記録76:日華友好条約
会談が始まってからおよそ十分が経った。
天菊はまだ僕がここにいることには流石に気がつけていないようだ。
階段といっても一触即発の話し合いで、本国がこんな暴挙を許可するはずもないのでおそらく彼女の独断なのだろう。
中国北部に満州国を作り出しておいて、今度は南側の華興大聯邦を支援するつもりなのかと思ったが、ここで僕は踏みとどまった。少し気になることがあったのだ。
もしや、日本国内でも天菊の思い通りに行かないところがあるのでは?
そう思うと、彼女が頑張って米国の一部とまで仲良くして華興大聯邦を仲間に引き入れようとしているのもなんとなくわかる気がする。
政敵が満州を支援している傍ら、極秘で華興大聯邦を支援して、満州国失敗の原因を押し付けて失脚させる狙いでもあるのだろう。
それに、今は合衆国も二極化が進んでいる。
戦前の過度なナショナリズムの展開で、国民はある意味合衆国に疲弊している。
ナショナリズム派とグローバリズム派の対立は、今最も世界で戦争に近いとまで言われているのだ。ウーヴがこちら側にいるということは、軍部は少なくともこちら側に傾いている。
ということは、ナショナリズム派と天菊は組んでいる。
しかし、何故だ?天菊が、合衆国をナショナリズムの再燃から分裂に持ち込もうとしているのは何となく分かるが、ナショナリズム派がそんなにわかりやすいことを見逃すはずがない。何故だ?
考えれば考えるほど、思考は複雑に絡み合ってゆくばかりだった。
うーん、と頭を抱えていると、僕の肩をラシードがトントンと叩いた。
顔を上げてみると、彼の顔は強張っており、その理由はこの会場の入口にいた。
久保田がいた。生きていたのか。結構重傷だという情報は聞いていたが、こんなに短期間で復帰できるのか?
そう思っていると、彼は僕達に手招きをして、すぐにこちらに来るように言った。
「行こう、ラシード」
「ああ、わかった。でも、慎重に行こう」
座席の間の影に紛れて、僕達は進んだ。皆が皆会談の行く末に注目しているので、案外堂々と退出するほうが怪しまれることはなかった。
入口に到着して、久保田とアイコンタクトを交わして、僕達はすぐに会場の外に出た。
視線を感じた。まずい、バレてた。
久保田にすぐさま走るように言って、僕達は会場の外、元軍閥派本拠地の外に向かって走り出した。
ラシードがどこからともなく小型無線機を取り出して、中峰と思しき人物にすぐに近くのバス停まで迎えに来てほしいと連絡を入れた。
そして、ラシードは僕にシャムシールを渡して、護身用だと言った。
後ろから近衛隊の精鋭が数人飛び出してきたのが見えた。
今の僕達には彼らと正面切って戦う力はない。彼らがまだ会場周辺だから銃を使わないのが唯一の救いだ。
僕達は走りながら、ついに会場の外に出て、満天の星空が僕達を迎えた。
そして、精鋭部隊がドアを抜けた瞬間、短機関銃を取り出して構えた。
ラシードがすぐさま閃光手榴弾を後方に投げて炸裂させ、初弾は外させた。
続く数発は何故か久保田が持っていた拳銃が火を吹いたお陰で当たることはなかった。
物陰を利用して素早く進み、僕達は荷物を輸送していたと見られるヘッドライトがつけっぱなしのトラックを見つけ、素早く乗り込んで発車した。
追っ手も僕達が車に乗り込むと諦めたようで銃をおろして報告をしに帰還していく姿が見えた。
「セーフ...」
ラシードが大きくため息をついてシートに深く座った。
◆
「確か、ここらへんが指定場所のはずだけど―――あ、あった。アレじゃないかな?」
ラシードが指差した方向には一台の小さな車があった。ラシードが車に向かって右手を上げるとワイパーが一度振られた。ラシードは間違いないと言って車の扉を開け、中にいた中峰と合流した。
「すまん、ワイはここで一旦お別れや」
車に乗り込む直前に、久保田が吐き捨てるようにそう言った。
「一緒に行こうよ。そっちのほうが安全だって!」
僕の声は彼に届かず、彼はぷいと後ろを向いて路地裏に走り去ってしまった。
「彼にも彼なりの策略があるのよ。放っておいてあげましょ」
中峰がそう言ったので、僕は仕方なく助手席に乗り込んだ。後部座席には先にアナスタシアとアレックスが乗っていたので、ラシードは彼らの隣に座ることとなり、ひどく窮屈そうにしていた。
両方ともそれなりの体躯を持っているので、二人で二シートをきっちり使い切っている。
バックミラーを見てみると、ほとんどアレックスの膝の上に座っているようなものだった。
少し笑ってしまいそうになったが、僕は会場であったことの全てを中峰に話した。
しかし、彼女も何故天菊が合衆国のナショナリズム派と組んでいるのかはわからないと言った。
「さ、帰ろうか」
不完全燃焼気味の中峰は少しため息をついてセーフハウスに向かった。
◆
天菊の前で足を組んでいる王を見ながら、彼女は言った。
「コバエがいなくなったタイミングで話しておきましょう。私達、日本国国家近衛隊第一戦闘群は貴方達軍閥―――」
「華興大聯邦、だ。間違えないで、いただきたい」
「それは失礼。国家としての公式発表をまだ聞いていないもので。それで、本題です。我々は貴方がたに全面協力します」
「どれくらい、だろうか」
「そうですね。まず、特攻兵器『桜花・改』の技術の無償提供及び我が戦闘群の兵員を三割拠出しましょう」
「その他の兵器は?」
「直接の輸出はリスクがあるので技術提供のみとなりますが、最終決戦兵器以外は基本的に輸出します。もちろん兵器制作の設備も付属してきますよ」
「そうか......」
「なにかご不満でも?」
「いや、無いとは、言い切れないが、一つだけ。この国には、指揮官が、足りないのだ。中華人民共和国からの、爆撃で、一度大勢の、指揮官が死んだのだ」
「なら、そうですね」
彼女はくすっと笑って言った。
「私が指揮官として参戦いたしましょう。現地司令官は私の信頼する派遣兵士で固めますが、よろしいですか?」
「ああ、問題ない。それで、勝てるのなら」
「安心して下さい。『絶対に』勝てます。あなた方のすべきことは唯一つ。犠牲をいとわずに戦うことです」
彼女の笑みには、未来を見透かしたような雰囲気が混じっていた。
しばし悩んだ後、王は頷いて彼女と固い握手を交わして、その同盟の成立を決定させた。
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『次の拠点は敵の灯台の下で』




