記録88:前線崩壊。目標、南京
大量の燃料気化爆弾を積んだSB-47が飛び立つ中国沿岸部の上海近郊の空軍基地で、私は先程重慶奪取作戦を終えた李と小さな食事会を開いていた。
彼女と私はターンテーブルを挟んで向かい合って席に座っており、中央の台には様々な中華料理が並んでいる。
その中でも今回のメインディッシュは上海カニと豚の角煮だ。
もちろん、小籠包や胡麻団子など、日本でもおなじみの中華料理も並んでいる。
ちなみにこの料理を作ってくれたのは華興大聯邦を指示する上海のとある料理人だ。年老いた老人だが、腕は確かなもので、見た目からもう美味であると分かるような料理を振る舞ってくれた。
この料理人を雇った給仕隊員によると、一君万民の思想に基づいた伝統的な政治になると言ったら喜んでついてきてくれたらしい。さすが老人、保守的な考えのまま固まったか。
「さ、どうですか?重慶で民間人七百万人を葬った李さん」
面白半分で彼女にそう言ったが、彼女は暗い顔をしたまま食事に手を付けず、私の顔をちらりと見てはすぐに顔を伏せてしまった。
どこか体調でも悪いのかと思って聞くと、彼女は声を震わせながら言った。
「天菊サンは...本当にアレを...あんなものを...使いたかったのデスカ?」
「夢幻のことですね。確かに、使わなくても重慶戦は勝てましたよ」
「なら!あんな、あんなことナンテ...惨いデス...」
なにか彼女が勘違いしているなと思って重要なことを伝え忘れていないか、一通り記憶の中を漁ってみた所、一つ、重要なことを伝えそびれていた。
どうやら彼女には伝えたつもりになっていたようだ。
「李さん、私は今、世界の命運をかけた戦いをしているのです。それはとある一人の人間と、そしてそれは私の最愛の人。彼のためなら、私は何だって出来るんです。だから、手伝って下さい。彼が仲間を作るように、私にも仲間が必要です」
「し、しかし、それとこれトハ、話が別デス!七百万人を殺すのは―――」
「何言ってるんですか?総司令官はあなたですよ?爆弾の確認もせずに、外部から運び込まれた爆弾をそのまま投下させた。万が一敵の罠だったらどうしていたのですか?」
李は黙りこくって動かなくなった。目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
私がニコニコしているのがいけないのかと思って、一人でいるときのように、表情筋をあまり使わない顔をしてみた。
「ヒッ...!」
李が怯えたような声を出した。
きっと変なしゃっくりでもしてしまったのだろうと思うようにしていたが、彼女は私の顔を凝視して恐怖で怯えていた。
これでは駄目だ。
私は立ち上がり、椅子を移動させて李の隣りに座った。
「李、大丈夫ですか?」
「......」
声も出ない、か。仕方ない。せっかく長く持ちこたえたと思ったのにな...
私は胸元から短剣を取り出して李の脇腹に刺し込んだ。
血液が吹き出し、彼女は一瞬にして地面に倒れ込み、血を吐いてもがき始めた。
パンパンと手を叩くと護衛兵がやってきて李の腹部の止血をするために彼女を医務室へと運んだ。
さて、食事に戻ろうかと思ったが、私一人で食べるのは少々もったいない気がしたので、たまたま上海に用事があって来ていた春日を呼んだ。
彼はこの前も用済みとなった水谷を処分してくれたから、そのお礼も込めてという建前で呼び出すことに成功した。
わずか五分程度で彼は到着し、私の向かい側の席に座って食事を始めた。
「久しぶりですね。春日さん」
「ああ、久しぶりだ。今回は自分で処理したんだな」
「ええ、そうですね。替えは効きますから」
「そうだな」
その会話を最後に、私達は思っていたよりも美味しかった料理にのめり込み、食べきってしまった。
「美味しかったですね...喋れないくらいには」
「ああ、そうだな。こんな機会、またあれば良いが。今度は最初から呼んでくれよな」
「分かってますよ。ああ、そう言えば―――」
「こっちが本題だろ?」
バレていた。
まあいい、どちらにせよ彼はよく仕事のできる人間だ。事前にバレていようが関係ない。
「エージェントⅢの排除をお願いします」
「また危険な仕事を...それで、報酬は?三億程度か?」
「五億出しましょう」
「なら、受けよう。期限は早ければ早いほうが良いのか」
「そうですね。できるだけ迅速に終わらせて物品も回収してきて下さい」
「了解。じゃ、前払いの金を明日までに用意しておいてくれ。俺は少し眠る」
「そうですか、では、ごゆっくり」
春日は大きく伸びをして歩いて食堂をでていった。
そしてその後、私は本国にいる人間と少しだけ連絡をしてから食堂をでた。
空を見上げると、満天の星空が広がっており、それは上海の明かりが全滅したことを示していた。
そろそろ戦闘も終わって後は殲滅だけだという段階まで来たのだろう。
では、もうあの作戦も実行するタイミングだ。
作戦司令室まで一直線に戻って、無線機片手に最前線から少し離れたミサイル発射基地に命令を出した。
「敵の残存している都市の破壊をお願いします」
『了解。どのミサイルを使いますか?』
「桜花・改で。乗組員は居ますよね」
『了解、一時間後に攻撃を開始します』
そして次に最前線の兵士達に連絡を入れた。
「そろそろ敵が都市から出てきます。民間人軍人問わず射殺しなさい」
『民間人問わずですか?』
やはり中国兵だからか、少しやりにくい。私が直々に錬成した兵士なら何もかも頷いてくれるのに...でもまあ、こういう経験も悪くないか。
再び無線機に口を近づけて、命令を発した。
「これは華興大聯邦が歴史になを刻む最後のチャンスです。それに犠牲はつきものです。君たち漢民族はそうやって歴史を超えてきたのです。今度も、きっと成功させることができますから、頑張ってください」
『...了解』
無線機を定位置に戻し、地図の上に各作戦地区を担当する現地司令官を確認し、通信兵には細かな連絡を飛ばしてもらった。
さて、恐らくこれで人民解放軍は完全に勝機を失うだろう。
ここからどう出てくるか、見ものだ。
◆一方、最前線、武漢南部の山麓
「中隊長、桜花・改の発射準備が完了しました」
「よし、搭乗員もいるな」
「はい。後は発射命令のみです。搭乗員にご挨拶なされますか?」
「...ああ、そうしよう。きっと戻ってくるだろうが、彼と会えるのは最後だしな」
国家近衛隊第三師団、第二十一擲弾中隊の中隊長は、腰を上げて司令室から補佐の隊員とともに出て、桜花・改の搭乗員のもとに行った。
◇
桜花・改に乗り込もうとしていた搭乗員を中隊長が呼び止めた。
搭乗員は生気のない目で中隊長を見て、ため息をついて敬礼をした。
中隊長の言葉には一切耳を傾けず、ただ桜花・改に乗り込んでいき、ハッチを閉じた。
「最後まで、彼は変わらずだったな」
「ええ、そうですね」
補佐の隊員とそのような会話を交わした中隊長は、少し離れて特攻兵器桜花・改の発射を見届けていた。
―――ファーストタンク点火
北向きに配置された桜花のブースターから青く真っ直ぐな炎が伸びた。
そしてすぐに発射台を離れて戦闘機のようなスピードで飛んでいったかと思うと、残っていたメインタンクにも点火した。
さらに燃え盛る炎は中隊長たちのいる基地から見ればまるで流れ星のように見えていた。
◆同刻、武漢にて...
防空を担当していた部署に、サイレント同時に警報装置に組み込まれたAIの音声が鳴り響いた。
―――防空システム警報。防空システム警報。超音速飛翔体が武漢に接近中、着弾まであと一分。自動撃墜システム起動―――飛翔体の過度な低空飛行により照準不可。EMPシステム起動―――飛翔体進路変わらず直進。着弾まであと四十秒。迎撃ミサイル発射―――低高度で回避されました。飛翔体の目標確認。目標、武漢総合通信衛星システムタワー。着弾まであと十秒、迎撃ミサイル全弾発射。飛翔体からフレアの放出を確認。回避されました。
回避、不能。直ちにシステムの復旧の準備を開始して下さい。
着弾まで、五、四、三、二、一、〇。着弾を確認。通信システムの著しい損害を確認。本部との連絡の断絶を確認。
最新情報の整理。着弾寸前、他の前線都市から同様の飛翔体の報告あり。
整理完了。結論、前線崩壊の可能性。
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『追手の追手の追手の...』




