29.(リアム視点)
ルイーズを家に送って、滞在先の離宮までの道を戻りながら、俺は外の景色をぼんやりと見つめていた。
『ごめんなさい』
『もう一度、彼ときちんと話してみようと思うの』
ルイーズの言葉が頭をぐるぐると回った。
――あんなことをされて、どうしてネイサンとまた話をしようと思えるんだ。
怒りのような苛立ちを感じて、上着の内ポケットに手を伸ばした。
そこにはあの指輪が入っている。ずしんとポケットの中身が重みを増したように感じた。
……この指輪の力を、ルイーズに使えば……。
頭を過ぎったその考えを首を振って振り払う。
それでは、指輪をモニカに押し付けた意味がなくなる。
ルイーズの気持ちを力を使って操ってしまったら……魔法の力で築いた関係を疑い続けなきゃいけなくなる。……それは、辛くて、嫌だ。
「ルイーズに、もう一度、はっきり伝えておこう。俺はルイーズが好きだと」
そう呟くと、御者にルイーズの屋敷へ戻ってもらうように伝えた。
彼女がネイサンと話す前に、再度、俺の気持ちを伝えておくんだ。
そうすれば……俺のことをまた、考えてくれるかもしれない。
気が焦って、「馬を速めてくれ」と言ったところで、俺は窓の外を見つめた。
ルイーズの家の馬車が王宮へ道を、走って行くのが見えた。
「……?」
首を傾げて、それからはっとした。ルイーズはそのまま、ネイサンと話をしに行ったのか……?
「悪い、方向転換して王宮へ向かってくれないか」
焦燥感で髪を掻きむしりたくなりながら、そう叫んだ。
***
ルイーズの馬車は王宮の前で止まった。
中へ入って行く彼女を確認して、遅れて到着すると、国王陛下と一緒に奥へ消えて行くルイーズが見えた。
「――リアム? 何か忘れ物でもあった?」
振り返ると義母がジュードを連れてやってきた。俺が戻って来たから門番が呼んでくれたんだろう。
「……いや……、えーと、……そういえば、明日、戻ってしまうと思ったら……顔を見ておこうと……」
歯切れ悪くそう言うと、二人は顔を見合わせて笑った。
「まぁ、嬉しいことを言ってくれるじゃない。久しぶりですもんね。あなたも休みになったら、戻って来なさいよ。お父様もあなたに会いたがっているし……。その時はルイーズも連れて、ね」
そんなことを言う義母に、俺は苦笑して答えた。
「……そうだな」
そうできたらどんなに良いかと思う。
……でも、ルイーズには婚約の話ははっきり断られてしまったし、たぶん、彼女はネイサンと何か話をしに、ここへ来たんじゃないだろうか。
俺は「遊んで行ってくれ」とジュードに腕を引っ張られて、二人の部屋へ連れて行かれた。
ルイーズはネイサンと何の話をしているだろう。それだけが頭に引っかかりながら。
二人の荷造りを手伝って、王宮を出た時にはルイーズの家の馬車はなくなっていた。
俺はため息をついて、自分の滞在先に帰宅した。
――翌日、朝出発する義母と弟を見送って、俺は昼から学園に登校した。
……昼は済ませてしまったが、ルイーズは中庭で食事をしているだろうか。
そう思って、薔薇の温室を覗くと……、
「おはよう、リアム。お母様と弟さんは、今日戻られたのよね」
食事を終えて、一人で花の手入れをしていたらしい彼女は、その手を止めて、いつも通り何事もなかったように俺に挨拶をしてくれた。
「ああ……、君に、昨日は色々なところを見て回れて楽しかったと伝えてくれって言ってたよ」
「そう」
「――ルイーズ、今日の放課後なんだけど……うちに寄らないか?」
そう誘ってみると、ルイーズは顔を上げて、それから首を振った。
「ごめんなさい。寄りたいところがあって」
言葉を切って、少し黙ってから彼女は言った。
「――――リアム、二人きりで会うのは、いろいろと噂になってしまうから――、やめようと思うの」
ごくりと唾を飲む。……それはそうだ。婚約の話はしっかり断られたのだから。
「――そうだな。誘って悪かった」
俺は俯いて、そう答えた。
「いえ、せっかく誘ってもらったのにごめんなさい。今度、ローラも一緒に遊びに行かせてもらえると嬉しいわ」
ルイーズは気持ちを切り替えるように明るい声で言った。
無意識に上着の内ポケットに手が伸びる。布越しに指輪に触れた。
***
放課後、ルイーズは学園に隣接する王宮の方へ向かった。
気づかれないよう、後ろからその姿を追いかける。
彼女の向かった先は、王族の部屋がある方だった。
扉をノックする。ネイサンが現れて、ルイーズを見て笑顔になった。
ルイーズもそれに笑い返す。
俺はそこで踵を返した。
早歩きで王宮から出て、馬車に飛び乗るように乗った。
中で、頭を抱える。ネイサンに向けられたルイーズの笑顔が頭から離れなかった。
上着の内ポケットを触る。
――この力を使えば。
いや……、これはルイーズには……。
「リアム様? どうしますか? 屋敷に戻られますか?」
頭を抱えたままの俺を不審に思ったのか、御者が困惑した声で声をかけてきた。
俺は髪を掻くと、返事をした。
「……悪いな。戻ってくれ」
馬車が揺れるたび、ポケットの中の指輪が重みを増した気がした。
そのまま、滞在先の離宮に戻る。重たい足取りで馬車を降りると……、
「――リアム様」
誰かが俺に声をかけた。顔を上げて、驚いた。それは、モニカだった。




