記録90:実験場
兵器解説 桜花・改
正式名称、人力誘導ミサイル 桜花。
全長十二メートル、直径一・五メートルの細長いスペースシャトルのような形をしているが、ロケット燃料の前方に、小型の空室と操縦席及びコンピュータがあり、ミサイル正面のカメラから得られた情報を元に、空室に入った人間が操縦桿及び飛行誘導システムと連携を取りながら目標まで飛んでいく。
持ち味は、人力が故に今や全世界の要塞や都市に設置されているEMPシステムの干渉を一切受けず、コンピューターには再現できなかったほどの超低空飛行を実現している。
中に搭載している人間は勿論のことながら死亡するが、国家近衛隊の■■■■■計画で、クローン人間に記憶を前の操縦手から植え付けていることにより、操縦の腕が上りながらも、どんどん次の人員を確保することが可能になっている。
武漢の包囲が着々と進む中、私はまたも最前線の基地に足を運んでいた。
今回来たのは桜花・改を発射した空軍基地だ。ここの司令官は第一降下猟兵大隊の隊長、鬼島吉塚だ。彼はかなりの人格者だと聞いており、捕まえた捕虜は丁重に扱い収容所に入れているようだ。
とりあえず、一旦話をするため、私は鬼島のいる司令室にお邪魔した。
「鬼島大佐、お疲れ様です。どうですか?前線の様子は」
司令官用の椅子に深く腰掛けて地図を凝視している鬼島は、私に気づく気配もなく、ただ地図を見てため息をついていた。
私がわざと靴をコツコツと鳴らして近づいても一切気づく気配がない。
彼がまじまじと見ている地図を、私も覗き込んだ。どうやら武漢包囲戦の包囲網を見てなにか悩んでいるようだ。
「戦局は、どうですか!」
大きな声を出した。
鬼島が驚いてこちらを見て、すぐに頭を下げて謝罪した。
「すまない、熱中していたもので」
「いえいえ、急に押しかけているのは私の方ですからお気になさらず。それで、これは一体何ですか?武漢の包囲網は完成しているのでしょう?」
「ああ、完成している。だが、武漢に備蓄されていた食料が多すぎて、兵糧攻めをしようにも時間がかかりすぎる。そんで、攻めようとしても、犠牲が多く出る」
確かに、武漢ほどの広さを持つ都市を包囲しているのだ。一気に攻めれば地形を熟知している相手のほうが有利だろう。
いっそのこと武漢を包囲するように壁を作って、そこに空気よりも重いガスが発生する科学爆弾である夢幻を打ち込んでやれば、重慶のときと同じく完封勝利が可能だが...残念ながらここの指揮官は鬼島だ。
きっとそんなことはしないだろう。
「なあ、天菊さん。この武漢を高さ二メートル程度の壁で囲ったら、どれくらいの時間がかかる?」
彼の言葉に、私は耳を疑った。
夢幻が残り十数発あることは、恐らく鬼島も知っているはずだ。だが、彼が本当に使うと思えない。
なら―――
「陽動作戦ですか?」
「流石、近衛隊一の軍師サマだな」
鬼島の冗談を簡単に流して、私は少しだけ考えた。
大陸に持ってきた近衛隊の工兵と、現地の民間の大工まで徴用すれば、きっと三週間やそこらで完成するだろう。
だが、これはあくまで陽動作戦。彼がこれまでの戦闘で得てきた捕虜数万人を使えば、きっと二週間で完成まで持ち込めるだろう。
「捕虜を動員すれば最速で二週間といったところです」
「なら、三週間を目処に作ってくれ。最初の一週間はゆっくり建設するんだ」
「ほう、何故?」
私が聞くと、鬼島は武漢の南方に建設された要塞を指さして言った。
「ここには、特戦群と国家近衛隊の情報部の戦闘部隊、諜報戦闘隊を配備している。それで、壁の位置はこの前線の塹壕の少し手前......だから、何が言いたいかっていうと―――」
「灯台下暗しの状況を作り出すのですね」
「そうだ。この一箇所だけじゃなくて、全方位に壁が建設されるとなれば、この一点の警戒を強めることはできない。そして、もっと警戒を緩めさせるために、壁の位置を一部塹壕の奥側、つまり武漢寄りに配置する。そうすれば必ずそこは警戒しなければならない。精鋭部隊はそこに割かれるだろう」
「なるほど、それで、潜入した後はどうするのですか?」
鬼島は私の顔をちらっと見て吐き捨てるように言った。
「これ以上は言えないな。こんだけ作戦を教えたんだ。うまくやってくれよな」
「了解です。では、準備をしてきますので」
私が司令室を出ると、そこにはこの前春日の護衛に当たらせていた谷川がいた。
「谷川、先ほど戻りました。山雁明日香の様子も見てまいりましたが、どうやら何か勘づいているようです。恐らく、合衆国のギャング、クラ・カルロスを取り込もうとしているようです」
「なるほど.........では、合衆国のエリア51にいる『彼女』に連絡を入れて下さい。『準備しておいて』と。あと、くれぐれも明日香さんを殺さないようにだけ、忠告しておいて下さい」
「了解」
谷川が走り去ってくのを見届けた後、私は司令室の廊下から、外を見た。
地域の複合施設を司令部にしただけあって、ここからなら前線の形が薄っすらと見える。
ここに壁を建設すれば、夢幻のことを知っている武漢の司令部は大慌てで壁の建設を中止させようと砲撃を開始するだろう。
そして、その轟音に紛れて特殊部隊が潜入、続いて壁の建設の加速により敵を前線に貼り付け、内部に空洞を作る。
それから武漢の最高司令官を殺害し、その痕跡を消滅させて、司令官が街の民を見捨てて北京へ逃げ帰ったと空中からビラでも撒けば、この都市は継戦能力を失うだろう。
きっとこんな作戦を頭の中で考えているのだろう。
なんとも、なんとも人格者らしい彼の作戦だ。
私には到底思いつくことのできない作戦だ。味方のある程度の犠牲は厭わず、敵勢力を助ける。
そんなもの、偽善だ。
李と対極的に、戦後には英雄として奉られるかもしれないが、そうなると私にとって都合が悪い。
まあ、それも彼の思い描く通りに、すべての作戦がうまく行けばの話である。
きっと彼はこのまま武漢にこだわって、もっと悲惨な目を見るだろう。
南京、上海、北京、少なくともここでそれぞれ五百万人以上は死ぬだろう。
もちろん夢幻で、だ。
廃棄予定の大量破壊兵器を簡単に盗めるように、近衛隊の危険物処理場を立ち上げた当初に近衛隊のセキュリティに穴を開けておいて良かった。
すべては貴方のために、明日香...いや、ナンバーゼロ。
「イッツ・ショータイム、いよいよ開演ですよ。明日香さん。見ておいて下さい」
光の灯っている前線を見ながら、私はクスクスと笑った。
◆数時間前、カリフォルニア
「これは...まったく博士め...こんなものなんて」
俺はEVの倉庫のウェポンボックスを開けて、ため息を付きながら笑った。
日本で俺が貰った複合小銃(?)とほとんど一緒の物が入っている。
ダブルバレルの20mm砲の下に、7.62mmのアサルトライフルを合体させた武器で、俺の手に馴染むように設計されている。
レーザーサイト一つ、フォアグリップの形状も、俺が博士のところでスキャンした手の形に合わせて作られている。
持った感覚は懐かしさを覚えると同時に、吸い付くような奇妙な感覚もあった。
そして一旦EVに帰還した時に博士に預けていたアフリカで買ったロングソードは、専用コーティングにより、更に硬度が増した状態で帰ってきた。
剣を腰からぶら下げ、防弾チョッキと防爆ヘルメット、及び鎮痛剤と、負傷の際、換えの体内に挿入する装甲板を身に着けた。
倉庫の近くに停めていたバイクは放棄してエリア51の近くまで行ける夜行バスに乗り込んだ。
目が覚めたらきっとそこは戦場になっていることを覚悟して、俺は眠りについた。
◆
「今日はここで休みましょう。あまりにも遠すぎます」
道中の宿に泊まることになり、私とウーヴは予約がなくても入れる宿を探し回った。
隊員総勢二十三人、私とウーヴ含め二十五人の一個小隊にも満たない部隊だが、普通の団体客としては数が多すぎた。一部隊員は車中泊を決めて、後の住人程度が余っていた宿に入って休息を取ることになった。
「隊長、もう今日はお休みを。一部隊員が警戒に当たりますので、勿論交代もしますから」
一人の隊員が機転を利かせてそう言ってくれたおかげで、夜は安全に、そしてゆっくり眠れそうだ。
輸送車に乗り込み、私はCode:Clawsの外套を寝袋にして眠ろうとした。
「そのまま寝るのですか?」
ウーヴが服を脱ぎながら聞いてきた。
あ、これ脱いでいいんだと思いながら、私は装備一式を脱いだ。パジャマは、長期間任務に当たることもあるCode:Clawsが持っていないはずもなく、その一枚を貸してもらった。
しかしどれもオーバーサイズ気味だった。ウーヴも女性ながら体がアナスタシアほどには大きい。他の隊員も小さくてアナスタシアの一回り大きい程度で、大きいものなら、二メートル程はありそうな体つきをしていた。
しぶしぶ男物のパジャマに袖を通し、外套に包まって目を閉じようとした時、ウーヴが私に話しかけてきた。
「アナスタシア...とはどんな人なのですか?その、知っているのは彼女の一面だけなので...それになにか懐かしい気がするんです」
「自分の本当の名前と関係があるのかもね」
「そこまでは分かりませんが、きっと、何か手がかりは得られるかもしれません。明日香さん、彼女からなにか聞いていませんか?昔の話とか、家族構成とか...」
そう言われて、私は記憶を巡らせた、初対面、一緒に風呂に入った時か。あの時に彼女の話を聞いた気がする。
確か、彼女の出身は、ウクライナ西部の街―――
「リヴィウ」
「......リヴィウ...そうですか。そう、だったんですね」
感慨深そうに、ウーヴが言った。どうしたのかと聞いても、彼女はただ懐かしそうに首を振るだけで何も答えなかった。
暫くしてから、ウーヴが思い出したように私に聞いてきた。
「アナスタシアさんには、姉妹がいましたか?」
「...?いや、そこまでは聞いてないね」
「そう...ですか。では、お休みなさい」
「ああ、おやすみ」
そう言って私達は眠りについた。
◆シカゴ
僕とアナスタシアは、中峰と杏子が乗る車に乗っていた。小さめのバンで揺られてルート66にさしかかっているところだ。
運転手は中峰で、助手席に杏子、後部座席に僕とアナスタシアが乗っている。
「中峰、今日はもうこの辺で休まないかい?」
僕の提案に、中峰は首を横に振った。
「ただでさえ彼らに遅れてるんだから、急いで後を追わないといけないの。きっと明日の朝には明日香には追いつけるはずよ」
「えー、僕車の中で寝たら悪夢見るんだけど...」
「知りません。夢だから良いでしょ?この際、克服しなさい」
中峰と母子のような会話を交わした後、僕は渋々眠りにつこうとした。
しかし、あの悪夢を見たくなくて、中々眠れず、結局中峰が先に眠気に襲われ、アナスタシアが中峰と運転を交代して運転を開始した。
結局杏子も後部座席に移動してもらい、僕とアナスタシアが前の座席に座っていた。
「ラシードさん。悪夢の対策、教えましょうか?」
杏子と中峰が後部座席で眠っている中、急にアナスタシアが僕に言った。
「どうするの?」
「まず、どういうタイプの悪夢ですか?過去か、お化けか、未来に起こるかもしれないことか」
「過去だね。それも第三次世界大戦時の、僕がまだ無力だった時の記憶だ。およそ七年前か六年前ってところだね」
「そうですね...それなら―――」
それから、アナスタシアから悪夢の対策を教えてもらい、本当かどうかわからないので、出来るだけ睡魔に抗っていたのだが、結局睡魔に負けて眠りについてしまった。
そして目を開けると、そこは戦場だった。
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『中東の英雄、アブラハム』




