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記録39:喧嘩で芽生える感情もある

天菊の戦闘群長が言うとった通りにこの研究所に来たワイ、久保田耳利だったが...


「なんや?この絵面は」


部屋の左隅にはアナスタシアとアレクサンダーがいて、その反対側には...誰や。見たことある顔やねんけど...戦闘群長からの資料で見たこと無いぞ。

じゃあ、何処や...


記憶を巡らすワイの脳裏に国際指名手配犯という単語が浮かんだ。


あ、コイツら、ムルと一緒の殺し屋やんけ。


ま、ワイはこの戦の行く末を見守るだけやねんけど。


「なあ、久保田さん。これ、どうしたら良いんですかね...」

「ワイに聞かんといてください。水原さん。ワイはこういうのには疎いんですから」

「お互い、ですか...」


あの対立の中に入れなかった水原が、ワイの隣でタバコを吸った。

この男は、いつまで経っても紙タバコを愛用している。値段も相当高いのに、結構な頻度で吸っているのでなかなか給料はもらっていると見た。すくなくとも、ワイよりは多い。


そんな事を考えていると、何処からともなく、ちびっこ女が現れた。


「お、久保田君も到着したようだね。私はバグ。博士とでも呼んでくれ。あんな諍いを見たところで腹の足しにもないらないから、とりあえず話そうか。水原君も来なさい」


そうして博士に連れられ、ワイと水原は応接室まで通された。

大きな椅子にどかっと座り、博士はここのことについて長い長い説明を開始した。



「なぁ、ミハイル。本当にあれが中が悪い者同士の距離感だと思うか?」

「いいえ、違うわ。あれはもうデキてる者同士の距離よ。わたしたちのアナスタシアは、あの不埒な男に堕落させられたに違いないわ!」

「なら、ミハイル、もう分かるよな?」

「ええ、分かるわ」


ミハイルとウラジミールはそれぞれの武器を取り出した。二人共ショットガンを持ってきていて、銃口が俺だけを捉えていた。本当はそこで引き金が引かれるはずなのだが、俺を殺させまいとして、アナスタシアが俺に抱きつくように密着しているのだ。


「ミハイル。撃たないでね?」

「ええ、分かっているわ。忌々しい男ね。アナスタシアを人質に取るなんて」


とんでも無い言いがかりに、俺は言葉も出なかった。アナスタシアは変わらず二人の方を睨み続けていたが、彼女自身、自分がどんな姿勢で人を守っているのかに気づけば、すぐさま体を離すだろう。


俺もこのまま何もしない訳にはいかないので、持っていた小型の投げナイフを手に忍ばせていた。アナスタシアも同じく忍ばせている。五本も...多すぎだろ。殺意高いな、アナスタシア。二人のこと嫌いなのか?


「なあ、アナ。ちょっと良いか?」

「何でしょうか。今サングラスが無いせいで、照明の光が目にたくさん入ってきて痛いんです。集中してるんですから、関係ないことは話さないで下さい」

「目が痛いのか?なら...アナちょっと失礼するぞ」


俺は空いていた左手を彼女の顔上部を軽く覆い、そして指の隙間から二人の姿がどう動いても捉えられるほどには感覚を開けた。アナスタシアの顔が小さかったのもあって、指の隙間からは彼女の両目が覗いていた。


手で目を覆った瞬間は、アナスタシアはビクッとしたが、すぐに落ち着きを取り戻して同じ姿勢で二人を睨みつけていた。


多分、それが十分くらい続いただろうか。やっと博士が来てくれた。

水原ともう一人の協力者である久保田と任務内容を共有し終わったとだけ言って、彼女はポケットからネイルガンのようなものを取り出して、ミハイルとウラジミールの首元に打ち込んだ。


二人はすぐに地面に倒れ込み、すやすやと眠ってしまった。水原と久保田とみられる男二人が彼らを運んでいった。

博士は遅れてすまないと言って、僕達に頭を下げた。


ここは大人なんだなとか思っていると、アナスタシアが恥ずかしそうに呟いた。


「もう結構です。手を放して下さい」

「ああ、悪い悪い!」

「はぁ...私は部屋の掃除に戻ります。くれぐれも、入ってこないで下さいね」

「分かった...」


アナスタシアの背中を見送って、彼女が見えなくなると同時に、俺はなかなり大きいため息をついた。

博士が僕を小突いてニヤッとしたが、俺は、おおよそ四十路後半の独身女性とは思えない笑顔を博士から向けられたことで若干の恐怖と気持ち悪さを抱えた。


「ま、上手くやることだね。君たちの益々の発展をお祈りしているよ。あ、ここに居る間はゴムはちゃんと付けるんだよ」

「うるせぇ。博士も早く相手を見つけて下さいよ」

「私は天涯孤独の身だからいいのさ」


博士はそんな言葉を置き去りにして何処かに行ってしまった。俺が近くの長椅子に腰掛けていると、懐かしい声が聞こえてきた。


「アレクサンダーさん?大丈夫?」

「...中峰!?出てきて大丈夫なのか?」

「いえ、まだ全然治ってないから、物凄く痛いのだけれど、ずっとじっとしている訳にもいかないでしょう?なんたって、私は諜報部部長なんですから」

「怪我人は寝ておくことが仕事だぜ。ほぉら、帰った帰った」

「折角脱走してここまで来たんですから、ちょっとお話しませんか?」


中身値は包帯越しにでも分かるような笑顔で俺の隣に座った。


俺は中峰の体をじっくりと見た。

見える部分での損傷は、右目損傷、右腕骨折、足は...立ってるから火傷程度で済んでるのか?

それから、顔の、特に右側の火傷がひどい。折角の整った顔立ちが台無しだ。


どうやら中峰は右側から爆風をもろに食らったようだ。

それにしても、何で生きてるんだか...俺でも結構まずい怪我だったのに。


「アレクサンダーさん。一つ、共有しておきたい情報があるんです」

「何だ?」

「カリスの方舟...でしたっけ。博士から聞きました。それで、そのことで一つ知っている情報が」

「何だ!?」


俺はその情報に食いついた。これが知れれば、あの人の仇を討てる手がかりを得られるかもしれない。

中峰は少し驚いた表情を見せたが、俺の聞こうとする姿勢を見てすぐに持ち直し、深呼吸をして話した。


「カリスの方舟、通称『方舟』には、十種のエージェントと呼ばれる人外生命体が存在することが記録から明らかになっています。これは知っていますよね?そして、現在、彼らは五種まで数を減らしています。残っているのはⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴです。彼らにはそれぞれ名前がついていて、順番にKeter、Chokhmah、Binah、Chesed、Gevurahの名が付けられています。そして、諜報部の情報によると、この全ての基地の所在が現在分かっているのです。アレクサンダーさん。これは最高機密です。ふらっとそこを訪れて順番にエージェントを始末する作戦ですから、口外禁止ですよ」


これだけでもとんでも無い量の情報だ。EVが長い間調査してきた組織を、誕生からわずか数年の組織がここまで調べるなんて...


「一体、その情報を入手した諜報員は誰で、何処から入手したんだ?」

「久保田という人物です。情報は、世界中から集めた情報をパズルのように組み合わせて完成させました」

「何...だと。あいつ、そんなに優秀だったのか」

「その様子だと、もうここに来ているみたいですね」

「ああ、さっき来ていた。未だ何処かにいると思うから、探しに―――」

「もう!やっと見つけましたよ!中峰さん!まだ死にかけなんですから動かないでってあれほど言ったでしょう!?」

「いやぁ、すいませんねえ。外の空気が恋しくって」


中峰は女医に連行されていくさなか、日本語でこう言った。


「天菊は、あまり信用しないで下さいね」


俺は暫くその言葉を反芻して、自分の脳の保存領域に収めた。

とりあえず、今日教えてもらった情報を手がかりに、俺はEVの方舟に関する文書を再び確認することにしたのだった。

お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!


次回『拉致られた先がバージニアだった件』

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