記録57:全力疾走&逃亡ネキ
揺れる車両の中、男は僕に聞いてきた。間違った回答をすれば即座に抹殺されるだろう。
「どうして、こんな国に?ミサイルと、銃しか無いけど」
「...情報はありますよね?」
拳銃を奪われ、手錠をかけられ、武装集団に銃口を向けられながら、僕は彼に言った。
優しい笑顔をしているが、完全に作り笑顔だ。恐怖さえ感じてしまう。
しかし、怒っている感じでもないから、きっとノーマルで顔がこうなるまで戦ったか、元からこうなのだろう。
「情報か。何を、所望で?」
「日本の近衛隊ですよ。満州国とも交戦するあなた達なら、少しくらい、情報単体ではなくとも、その入手方法くらいなら知っているかと思いまして」
僕の言葉に、彼は暫く黙りこくった後、言った。
「僕に協力、してくれるなら、生かしておこう」
「ありがとうございます...と言いたいところですが、今私たちは先を急がなければならないのです。どうか、見逃しては―――」
「は?僕が止めなきゃ、君たちは、今ごろ、蜂の巣だったんただよ?少しは、分を、わきまえたらどうだい?」
あからさまに顔を曇らせる男に僕が次の一手をどうしようかと考えていると、アナスタシアが割って入って言った。
「我々はただ、情報が欲しいのです。その気になれば、私は五秒以内にここにいる全員の首を刎ねることだってできるんですよ」
「この大人数に、君たち、二人でかい?馬鹿馬鹿しい!」
「いえ、馬鹿になどしていません。それに、明日香さんは何もしません。私一人ですべて方をつけます」
彼の顔が曇った。先ほどまで見せていた笑顔はもう見えなかった。今にも車の中で射殺を命令しようとしているようだ。
すると、アナスタシアが手錠の鎖をつかんで握りつぶした。
パラパラと音を知て落ちる鎖の破片を彼らはただ呆然と眺めているだけだった。それから彼女は右腕に巻いていたカモフラージュの皮膚を引き千切って、銀色の腕を彼らに見せつけた。
「私は、ロシア暗殺代理委員会、委員長のアナスタシアです。皆さん、くれぐれも引き金に指をかけないでくださいね。あなたたちのトップの首が飛びますよ」
彼の護衛はおとなしく銃口を僕達に向けながらじっとしていた。
男は大きなため息をついて言った。
「はぁ...僕の負けだ。お前たち、銃を、下ろしなさい......さて、明日香、と言ったね。僕は王慶齊。ワン、とよく呼ばれている。もう、敬語は、必要ないから、楽にしてくれ」
ワンの部下が銃口を下げ、僕の手錠が外された。そして、僕にしかわからないように紙切れをポケットに忍ばされた。
そして、ワンは走行中の車の後部ドアを開けた。
ボロボロのアスファルトで舗装された広州の道路だ。
なんだか嫌な予感がする。
僕がワンの方を見ると、彼はにっこり笑顔で言った。
「ただで、逃したら、僕が、処刑されるから、口実づくりに、付き合うんだ」
彼の部下が銃口を僕たちに向けた。
あ、終わった......
そう思った刹那、アナスタシアが僕を引き寄せた。
そして、飛び降りた。
時速にして七十キロは出ていた。死なずとも重傷だ。
腹を決めて思い切り目を閉じると、地面に着く前に僕の体が他の誰かに抱えられた。
目を開けると、ウーヴが僕を、川から這い出てきたところのアレックスがアナスタシアを抱えて転がった。
すぐに誰の目にもつかないように路地裏に転がり込んだ。
「ありがとうウーヴ!助かったよ。アレックスも、ありがとう」
フルフェイスヘルメットを被っているウーヴは頷いて、僕に包帯を巻いてくれた。
転がった時に、少し切ってしまったようだ。大丈夫だと言って断ると、彼女は衝動液を取り出して言った。
「こんなに汚い道なんですから、何があるかわかりませんよ。特に、中国なんですから。あなたに万が一のことがあれば天菊の作戦を止めることはできません。本当なら、アメリカ本国に監き...拘りゅ...保護しておきたかったのですが」
「そ、そう」
心配してくれてるのかと思ったら、世界全体のことを考えていたのか。優秀なんだろうけど、今は僕の心配をしてほしいと思ってしまった。
一方、アレックスはアナスタシアになぜか謝っていた。アナスタシアは謝らなくていいと言っていたが、必死に謝るアレックスが気になったので、何をそんなに謝っているのかと聞いた。
「アレックスさん、私の服を汚してしまったことに謝っているんです。さっき、ウーヴが言っていましたよね。汚いから何か間あるかわからない、と。アレックスさんはきっとそのことを心配しているんだと思います」
「まったく、アレックス。あれは普通の人間の耐性での話だよ。体を改造して強化されてるナターシャは大丈夫さ」
「そ、そうなのか?」
「そうですよ。この程度でくたばることはありませんから。アレックスさんこそ、川を泳いで大丈夫なんですか?」
「あ、あぁ。問題ない。すまんな、取り乱した。もし死んだりしたらどうしようって思ったんだ」
アレックスの言葉に、アナスタシアと僕は吹き出した。まさかアレックスがまだこんなに初心な感情を持っているなんて思いもよらなかったのだ。
「や、楽しそうだね。ウーヴ、監視は撒いてきたから、安心して広州塔に向かえるけど、その必要はなさそうだね」
物陰からラシードが現れてそう言った。
数発の弾丸が体をかすったようで、所々から出血していた。
あ、これは......
ウーヴが包帯と消毒液を持ってラシードに飛びついたのだった。
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『広州塔』




