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記録77:次の拠点は敵の灯台の下で

セーフハウスに到着した後、簡単な検査だけをして、残っていた境時と博士を回収し、車をワゴン車からミニバン車に乗り換えて僕達は華興大聯邦の脱出に向けて作戦会議をしていた。


作戦としては、中国南部からベトナムへ越境し、その後ハノイ国際空港で日本に帰る組と、ヨーロッパまで帰る組に分かれる。

つまりバグとアレックスとアナスタシアは、ここでお別れとなるのだ。

彼らは一旦ヨーロッパに帰還して独自で調査をするというらしい。ならば僕達もということで日本に帰って近衛隊を内部から調査するのだ。


「寂しくなるな」


暗い声で、アレックスがそう言った。かれこれ今年のはじめから半年以上共に死線をくぐり抜けてきた仲間だったのだ。今思えばその度も一瞬だった。

何度か死にかけたこともあったが、そのたびに彼には助けられた。


「そうだね。ありがとう。またどこか出会えると思うよ」

「その時には、日本の観光くらいできると良いがな」

「ははっ、そうだね」


ちらりとバックミラーを見てみると、後部座席でアレックスの隣りにいるアナスタシアが若干膨れていた。彼女には一度殺されかけたが、それ依頼はアレックスといっしょに第一線で戦い続けて、時には僕を守ってくれた頼もしい殺し屋だ。

彼女のお陰で一切知らなかったむるの素性も知ることが出来た。


「ナターシャも、あれがとうね」

「......こちらこそ」


彼女はぶっきらぼうにそう言った。僕に彼女が苛立っていることを見透かされたのが悔しかったのだろう。


「さ、そろそろ到着よ」


中峰がブレーキを掛けて車を路肩に停止させた。この車は別の隊員が使用するということなので、中峰は年のために、絶対にバレないような位置に盗聴器を設置した。



「じゃあね、三人共、元気で」


僕は彼らにそう言って手を振った。ターミナルが違うので、ここでお別れのようだ。


「元気でな」

「お元気で」

「じゃあねぇ〜」


三人の背中を見送り、僕達は日本行きの飛行機の出発口に向かった。


『―――関西国際空港行の東亜航空五五一便にご搭乗のお客様は十九番ゲートまでお越し下さい。繰り返します―――』


「行きましょうか」

「うん」


十九番ゲートで、パスポートとチケットを見せて僕達は飛行機の中に入った。


僕とラシードの席だけが皆から少しはなれていて四、五列ほど後方の二人席だった。

窓際の席に座り小さめの荷物を椅子の下に置くと、ラシードが僕に言った。


「ねえ、日本ってどんなところなんだろうね」

「今はちょっとした半独裁国だよ。でも、観光はできると思うよ」

「なら良かった。家に帰らなくて。じゃ、僕は寝るから、到着したら起こしてね」

「はいはい」


どこからともなくアイマスクを取り出したラシードは流れるようにして入眠した。

若干の眠気がある僕はため息をついて、彼にシートベルトを装着させた。

CAさんも気を利かせて彼を寝かせたままにしていた。


機長アナウンス、救命胴衣の説明、飛行機のマナーなど、諸々の説明が終わった後、遂に離陸準備に入った。体を揺らすようなエンジン音を楽しんでいると、旅客機は一気に加速してあっという間に離陸した。


久しぶりに安心安全の空の旅ができると思ったのか、急に眠気がやってきて、ラシードを起こさないといけないことなどすっかり忘れて眠りこけてしまった。



「や、恭明。久しぶり」

「ああ、久しぶりだな、ムル。元気だったか?」


飛行機の中で眠ったんだなと思いつつ、僕はいつもどおりの白い部屋の中、椅子に腰掛けて、ムルをまっすぐ見た。

今回、彼女はなにか言いたげで、モゴモゴと口を動かしては飲み込もうとしてもう一度モゴモゴ動かすと言った動作を繰り返していた。

僕がなにか言いたいことがあるのかと聞けば、彼女は更に深刻そうな顔をしていった。


「多分、ね。私と恭明は、そろそろ消えちゃうと思うんだ」


彼女の言葉が、一瞬理解できずに、すぐにどういうことだと聞き返してしまった。

彼女は脳内を整理してから説明してくれた。


「私と恭明が、一つになるっていう感じなのかな。一つの体の中にあった二つの魂が、溶け合って一つになるっていう感じ......」


それを聞いた僕は、何ら問題ないと思い、彼女に僕は大丈夫だと伝えた。もしかしたら彼女が僕と混じってしまうのが嫌だと考えているかもしれないと思うと、少しだけ寂しくなった気がした。


「あ、私も、大丈夫だけど。恭明は、本当にそれでいいの?」

「何でさ。ムルがいなきゃ、とっくに死んでるんだ。本当ならムルに追い出されても仕方ないのに、僕が僕自身でいたいと言えるほどのクズじゃないよ」

「そう、なら良かった」


ムルが立ち上がり、フラッとよろけ、僕の上にのしかかった。

彼女を受け止める手が、やけに重く感じた。


そのまま椅子ごと後ろに倒れて、僕はムルの背中に手を回してさすった。


「死ぬってわけじゃなさそうだな。なんだか、心地良い感触だ」

「私も、なんだか、温かい。ねえ、恭明、明日香むすめだね。私達二人の」

「ん?あ、成程。確かに、娘だ。随分と年は食ってるが、まだ娘だな。見た目は世界最強の暗殺者、頭脳は近衛隊随一の探偵、こりゃ逸材だ」


冗談を言い合って笑って、僕達は仰向けになって手を繋いで天井を眺めた。

最後までこの天井かと思っていると、急にドアの向こう側から誰かに呼ばれたような気がして、立ち上がった。

いつもよりも数十倍重く感じる体を引きずって、ムルと一緒に扉を開けた。


「わぁ...綺麗」

「綺麗だ。なんだ、これ」


ピンク色の、名前もわからない花畑だ。向こうには荒廃したビル群にその花たちが咲き誇って、ある意味美しく見えている。

一番近くの小川のほとりには一本の桜が満開になって咲いていた。


「結局さ、あの合言葉使わなかったよね」

「そうだな。使うまでもなかった。だが、これから明日香にはもっとつらい思いをさせるかもしれないな」

「でも、ものすごく強いよ。多分、Code:Clawsと張り合えるくらいはね」

「今その名前はよしてくれよ。嫌な記憶が蘇るから」

「そっちが先に言いだしたのに......まあでも、恭明」

「何?」


彼女は僕の方を向いて明るい笑顔で言った。


「お疲れ様」


そして二人で桜の木の下で手を繋いだまま眠りについた。



目が覚めた。随分と温かい夢を見た。私は...ああ、私は生まれたのか。そうか。


隣にはラシードといったか、なかなか顔の整ったアラブ人の少年が眠っていた。彼にいたずらでもしてやろうかと思った時、機内アナウンスで、そろそろ着陸するとの連絡が入った。


「起きて、ラシード」


初対面なのに、呼び捨てで良いのかと思う節もあったが、急にさん付けも良くないかと思って、あえてそのままにした。

彼は大きく伸びをして私の顔を見て、おはよう、とだけ言って眠そうな目を擦った。

どうやらまだバレてはいないらしい。


飛行機が着陸して、荷物を受け取り、迅速に中峰について行って関西国際空港の近衛隊支部まで急行した。

どうやら彼女いわく、もしも天菊が誰かと対立しているなら、関西と関東で分かれているはずだと言って関西のトップに匿ってもらおうとしているのだ。


ふと、空が気になったので太陽を見た。真っ昼間の秋の日本の空を睨んで、生まれた世界に小さな声で挨拶した。


「どうも、サイボーグです」

お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!


次回『明日から明日香』

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