記録42:逃亡の果てに
僕達は四人でノーフォーク海軍基地の海を泳ぎ回り、少し離れた地点で浮上した。どうやらここが集合地点だったようで、眼の前にあった大きな工業用水の排水口の網の向こう側に、知らない小さな少(?)女がいて、こちらに向かって手を振っていた。
僕達はその網の近くまで近寄ると、彼女はあらかじめ壊していた網の部分から僕達を引き上げた。
「山雁君!話は後だ、今は奥に逃げるよ」
女性にそう言われて、僕は駆け出そうとした。
しかし、全身の痛みに顔を歪めていると、アレックスが僕を担いでそのまま走ってくれた。
「ありがとう、アレックス」
「どういたしまして。それで、大丈夫だったか?」
「うん、多分」
「多分ってなんやねん。パリから駆り出されたワイのことも考えてぇや」
急遽パリから駆けつけてくれたらしい久保田に、僕は簡単に礼を言った。ふと、アナスタシアに視線をやると、彼女の右腕はボロボロになっていて、内側からは導線やら回路の一部と見られるものまではみ出ていた。
「アナスタシア、大丈夫なの?」
「ええ、問題ありません...少し痛む程度です」
「それって大丈夫なの...?」
僕の独り言に、前を走る女性が答えた。
「全然大丈夫じゃない。帰ったら、アレックス君もアナスタシア君も、要点検だ。アナスタシア君に限っては、殆ど修理みたいなものになるだろうけどね」
「博士、俺は大丈夫だろ?なんたってまだ数発しか弾丸を受けてないんだからさ」
「馬鹿か君は。バイタルゾーンに弾丸が食い込んでるサイボーグを点検もせずに戦場へ送り出す技術者が居ると思うかい?」
博士と呼ばれた女性は、真っ当な答えをアレックスにした。彼は僕を抱えながらも少しうなだれた表情を見せていた。どれだけ怖いのだろうか...
そんな事を考えつつも、僕達は逃亡を続けた。
◆
暫く逃げて、一旦地上に出るために工業排水を排水口に垂れ流しにしているマンホールのふたを開けた。
敵影は確認されなかったため、全員で外に出た。本当に敵影がないことがを再度確認し、僕はようやく安心して胸をなでおろした。
僕の前に、博士が銃を持ってきてくれた。この前の長い銃は壊れていて、新しい武器を作ってもらうと中身値が何時ぞやに言っていたのを思い出した。
銃はハンドガンで見た目はM1911に似ているが、マガジンを抜くと、弾頭がタングステン製の激重専用銃弾であることが判明した。
「何なの、これ...」
「よく聞いてくれたね、山雁君。これはM2706数字は君の母国を尊重して付けたんだ。専用弾はサイボーグならあまり食らいたくはないタングステン弾頭。火薬の量も多いし、銃全体の重さも増加しているんだ。ま、両手で持てば気にならない程度の重さだろうけどね。それでこの銃の特徴は―――」
「おい、博士。明日香が困ってるぞ。自己紹介くらいすればどうだ?」
ナイスアシストだ。アレックス。
彼女は確かに、と言って一度咳払いをして僕に自己紹介をした。
「アタシはバグ。ヨーロッパ特殊兵器開発局の研究員で、皆からは博士って呼ばれてる。よろしくね、山雁君」
「私は、山雁明日香。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
彼女の差し出した手に、僕も自己紹介をして手を差し出した。二人でかなり固い握手を交わして雑談をスタートさせようとしていると、そこに久保田が割り込んできて言った。
「なあ、山ば...雁とバグ。あんたら、ここがどこか分かってんのか?」
「え?ノーフォーク基地じゃないの?」
僕がそう答えると、久保田はアホかと言って話し始めた。
「ここは米海軍のジブラルタル基地や。ノーフォーク海軍基地やったら、ここまで来とらへんし、諦めとるわ。そんで、予想外にも敵の本丸の名前が返って来たんやが、どういうことや?」
「多分だけど、私を逃さないための嘘なんだと思う。私が無理矢理にでも逃げようとすること、知ってたみたいだったし」
「ほーん。それで、それ以外に何かあんたを騙した要因はあるか?」
「何だろう...あ!そういえば副大統領が来てたんだった!」
「何やて!?副大統領が?」
僕の一言に、久保田だけではなく、アナスタシアもアレックスも、驚いていた。博士だけはよく分かっていない様子で首を傾げていた。
「彼なら、方舟についても随分詳しいはず...作戦変更ですか?」
「せやな。副大統領さえ捕まえられたら、方舟のことについての話が一気に進む。冷戦を有利に進められるかもな」
「そうだな。俺もその案に乗ろう」
「ちょっと待って...下さい。作戦変更は、ナシにしませんか?」
僕の言葉に、博士以外が怪訝な顔を見せた。
どうして作戦変更を何も知らないやつが阻止しようとするのだと言わんばかりの顔だ。
僕はそれぞれの顔を堪能してから話した。
「脱走時に使用するミサイル発射基地までバレていたんだ。こちらの動きは完全に読まれていると考えたほうが良いだろう。恐らく、どこの逃走ルートを通るかも、全て想定済みだろうし、全て計画通りだろう。米軍はそういう人たちだよ。そして、わざわざ米国副大統領をこの場所に呼んでいるのも、計画の一環だろうし、私達が彼を誘拐することも想定しているかもしれない。なら、私達は思い通りのルートで逃げるしか無いんじゃないかな?」
話し終わると、アレックスが確かに、というだけで、後の二人は腑に落ちないところがいくつかあったようだ。そこで、僕は二人の話を聞いた。
疑問点をまとめると、以下の通りだ。
・アレックスたちの乗るヘリを途中で無理矢理にでも迎撃すればよかったのではないか。
・わざわざ逃げさせなくても基地内部に留めておく方が堅実だったのではないか。
・もっと戦力を用意しておいたほうが良かったのではないか。
この三点だ。
たしかにこれは全て筋が通っている。本来なら、米軍もこの三点をきちっと対策していたはずだ。
しかし、そうしなかった。冷静に考えなければ、これら三点は普通見落とすだろう。
今だって、僕じゃなければそのままもう一度司令部に突っ込んでいただろう。つまり、米軍には何か大きな隠し事があるのだ。
これは推測の域を出ないのだが、米国にとって、あの副大統領はもう必要ない存在だとすれば、合点がいくかもしれない。
必要ないから、ちょうどいいエサを用意して前線の基地まで連れて来る。そして、今度は副大統領にエサになってもらって何かをする。それがアレックスのような方舟を調査する人間の抹殺か、はたまた第四次世界大戦を無理矢理にでも起こして、どこかの勢力を潰すか...目的はわからないが、工程は推測できるだろう。
「―――って感じさ。分かった?」
「まあ、ムズいな...」
「ええ。難しいですね。どうしてこれが一瞬で出てくるんですか?」
「ま、探偵の勘か、生まれつきの用心深さのせいだね。さ、行こうか。追ってはもう先回りしているから、どこから逃げるかだけ教えてくれない?そこを避けて通るから」
「分かったわ。まず―――」
アナスタシアが丁寧に作戦を伝えてくれた。
そして、僕は一つの結論を導き出した。
「市街地を通るよ。皆、人間としての誇りは捨てる準備はいいかい?」
僕の行っている意味がわかっているものは潜入捜査に手慣れている久保田のみだったが、時期に残りの人たちもその意味を知ることとなった。
◆
眼の前には大量に展開している米兵。そして弾薬の切れた銃。ウラジミールはミハイルに言った。
「ねぇ、ミハイル?」
「なぁに、ウラジミール」
「この状況、アナスタシアならどうするかな?」
「ええ、きっと、戦って活路を見出すでしょうね」
「そうだよね。でも、僕達ならやることは一つしか無いよね...」
「そうね。出来ること、と言ったほうが適切ね。ま、賭けだけど」
「殺されなかったら、及第点だね」
彼ら二人は銃を捨てて、米軍に投降した。幸いにも、二人は拷問を受け、投獄される程度で済んだのだった。二人が歴史に残るような脱走劇を見せるのは、また別のお話...
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『爪』




