記録91:中東の英雄、アブラハム
夢の始まりは、僕達が母国のイランを追われている所から始まった。
ことの発端は二〇四〇年、第三次世界大戦だった。
合衆国の支援を受けて肥大化したイスラエル軍が暴走し、エルサレムの保護という名目で周辺地域の油田の確保に走ったのだ。
イスラエルの大統領はテロ組織を粛清すると言って軍の行使を正当化し、長らくテロなんてやっていなかった元テロ組織は、住んでいた街に爆弾を落とされる羽目になった。
大量の戦略爆撃機が飛来しているなか、僕たち家族は、昔にどこかの国が置いていったハーフトラックととAK片手に南方に逃げていた。
ホルムズ海峡を通過する一般市民を米軍は攻撃せず、中立宣言を出したサウジアラビアから紅海を通ってアフリカに逃げる。
このプランを父の所属していた組織が提唱し、中東全土の組織がそれに同調していた。
しかし、こんな案を出した所で、既にシリアとイラクが何の抵抗もできないままに踏み潰されており、戦車の群れはイラン中枢に迫っていたのだ。
◆
「ラシード!後ろから高機動車だ!迎撃しろ!」
当時十歳そこらだった僕は車に設置された重機関銃の銃座についた。防楯のお陰で僕自身は被弾しないものの、横を通り過ぎていく弾丸は、時々跳ね返って僕の足元に転がってきた。
確か、僕の使った機関中はブローニングM2で、トラックの上部に無理やり付けられていた。
そして狙いやすいようにスコープが付いていたはずだ。
イスラエルの高機動車が後方から迫ってきているが、まだ少し遠い。だが、射程圏内であることには変わりない。
引き金にそっと指をおいて息を吐いてスコープを覗いて狙いを定めた。
運転手の顔に向けて、引き金を引いた。
機関中が一発火を吹き、黄金の弾丸は中東の太陽に照らされながら回転し、音を置き去りにして運転手の頭を貫いた。
車が制御を失い、路肩に衝突したと同時に、僕は残っている人間に一人一発ずつ黄金の弾丸を撃ち込んでやった。
人の肉体が爆ぜて転がることなど、良くあったことだ。
最初にそれを見た光景は、友人が爆弾に巻き込まれて砂埃と瓦礫にまみれた姿だった気がする。
目は半開きで、口からはなにかの臓器が飛び出していた。
まつげについた砂埃を払ってやると、顔面の皮膚がただれて頭蓋骨がむき出しになった。
その時に、僕は壊れたのかもしれない。なにせ、結構仲の良い友人が、数時間前まで一緒にサッカーボールを蹴り合っていた友人が、一瞬の出来事で肉片になったのだから。
「ラシード!次が来てる!」
ハッとして我に返った。
後続は装甲車だ。このタイプは武装さえ破壊してしまえばこっちのものだ。
敵がこちらに照準を合わせて発砲するより先に、僕はハーフトラックに備え付けられていたスモークを展開し、運転をしていた父に叫んだ。
「あれ使っていい?」
「ああ、使え使え!今しか使えねえからなぁ!」
そう言って曲がり角で生きお欲ハンドルを切る父を横目に、僕は車に隠されていた、どこからか紛れ込んだパンツァーファウスト3を取り出した。
そして追ってきている装甲車の上部に設置された機関銃周辺に照準を合わせて発射した。
装甲車を壊せないと思って発射したが、案外装甲車がもろかったのか、良いところにあたったのか、装甲車は一撃で火を吹いて沈黙した。
「やるな!ラシード!」
父はそう言って街を出る道路から、一気に砂漠方面へと車を向けた。
ここまでくれば追ってもそう来ないと思っていたが、空からの攻撃は僕達を見逃さなかった。
僕達を狙っているのか、とても遠くの攻撃機がこちらに向かっているのが見えた。
対空ミサイルなんてここには装備されていない。
ここまでかと思ってブローニングM2を攻撃機に向けた時、どこからか対空ミサイルが発射され、攻撃機を撃墜した。
何があったのかと思って周囲を見渡すと、ロシア軍の最新鋭の自走対空砲やヘリコプター、中国の水陸両用戦車の混じった車列が僕達の横に現れた。
「...仲間だ!行くぞ、捕まってろ」
僕達家族と周辺住民をギチギチに載せたハーフトラックはその車列の中に入り込んだ。
そこにはいろんな組織のエンブレムや旗が掲げられており、圧巻の景色だった。
もうすぐ港に着くという所で、全員で一致団結して逃亡していたのだ。
やっと逃げられると思った時、一発の爆弾が車列の真ん中に落ちてきて、十数料の車を弾き飛ばした。
自走対空砲が動かなかったので、恐らくステルス機からの爆撃だということが分かって、誰かが拡声器を使って叫んだ。
「車から降りろ!」
わらわらと車から降りる人間で、周囲はすぐに埋め尽くされた。
ぱたんと敵の攻撃がやんだかと思えば、周囲を敵の戦車と装甲車が包囲している。
そして、暫くした後アラビア語でこう呼びかけられた。
「投降か、死か。選べ」
それでまた暫くして、僕達の中から、一人の老人が声を上げた。
「投降の後には、何がある」
それに答えた敵のアラビア語は残酷なものだった。
「死だ」
その言葉に僕達の集団はパニック状態になった。どうせ死ぬなら、と自分の頭を銃で撃ち抜こうとする人、それを止める人、泣き叫ぶ人で溢れかえった。
僕は話している人物はきっと僕達を見て楽しんでいるはずだと思い、一人静かに銃座についた。
双眼鏡を使って周囲を見渡していると、明らかに階級の高い人間が一人、高機動車の中からこちらを見ていた。
あいつだ...
機関銃を彼に向けた。
引き金に指をかけた時、僕の肩に誰かが手をそっと置いて言った。
「まだだよ。少年」
驚いて振り返ってみるとそれは先程声を上げた老人だった。伸びきったヒゲを見るに、何かの組織のトップなのだろう。
「なぜですか」
僕は老人に聞いた。
「秘策だよ。あと一分もすれば流れ星が落ちるから、見ておきなさい。撃つのは、それからだ。ほら、周りを見てご覧」
彼に促されて、僕はぐるっと周囲を見渡した。
ほとんどの機関銃の銃座に、小さくなって隠れている軍人がいる。
しかもどれも腕利きの精鋭のようだった。
「貴方が仕掛けたのですか?」
「ああ、もちろん。ほら、流れ星だ」
彼が指さした方向を見ると、ミサイルが空を駆けていた。
そして、僕達の上空で炸裂し、電磁波が僕達を敵味方関係なく包みこんだ。
デジタル化されていたイスラエル軍のありとあらゆる機器が沈黙し、イスラエル軍はほんの数秒だけ固まった。
「ほら、ラシード。撃て」
引き金を引いた。
弾丸は敵司令官を貫いた。
それと同時に他の銃座についていた屈強な軍人も一斉に機関銃を撃った。
イスラエル軍は急いで降車して手持ちのアサルトライフルで民間人を撃ち始めたが、数十秒でで退却を開始した。
それでもこちらは元いた人間の七割程度の人数になっており、そこら中で叫び声が木霊した。
だが、勝利だった。完全勝利とまでは行かないが、こちらの勝利に終わったのだ。
「あなたは一体、何者ですか?」
「アブラハム...ただのアブラハムさ。何もすごいことはない。君と同じさ」
「そうですか。では、もう出発ですか?」
「ああ、勿論。君たちは米軍の護衛の元、アフリカに逃げるんだ」
「え?」
それから、すぐに米軍が僕達のところにやってきて事情を説明した。
イスラエル軍が誤って民間人を虐殺しているため、君たちをアフリカまで送ると言って、強襲揚陸艦の一部に僕達を詰め込んだ。
僕は逸れてしまった父や家族たちをアブラハムといっしょに探していたが、中々見つからなかった。
だが、見つかった。
死体となって。
「また...僕一人に」
そう呟いて、膝から崩れ落ちた。
久々に涙を流した。
「...ド...ラシード...泣くんじゃない」
まだ息のあった父の血まみれの手を、僕は握った。
血が僕の袖の中に入り、そして肘のあたりで血痕ができた。
「アブラハム師...なるほど...この子は...」
アブラハムは僕の肩に右手を、そしてもう片方の手を父の手の上において落ち着いた様子で言った。
「君の世話になった。だから、これが私の君に出来る唯一の手向けだ」
「頼みますよ...」
父はその言葉を最後に、遠いところへと旅立ってしまった。
アブラハムは近くに落ちていた誰かの布切れを、父の上に被せて、簡単に穴をほって埋葬した。
「さ、行こうか。ラシード」
「...うん」
僕はアブラハムに連れられて、米軍の強襲揚陸艦の中に入っていった。
最後に僕達のいた砂漠を振り返り、父と家族、僕のいた祖国に一礼した。
それから甲板に上がっても良いと言われたので、アブラハムと一緒に外に出た。海風に当たりながら気持ちの整理をしていると、アブラハムが言った。
「儂は、もう死んでいることにしておくか」
「...急に、何故?」
「儂が死んだとなれば、きっとイスラエルも落ち着くだろうからね」
本当に誰なんだこの人、と思っていると、彼は僕に向き直って急に自己紹介をした。
「儂はアブラハム、イスラム教組織『アル・ハラータ』の頂点にして原点。これより、儂はファールキーと名乗る!」
「......ふふっ、急に何ですか?」
「今、笑ったろ。そういうことだ」
「......ありがとうございます」
それから、僕とアブ...ファールキーは甲板に置かれていたF-35や空中給油機を観察し、皆が待っている船内のドッグに戻った。
道中、強襲揚陸艦に乗っていた陸軍軍人と出会った。
彼はロフハーバー・クレインと名乗り、現在米軍の最強部隊を作り上げているといった。
彼は僕と目が合うなり、僕の手を握って言った。
「君、いい目をしているねぇ。どうだい?僕のもとで働かないかい?」
咄嗟にファールキーが止めて、これは我が共同体の大事な参謀だと言った。
急に参謀の地位を与えられて驚愕したが、いかにも男色、特に少年を好みそうなロフハーバーの下に着くのも嫌なので、僕は仕方なくファールキーに同調して頷いた。
「それは残念、ではラシード君」
そう言って、彼は僕に拳銃を向けた。
ファールキーが止めに入ろうとしたが、それよりも先に僕が動いて拳銃を奪い取った。
そして銃口を彼に突きつけた。
「ははっ、流石テロリストの子どもだねぇ。危険なタイプの目をしているから摘んでおこうと思ったのだが...まあいい。いずれ大器になるなら、それまで待つのも、また一興」
ロフハーバーは高らかに笑いながら去ってしまった。
ファールキーとその背中を見送ったあと、彼は僕の方を向いてにっこり笑って言った。
「心の整理がついたか?」
「ええ...つきましたよ」
「仲間に恵まれたんだな」
「ええ、本当に」
「精進するんだよ」
「了解。では―――」
行ってきます。
僕はファールキーから離れて、夢の世界から出た。
◆
「ん...ああ、起きれた...」
「悪夢は...見ていないようですね」
「うん、おかげさまで」
フロントガラスからはもう太陽の光が差し込んでいる。
ぬくもりを感じる左手を見てみると、アナスタシアが片手運転で僕の手を握っていた。
「まさか、本当に効くなんてね...」
「私も子供の頃...いえ、何でも......子供じゃありませんしね」
「まだ十五だよ」
「えぇっ!?」
驚いたアナスタシアがハンドルから手をすべらせて、危うく荒野に飛び出してしまいそうになったが、寸前の所でハンドルを掴んでもとの車線に戻った。
「本当ですか?」
「勿論さ。でも、まだ十五の男の子がアル・ハラータの政治をしてるなんて思わないだろうから、その反応は当然っちゃ当然だね。明日香は多分気づいてるから...二人目だね」
「そうですか...見た目からはあまり分からないものですね」
僕は窓の外に目をやった。そろそろ太陽が完全に出る頃合いだろう。
後ろで眠っている中峰と杏子はそのままにしておこうと二人で話していると、前方で何やら物々しい車列が蠢いているのが見えた。
一番うしろの車は輸送車で、そこにはCode:Clawsのペイントがなされていた。
「よりによってここで出くわしますか...」
アナスタシアがため息をついて猫背になり、一度大きな伸びをした。
それと同時に、中峰が持っていたなにかの電子機器がピーピーと連続で音を発した。
中身値は飛び起きて、寝ぼけたままその機器の音を切り、目を擦って前方の車列を見て目を丸くして言った。
「あそこに......たぶん明日香さんいるわよ」
「は?」
僕もアナスタシアも、それが寝言だと思いたかった。
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『エリア51』




