記録41:心、こ↑こ↓にあらず
「悲しみを教えてって、一体どういう事よ?」
「我々Code:Clawsの部隊員は皆、体をほとんど機械に置き換えられています。その反動か、一部の心がないのです。データとして学ぶことのできる感情はどれも薄っぺらいもので、Code:Clawsになるまでの人間の人生で経験した強い感情のみが、機械に置き換えられる段階で作戦に不必要になる可能性があるとして消去されるのでしょう」
「...つくづくゴミみたいな組織だね。何のためにCode:Clawsになろうと思ったんだい?」
僕が椅子に腰掛け、ウーヴにそう問いかけた。彼女は暫く思い出そうと頭を捻っていたが、諦めたようで、首を横に振った。つまり、覚えていないのだ。
更に詳しく聞くと、とんでもないことがわかった。
自分がなぜ米軍に入ったかも、Code:Clawsを志願したのかも、自分の本名も、親の名前や顔すらも思い出せないのだそうだ。
思い出せない、そのことが彼女を段々苦しめていったようで、彼女は段々過呼吸気味になっていった。
自分が過呼吸になっていることに気づいた彼女は、部屋の隅にあったコンクリート造りの壁に向かって拳を突き立てた。
拳はコンクリートを破壊し、その向こう側の鉄筋すらも捻じ曲げた。
彼女が腕を抜くと、今度は周りのコンクリートが気づいたように壊れ始め、拳のあたった範囲の十倍以上の範囲が粉々になった。
幸いかどうかは分からないが、鉄筋コンクリートの向こう側は分厚い鉄板だったので、やすやすと突破されることはなかった。しかし、鉄板が凹んでいるのは事実だ。
もしや、ウーヴが本気出したら一人で巡洋艦くらいなら沈められるんじゃ...
「取り乱しました。おそらく、これは触れてはならない記憶なのでしょう。あなたも、今のことは忘れて下さい」
「いや、壁...」
「勝手に壊れたものとします」
「はい」
ウーヴは、一つ椅子を持ってきて、僕の対面に座った。ヘルメットを被り、完全にお仕事モードに切り替わっている。
「Mr.明日香。悲しみとは、なんですか?」
「急に哲学的な問だね...まあ、人によってそれぞれだっていう言い方は無責任だから、私の主観で語らせてもらうよ。まず、その一。悲しみなんて覚えないほうが良い。以上!」
「え?ちょっと待ってください。それでは私の質問に答えている事には、なっていませんよ」
「もちろん、答えられるさ。だが、よく考えてみなよ。君がゴキブリの味を知っていたとして、それを意地でも実行しようとしている人に、教えようと思うかい?」
「それは...しかし!」
「私にとって悲しみはそういうものとして捉えられるんだよ。ハッキリ言って邪魔。軍人なら、作戦遂行に最も必要ない部類の感情だ」
わざと言葉を強くして言ったが、本当は悲しみもある程度必要だろう。ただ、国家の存亡をかけた戦いに行くども放り込まれるCode:Clawsの隊員に、今そのことを教える必要はないと思ったのだ。
彼女が退役するか、死ぬ間際にでも知ったほうが良いだろう。
ウーヴは僕の言葉を聞いて、下を向いた。そして、悲しそうな声で言った。
「分かりました、では、私は一旦部屋を出ます。またお呼びしますね」
僕は、ただ頷くだけで、彼女に言葉をかけようとはしなかった。
そして、彼女が部屋から出ていって、僕は思った。
さて、逃げますか。
ろくに身体検査もしていなかったので、とりあえず通信機を出すために、まず最初にする事と言えば、嘔吐だ。トイレに駆け込み、自分の口の奥に指を突っ込んで思いっきり吐き出した。
時間経過で下からも出てくるが、それはできる限り避けたい。
「うぇっ...うおぇぇぇぇ......はぁ、はぁ...」
吐き出した特殊な袋を開けて、いくつかの部品が出てきた。
これを順序よく組み立てて...完成だ。簡易通信機。後はこれでこのボタンを押して―――
「逃亡犯は処刑されますよ」
トイレの壁の向こうから、ウーヴの声が聞こえた。おそらく何かしら察知されていたのだろう。もう少しタイミングを見計らっておけばよかった、と公開したのもつかの間、ウーヴは扉を破壊して僕の首を掴んで宙に持ち上げた。
「くっ......そっ!」
意識が飛ぶギリギリに通信機の最後のボタンを押した。それと同時に、建物内に警報が鳴り響き、防空システムのアラートが流れた。僕の通信先のハッキングされた米ミサイル基地もおそらく解析されて目を付けられていたのだろう。
『―――ミサイル警報。ミサイル警報。担当の職員は直ちに迎撃せよ。着弾まで、あと五分』
ウーヴは僕の喉元から手を離した。咳き込む僕を横目に、彼女は走って部屋を出ていった。
ミサイルが迎撃されれば、一見作戦失敗で処刑の危機だと思うだろうだが、これが作戦なのだ。
もうすぐ、協力者が...協力者が...来た!あれ、違う人だ。っていうかホログラムだ。いつの間に小型mp浮遊式プロジェクターを侵入させてたんだ?
多分男の人だろうけど、結構若く高い声をしている。素顔と体型はマントとフードで隠れているから全く見えない。
「誰だい?君はここの海軍基地の人間じゃないだろ?私を殺しにでも来たのかい?」
「いあ、違うね。僕はね、ちょっとした手品師でね、アル・ハラータ専属魔術師のアッラーフマンだ。それで、君に用があってきたんだが...もう時間もなさそうだから、手短に話すよ。ここから出たら、カイロまで来てくれ。以上」
彼が離し終わると同時に、ホログラムが消え、外からヘリコプターの音と、銃撃戦の音が聞こえた。
僕はウーヴの開けっ放しにしていた扉から出ると、僕がやってきた方向、つまり屋上方面から見たことのある人影が目に映った。
「アレックス!?どうしてここに!」
「いたぞ、アナ!おい、明日香、早く帰るぞ!」
「あ、うん!分かった」
彼から差し伸べられた手を取って、僕は彼といっしょに屋上へと駆け出した。
屋上ではウーヴとサングラスを掛けたナターシャがほぼ対等に戦っていて、僕は先にアレックスに抱きかかえられて建物から飛び降り、軍事基地内部の路地に着地した。
着地と同時に骨折部分が痛んだが、彼は一切構わず僕を逃がそうと必死に走っていた。
曲がり角を右に曲がると、海が見えた。そこには重装備で身を固めた海兵隊員が集合していて、こちらを視認するなり発砲を開始した。アレックスが機転を利かせて僕を背中側に逃がしてくれた。
僕が近くの木箱の裏に隠れたのを確認したアレックスも、僕と同じ木箱の裏に転がり込んだ。
「アレックス!一旦降ろせ!僕もやる!」
「怪我人は黙って俺の後ろにいてろ!」
アレックスはベルトにつけていたグレネードを投擲した。
バシュンという音と共に、周囲の電子機器が全て沈黙した。それと同時に海兵隊の銃が至近弾にもならなくなった。後でEMPグレネードであったと分かったが、当時何が起こっているか一切わからない僕をそっちのけで、アレックスは腰のホルスターから信号拳銃を取り出して空中に撃ち上げた。
すぐにヘリコプターから謎の銃とマガジンがアレックスめがけて投下され、彼はそれをキャッチし、すぐに発射体勢に入った。
すぐに引き金に指をかけ、力強く引いた。
レシプロ機のエンジン音のような連続的な爆音が路地の中に鳴り響いた。
ほんのに秒程度の銃声だったのにもかかわらず、射線に飛び出していた海兵隊員はすべて木っ端微塵になっており、僕が呆気にとられているうちに、彼は銃を持ちながら僕を持ち上げて運び出した。
海辺まで来た所で、アレックスはもう一度信号拳銃を発射し、すぐさま近くの障害物の裏に隠れた。今度はヘリから簡易的な酸素ボンベが二つ投下され、それとほぼ同時にヘリが撃墜され、海面に衝突、爆発四散した。
銃弾の雨が横殴りに降っている中、アレックスに連れられ、僕は酸素ボンベを装着して海中に飛び込んだ。
すぐに二人の人影が海中に飛び込んできたが、アナスタシアと久保田だった。
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『逃亡の果てに』




