第一話 兆:夢は、明日の記憶だった
「夢が現実になったことがある」と感じたことはありませんか。
偶然だと思っていた出来事が、もし何度も続いたとしたら──。
日常の中に少しずつ忍び込む違和感を描いた、静かなミステリーです。
どうぞお楽しみください。
夢占いの本は、もう七冊目だった。
尾上康介の部屋の本棚には、占いというより研究書のような顔つきの本が並んでいた。夢に出てくる蛇の意味。階段を降りる夢の解釈。歯が抜ける夢の心理学的背景。康介はそのどれも、信じているというより、調べることそのものが好きだった。答えより、答えを探す過程の方が長く続く。そういう趣味だった。
火曜の夜に見た夢は、特に記録するほどのものでもなかった。駅の改札で定期券が読み込まれず、後ろの人に舌打ちされる夢。よくある夢だった。誰でも見る夢だった。
水曜の朝、康介は改札で定期券を二度かざした。一度目は弾かれた。二度目で通った。後ろで誰かが小さく舌を打った。
それだけのことだった。気づくまでに、半日かかった。
気づいたのは、会社の帰りだった。コンビニでスクラッチくじを買った。夢の中で、千円が当たっていた。実際にも、千円が当たった。
康介は当たり券をレジに出しながら、自分の手が少し震えていることに気づいた。
帰り道、河原沿いを歩いた。土手の途中、誰かが置いたらしい木箱の上に、猫が一匹座っていた。灰と白の縞模様で、片方の前足だけ白かった。康介が近づいても、逃げなかった。
「お前、名前あるのか」
声をかけても、猫は答えなかった。ただ、こちらをまっすぐ見ていた。近くの自転車置き場の管理人らしい老人が、缶詰を片手に通りかかった。
「ハルですよ。この辺じゃ、みんなそう呼んでます」
康介は頷いた。それ以上、何も聞かなかった。
その夜、布団に入る前に、夢占いの本を閉じた。今日見た二つの夢のことを、どこにも書かなかった。書く必要がないと思った。たまたまだと思った。
たまたまが二回続いただけだと、康介は何度も自分に言い聞かせた。
言い聞かせるほど、確信は深くなっていった。
第一話をお読みいただき、ありがとうございました。
ここから少しずつ、「夢」と「現実」の奇妙な一致が増えていきます。
続きも楽しんでいただけたら嬉しいです。




