記録92:エリア51
兵器解説 ユーロドローンMk.5
横幅25m、縦幅12m、双発のエンジンを機体後部に搭載しプロペラで推進力を得て飛行する。
初代やMk2から4よりも更にステルス性の向上及び諸性能が向上した。
しかし機体の大幅な縮小のせいで搭載できる爆弾の量が減少している。
朝日に照らされるエリア51の周辺行きの観光バスの中、俺は窓の外にあるフェンス越しに今尚隔離されているエリア51を睨んでいた。
手元のトランクケースの中には偽造身分証、武器防具、通信機器が入っている。
今日、いままで合衆国で行われたことのないような激しい戦闘が起こる、そう直感していた。
五年前、先生が護衛にあたっていた部隊とともに急に行方不明になった時、俺達はヨーロッパで残留部隊として留守番をしていた。
合衆国に視察に行った時に行方不明になり、携帯していた発信機の信号の履歴もなくなっていた。
きっと合衆国が絡んでいるに違いないと残留部隊で調査を始めたのがきっかけだ。
それから、合衆国が何やら企んでいるとの情報を得て、CIAやFBI、上院や下院、大統領府にもスパイを忍ばせた結果、合衆国とはまた別の大きな組織が絡んでいることが分かった。
その組織が『カリスの方舟』だ。
そして俺達は方舟について研究していた考古学者を世界中から集め、EVの内部に方舟の専門機関を立ち上げた。
当初、合衆国以外慌てているものはいなかったが、度々異常な規模の襲撃を受けるので、EVの内部でも正式に方舟の調査権限が与えられ、潤沢な資金を得ることに成功した。
そして当時重傷を負っていた俺を、全資金を注ぎ込んでサイボーグしたのだ。
「絶対に...殺す」
独り言を呟いた瞬間、遠くのほうで、小さな閃光が見えた。
嫌な予感がして窓を開けて空を見て、目に組み込まれている動体検知装置を使うと、一発の砲弾がこのバスめがけて飛んできている。
「クソが!」
トランクケースでバスの窓を叩き割って外に飛び出た。
地面に衝突し、ゴロゴロと転がった後、急いでバスの方を見た。
砲弾がバスに命中して炸裂し、何度もゴロゴロと転がって爆発した。
破片をトランクケースで破片を受け止めて、すぐにトランクケースを開けて、中から武器を取り出してその場で装備した。
気休め程度の防弾チョッキと通信機と四眼式ナイトビジョンつきヘルメットを被り、専用のゴーグルを付けて装置の電源を入れた。
「こちらアレクサンダー少し目標地点と離れているが侵入を開始する」
『―――こちら方舟対策本部。よくやったアレクサンダー、今すぐにユーロドローンMk.5による支援を開始する』
「感謝する。敵の位置は手筈通りか?」
『ああ、同じだ。そこからなら電波塔が見えるだろう。そこの地下だ。つまり、こちらで支援できるのはそこまでだ』
「それで問題ない。それで......いや、なんでもない。復讐を開始する」
通信を切って、鉄条網付きの鉄柵に囲まれたエリア51に侵入した。
空を見てみるとEVのユーロドローンMk.5が飛んでおり、一発の小型ミサイルが先程発射された迫撃砲に命中し、爆発した。恐らく迫撃砲は沈黙しただろう。
北東に電波塔が見えた。
そちらに向きを変えて歩き出した。
だが、遠い......あと一キロくらいまで来たが、かなり疲れてしまった。だが、これは復讐だ。こんな所でへこたれている場合ではない。
◆
「ここが...」
電波塔の真下までやって来た。周囲には誰もない住宅街が立ち並んでいる。
不気味でしか無い。一応周囲に生体反応がないことは確認済みだ。
そして、電波塔の真下に、小型のハッチを見つけた。
「こちらアレクサンダー。突入する」
『了解した。健闘を祈る』
ハッチを掴んで、思い切って開けてみた。
土だ。地下がなさそうなほど分厚い。
地下がないのか?いや、そんなはずはない。確実にこの下にいるとの情報だったが。
「こちらアレクサンダー。地下への道がない」
『...』
「おい。地下がないんだ」
『......ねえ』
―――イッツ・ショータイム、でしょ?
銃を後ろに向けて思い切り振った。プラスチックのような物にあたった。
それはそのまま飛んでいき、住宅の壁を貫いて倒れ込んだ。
すぐさま20mm砲を二発叩き込んで、そこから7.62mmの弾幕を一マガジン分叩き込んだ。
次弾を装填している間に『それ』は立ち上がった。
穴凹になったマネキンだった。
しかし、バキバキと変な音を立てて、右足を軸にクルッと一回転した。
すると穴は埋まっていて次の瞬間には西洋人形の服すら着ていた。その瞬間を、俺は一切捉えられなかった。
いや、もともと何もなかったかのように振る舞っているのかと思っていると『それ』が―――
...いや、『ビナー』が甲高い女の声で言った。
「イキナリ20mmはひどいんじゃな〜い?もうちょっとロマンを求めようよ〜」
「ふん、馬鹿にするな。俺はお前を、ビナーを殺しに来た」
「アハハハッ、それ、面白いジョークだね〜」
それじゃ、と言ってビナーは僕に向かってスカートの端を持ち上げて頭を下げた。
「アテシはカリスの方舟、第Ⅲエージェント、ビナー。私を狩りに来た救世主さん。さようなら」
―――イッツ・ショータイム
すぐさま銃を構え直して20mm砲を叩き込んだ。
しかしその弾丸はビナーに躱され、後ろの住宅を貫通した。
「アハハハッ!当たらないよ〜だ」
ケタケタと笑う声が耳障りだ。
銃を構え、アサルトライフル引き金の方に指をかけた時、ビナーが苦悶の表情を浮かべて言った。
「それしか芸がないんだね〜。くだらない。君の先生とは大違いだ」
その瞬間、俺の銃が弾け飛んだ。
それと同時に防弾チョッキに何かがめり込む感触がして身を捩った。
防弾チョッキが一撃で弾け飛んだ。
「あ〜良いよ〜。その顔、その息遣い!君の先生はこれで死んじゃったんだけどね〜」
腰のロングソードを引き抜いてビナーに相対した。
「なるほど!剣士様ね!良いわカッコいい。君の先生はナイフで飛び込んできたんだけど―――」
「戦いに集中したほうが良いんじゃないか?」
「ん?戦い?これが〜?」
「チッ...」
ロングソードしか残っている武器がないが、まあ仕方ない。何を使っても、こいつは一筋縄では倒せない。
なら、まずは―――
「情報収集からだよね〜」
心を読んでいるのか?
「いいや?アテシには心を読む力なんて無いよ。ただ、君の息遣い、表情、心拍、その全てが、物語っているんだよ。どう?面白いよね〜」
そう言って両手を合わせてニコっと笑うビナーを睨んだ。
何かが飛んできた。空間が若干歪んでいる。
躱して剣の鞘で打ち返そうとしてみた。
鞘がひしゃげて、粉々になった。
「俺もなんとなく分かったよ。お前、無で攻撃してんだろ?そして肉体回復は無限だ」
「...さっすが〜!すご〜い!すご〜い!!この四千年で面と向かって言われたのは初めてだよ〜!」
それじゃあ、と言ってビナーは大量の無を飛ばしてきた。
小さな無を発生させると、そこに存在する現実が無を埋めるように動き、空間が歪む。
そして歪められた空間はやがて耐えきれずに歪みを回復しようと歪められた方向の真逆に急速に回復する。
その瞬間、そこに存在していたあらゆる物体は破壊される。
そして存在してはいけない無はすぐに元の場所へ帰る。
つまり、これらの無には射程が存在する。それが十メートルか百メートルか百万メートルかは分からないが、収束する無は確実に存在する。
いくらエージェントといえど、四千年前から生きているとしても、世界の裏側にも存在している理を変えることはできない。
「だろ?ビナー」
俺はビナーに言った。きっと今の思考もすべて読まれている。
なら、いちいち話す必要はない。さっさと弱点を把握して、殺す。
「そろそろ、攻撃してくれてもいいんだよ〜」
そう言ってビナーは掌を合わせ、引き離した。
その間に、無が発生した。
体が引き寄せられる。
ロングソードを地面に突き立てて、耐えた。
その間も無は飛んできている。
一発でも当たれば即死、その緊張感で、剣を握る手に力が入った。
「フゥーーーッ......」
腹を決めてロングソードを引き抜いた。
体が吸い寄せられる。
しかし、恐れていない。恐れてはならない。
「行くぜ先生。見といてくれよな」
迫りくる無に、内心怯えていたかもしれない。
だが、俺には使命がある。
復讐、恨み、悲しみ、後悔、そのどれでもない。
俺には、俺自身の使命だ。
ただ、漠然としたものだ。
「なあビナー。最後の大技は使わねえんだな」
「じゃ、使ってあげるよ」
ビナーが手をパチンと叩いて、無を破壊した。
その衝撃で吹き飛ばされ、俺は電波塔に全身を打ち付けた。
「グッ...!」
感覚的に、今の攻撃で左腕を粉砕骨折しているだろうが、まだ膝をつくわけにはいかない。
なんとか踏みとどまり、剣を持ってビナーの攻撃を見ていた。
たとえ俺がここでこいつを殺せずとも、このデータは共有され、次の人間が俺の屍を超えてこいつを殺す。
「最後の光」
世界が更に歪んだ。
その歪みは、俺を、ビナーさえも巻き込んだ。エリア51全体を巻き込み、そして収束した。
収束しきったのち、ゆっくりともとに戻った。
俺の目に飛び込んできたものは、ジュネーブの国連ビルだった。
◆
「ウーヴ、何...?あれ...」
エリア51を、大きなドーム状の光の膜が覆っている。
あと数十分で到着だと言うのに、一歩遅かったか。
アレックスの無事を祈りながら、私は最後の準備をした。
人対特殊ミサイル、アンチロジック弾を装填したフルカスタムM4カービン、高エネルギー放出グレネード、そしてフルフェイスヘルメット『USCCヘルメット』を被った。
エリア51を囲っている鉄柵を装甲車で破壊して通り抜け、私達は光の膜の前までやってきた。
「何ですか?これは...」
ウーヴにもこれがなにかは分かっていないようだ。
そこで、隊員の一人が持っていた普通の銃弾の入っている拳銃を光の膜に撃った。
すると拳銃弾はひしゃげて、変形し跳ね返って地面に落ちた。
鉄板にあたったときとはまた違ったような形になっている。
ウーヴがその隊員に立て続けに銃を撃たせてみても、結果は一切変わらなかった。
ただ変な形をした銃弾になってリリースされる。
だが、それらの銃弾を拾い上げみると、おかしなことに気づいた。
「これは...馬?こっちは...兎っぽいよね...で、これは猫かな」
動物の形になって出てきているのだ。それも、小さな女の子が好みそうなフリルの付いた衣装を着ている。
そして更に驚くべきことに、暫くしたら、その銃弾が動き出したのだ。馬なら馬っぽく走り出し、兎なら兎っぽく跳ねた。
「研究所に送ります。回収して下さい」
そして隊員が回収しようと触れた瞬間、銃弾は元のエネルギーを持ち、隊員の装甲に直撃し、粉々に砕け散った。
皆が慌てているなか、私は出来る限り近づいてその膜を観察してみた。
ん?若干透けているのか。奥に電波塔とボロボロの住宅街。そして...アレックスが居た。
「アレックス!」
私が叫んでも反応がない。そしてアレックスの前には恐らくビナーと思われる少女がいた。
しかし、おかしい。
二人共ピクリとも動かない。一体何をしているんだ?
膜に触れることができない私達は、成すすべもなく膜の外で待機するしかできなかった。
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『ジュネーブビル占拠事件』




