丈夫よ」
「だ、大丈夫じゃねぇよ……」
蝶香の言葉に、夜朗は往生している老体のような声で突っ込んだ。……まあ、海の上に浮かべられ、その状態で体重を預けられれば、普通に溺れるからな。それで生きてるだけでも凄いほうだろう。
「ね? 案外平気でしょ?」
「平気じゃねぇし、例え平気でもこんなことするなっての……」
ようやく少し回復してきた夜朗は、割と積極的に反論するようになってきた。……先程の「キラー」戦でもそうだが、常人離れした体だな。本当に人間なのか?
「あ、そういえば愛美、英語は喋れる?」
「うん……学校でそれなりにやったから」
蝶香の問いに、愛美はさも当然という風に答えた。……この時代、日本は旧アメリカと同じく「キラー」に所属している。それが原因なのか、日本では以前よりも英語教育に力が入っていた。小学校低学年でも、日常生活に支障がない程度の英語は話せるようになる。さすがに英語が公用語になることはないが、ネイティブスピーカーが日本に住みつくようになったこともあり、最近の小学生には海外でも通用する英語力が身についているのだった。
「そう、なら安心ね。今から会うのは日本語できる子たちだけど、殆どの魔族は英語がメインだから、英語が出来ないと困るわよ。魔族でなくても、日本の外では大抵英語だし。……そこで伸びてるボロ雑巾みたいに、苦労したくないでしょ?」
「失礼な……俺だって今は、普通に話せるっての」
「昔は全然だったじゃない」
「うぐっ……」
蝶香によると、夜朗にも言語の壁に打ちのめされた経験があるらしい。……まあうん、想像通りだな。
「とりあえず、あの子達に連絡を取らないと……それまで、ここで過ごすわよ」
蝶香はそう言うと、小屋の扉を開けた。……彼らがいるのは、港町にある掘っ立て小屋。見るからに使われていないそこを、仮の宿としたのだ。
「了解」
「うん」
蝶香の意見に、夜朗と愛美は賛成の意を示した。六畳もない狭い空間で、衛生環境も良いとはいえないが、三人で寝泊りするだけなら然程支障はないだろう。
「じゃあ、愛美、ちょっといらっしゃい。今から食料の調達に行くから」
「うん、分かった」
「夜朗はお留守番ね」
「ああ……つーか、暫く休みたい」
そんなわけで、蝶香は愛美を連れて小屋を出て行った。……夜朗を置いていったのは、彼を休ませるためなのか。それとも面倒だからなのか。
「愛美、どう? 初めての外国は」
「うん……なんていうか、凄い」
蝶香と愛美がやって来たのは、近くにある市場。既に日が昇りつつあるためピークは過ぎているが、それでもまだまだ活気があった。今の時間は主に、近くに住む人々のために商いをしているのだろう。鮮魚はあまりないが、魚の加工品を販売している。
「まあ、日本でもこれくらいの市場ならたまにあるけどね。それでも、日本語以外がこんなに飛び交ってる光景っていうのも新鮮でしょ?」
「うん」
市場の中は、独特な喧騒に包まれていた。飛び交うのは英語でも、当然日本語でもなく、現地の訛りがある中国語。看板の文字は特殊な字体の漢字。顔立ちは日本人と大差ないが、彼らは確かに違う国の人間で、ここが外国なのだと実感させられた。
「ちゃんとここの通貨も用意してあるから、欲しい物があったら言って頂戴」
「うん」
魚の干物や煮魚のようなもの、混ぜご飯に練り物など、様々な料理が並んでいる。それはどれも、愛美が初めて見るものばかりだった。同じ海辺の出身であっても、国境を越えれば料理も変わる。物珍しい料理に、愛美はあれこれと目移りしていた。
「……あれ?」
「ん? どうしたの? ……ああ、あれね」
そんな中、愛美は妙なものを見つけた。……店と店の間、裏路地の部分。そこに、二人の男女がいた。中年の男と、蝶香くらいの少女だ。その少女には、脚が存在しなかった。その代わり、下半身には魚のような尾びれと鱗があった。童話の中に出てくるような人魚―――マーメイドだ。
「―――っ!」
「……っ!」
男は怒鳴り声を上げると、少女の体に蹴りを入れる。蹴られた少女は壁に激突し、力なく蹲る。……酷い暴力だな。
「蝶香お姉さん、あれ―――」
「駄目よ、愛美。気持ちは分かるけど、私たちが出て行っても無駄よ」
「でも―――」
「落ち着いて」
それでもなお蹴りを食らっている少女に、愛美は彼女を助けようとする。が、蝶香がそれを止めさせた。
「今、あの子を助けるのは難しくないわ。けど、この国の魔族は繁殖施設で「生産」されてるの。今あの子を助けたところで、代わりの子が買われてきて、それでおしまい。それよりも、元を絶たないと駄目なの。―――お願い、分かって」
「……」
蝶香に諭されて、愛美は渋々引き下がる。……これも、この国に潜む闇の部分。魔族の未来はまだまだ暗いな。




