記録34:ヨーロッパ特殊兵器開発局
何が起こった?
爆発の後、俺の体は倒れて動かなくなった。死んだわけじゃない。明日香の言っていた通り神経ガスだろう。意識は安定しているが、体が動かない。中身値が視界の端で悶えている。一応生きているようだ。
「...神経...回復薬......注射...!」
俺の体に備え付けられた薬品が体内に注射された。三十秒ほどで体が少しずつだが動くようになった。
中峰の元まで這い寄って彼女の体の損傷を確認した。四肢はまだ繋がっている。せっかくの綺麗な顔が爆風で爛れていること意外、目立った損傷はないように見えた。
「離れるぞ、中峰!」
「あ...明日香...さんは...?」
俺はハッとして周囲を見渡したが、彼女らしき人影は認識できなかった。先に逃げ出したという僅かな可能性だけを信じて俺は中峰を引きずってガスの外に出した。
それから、生きている人間だけを選択してガスの外に引きずり出したが、生き残っていたのは俺と中峰含めほんの四人。
残りの二人は水谷という男と、李という朝鮮人の女だった。
二人共重傷を追っていて、会話を試みたが、二人共全く話せていなかった。
どうやら、爆薬の量と、ガスの量が場所によって違っていたようだ。明日香から一番近かった二階の部屋が一番少なく、ついで階段から一番近かった俺達のテーブル付近の爆弾。残りは完全に殺すための爆弾だったのだろう。二人共同じタイミングで席を立っていたから即死は免れたのだろう。
二人を車に放り込んで、中峰を助手席に座らせ、俺の体に装着されていた神経回復薬を注射し、血をタオルで拭って、車の中にあった包帯を彼女の怪我をしている部位に巻き付けた。
右目の損傷が激しい。恐らく失明しているだろう。
他の二人も同様に体に包帯を巻いて簡易処置をした後、俺はハンドルを握った。
アクセルを踏み込んで警察が到着する前に、俺はとある場所に向かった。
そこなら、きっと三人とも助かるはずだ。
―――頼むぜ...博士!
◆
「で、アタシのとこに来たんだな?」
俺は頷いた。ガラスの向こうのICUに入れられた三人はちゃんと呼吸をしている。間に合ったという安心感とともに、俺は膝から崩れ落ちた。
博士に支えられたが、彼女の低身長と小柄故、俺は彼女ごと一緒に倒れてしまった。
「いってて...全く、アタシになんてことするんだよ...」
「すまんな、ボロボロなもんで...メンテをお願いできるか?博士」
「はぁ...憂鬱だよ。君はいっつも弾丸やら化学物質やらを体に埋め込んでくるじゃないか!?」
珍しく大きな声を出した博士に、俺は苦笑いを浮かべた。そして、心の奥底でこう思った。
(四十路独身がする行動じゃねぇ...)
「君、今失礼なことを考えなかったかい?」
「いや、全然」
「嘘っぽいなぁ...ま、いっか。それじゃあ、私はメンテの準備を進めておくから、君は近くの椅子にでも座っておいてくれ。相当疲れてるみたいだから、暫くはここに居ておくことだね」
博士は白衣に袖を通して廊下を歩いていってしまった。
誰も居ない廊下を、俺は反対方向に歩き出し、そして目に付いた研究所付きのカフェに入った。
「おや、アレクサンダーさん。数時間ぶりですね」
「お前が付いてきてたんだろ?アナスタシアは大丈夫だったのか」
「ええ。大丈夫ですよ。それで、明日香さんをロストしましたが、これからどうするおつもりでしょうか?このまま泣き寝入りという事はあり得ないでしょうし」
アナスタシアの意地悪な物言いに、少しムッとしたが、俺は平静を装って淡々と答えた。
「とりあえず、全員が回復するまで待ってから行動に移す。それから、明日香を奪ったやつは恐らく合衆国だ。だから、特定できてるCIAの大型基地をいくつか叩けば出てくるだろう。奴らもそう簡単には大西洋を渡れない。なにせ、近衛隊が血眼で探しているらしいからな。情報が入り次第、救出に向かう」
アナスタシアは意外そうな顔をして言った。
「あなたって、意外と考えられる人なんですね。明日香さんに発情して金魚のフンみたく付き纏っている輩だと思っていたのですが」
「そうかよ。俺も、お前がここに急行したって聞いてビビったぜ。お前の事は金さえあればどんなやつにもリードを預けるような雌犬だと思ってたからな」
「あらあら、言ってくれますね」
「ハッ。そっちこそ」
お互いに銃口を突きつけた。
突然、手を叩く音がなって、博士が俺とアナスタシアの武器を下げさせようとして言った。
「そんなに仲が良いなら、結婚したらどうだい?発情ウンコと雌犬。それで一セットだろう?」
「「ぐっ...」」
俺とアナスタシアは銃を収めてお互いに熱くなりすぎたと謝罪した。
「よろしい。それでは、ハインリッヒ君、メンテの時間だ。付いてきなさい。アナスタシア君も、そこで待っているように」
「分かりました...」
俺は博士に連れられてメンテ室へと運び込まれた。大量の機械が天井からぶら下げられていて、これからそれらが俺の体の中を弄ると考えると身の毛がよだつ。まだ気を使ってくれる日本の博士のほうがマシだ。
「ほら、早く寝転ぶんだ。今日は後がつかえているんだ」
「...はぁ。分かった」
台に登って仰向けになって寝転んだ。博士が手元のタッチパネルで何かを操作すると、俺の体内に麻酔薬が投与された。すぐに意識が途切れた。最後の景色は、機械が俺の体に迫っていくものだった。
「最悪だ......」
◆
目が覚めた。ここは、どこ?私は中峰。よし、名前は覚えてる。
でも、右目が見えない。多分あの爆発で無くなってるんだろう。まあ、仕方ないか。
こうして割り切れるのが、私の良さなのだから、悲しんだら負けだ。
「あ、博士!起きました!」
ナースが大声でそう叫んだ。すぐに小さな女性が駆け寄ってきて私の顔を覗き込んだ。顔色を確認して頷いてから、私の目を見て言った。
「君、何で生きてるんだい?意識不明の重体って普通死ぬか、そのまま戻って来ないんだよ?何で一日もせずに戻ってくるのかなぁ...それに、まだ手術もしてないのに」
「でも、鎮痛剤は打ってるんでしょう?」
「ああ、打ってはいるが、体も満足に動かせないだろうから、暫く眠っていると良い。また手術の準備ができ次第手術するさ。それで、君、名前は?見た所、まだ若そうじゃないか」
こんな少女にまだ若そうだなんて言われたのは初めてだ。僅かな嬉しさを胸の内に閉じ込めたまま、私は言った。
「私は、中峰実之花。三十一歳、独身よ」
少女はニヤッと笑って言った。
「若いね。アタシはBug。四十六歳、独身さ。皆からは博士と呼ばれているから、君もそう呼んでくれたまえ」
「.......」
「ん?どうしたんだ?中峰少佐」
私は彼女が、博士が私よりも十五歳年上だということを脳内で処理しきれず、口をポッカリと開けたままだった。博士はそんな私を怪訝そうに見つめつつも、しっかり療養するようにとだけ言って病室から出ていってしまった。
私もすぐに眠くなって、隣りにいる李と水谷の生存を確認して安心すると同時に私は眠りについてしまった。
研究者手帳
名前:Bug
身長・体重:145・38
職業:ヨーロッパ特殊兵器開発局第一特別研究員
経歴:不明
年齢:46
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『亜米利加合衆国』




