第99話 そして我ら、ここに集う 中
サウザー公爵ウルリッヒは機嫌が悪かった。いくら言っても法務院がカールを処刑する気配が全く見られないからだった。上手くいかないことに無性に苛立っていた。そこで彼は、劇場に来る王子とイザベルに目を付ける。
あのあばずれの真実を知ったらエーリッヒの奴驚くだろうな。それで王位まで捨てようとしてるんだ、とんだ笑い者だな。面白くなりそうだ。歌劇など興味はないが、エーリッヒが絶望した顔を見るのは堪らんな。あいつはいつも優しい振りして俺を見下してやがる。
こうして公爵が劇場に来てみれば、面白い見世物が広がっていた。しかも、王子とイザベル以外にも、アデレードもいる。これに参加しない手はない。
もっともっと面白いことにしてやろうじゃないか。
柄の悪い取り巻きを5,6人引き連れて、サウザー公爵はアデレード達の前に現れた。奇しくもここに婚約破棄の当事者と黒幕が全員揃ったのだった。
不健康にさせて落ち窪んだ目……何だか以前会った時よりも、ずっと人相が悪くなっている気がするわ、この人。
アデレードはサウザー公爵を睨む。ただならぬ緊迫した空気が辺りを包み、集まった貴族達も固唾を飲んで展開を見守っている。
「何だか悪そうな貴族が出てきましたよ。これは悪役令嬢対悪役子息の戦いですか。俄然面白くなってきたね。今私の頭の中でファンファーレが高らかに鳴り響いているよ」
恍惚の表情で、ブッフバルトはまるで楽団を指揮しているかのように腕を動かす。
「ふむ、お騒がせ令嬢対ドラ息子っといった感じか。実に興味深い」
シュナイダーも手帳を取り出し、何か書き始める。どれほど緊張が高まっている場面でも、自分達の好奇心を優先してしまうのが、彼ら芸術家の性である。
「王子、イザベル、早くこの場を去ったほうが良いわ」
アデレードが警戒を露わにして、2人に近づき話し掛ける。王子はきょとん、としたが、イザベルは震えながら頷く。
「行きましょう、王子」
イザベルが王子を促して、その場を動こうとした矢先。
「劇も見ないで、どこへ行く?」
笑みを浮かべながら、公爵は王子達に近づいてくる。
「これからが面白いところじゃないか。その女の秘密を教えてやろうか?」
「何を……?」
王子は怪訝な顔をする。
「公爵、お止めなさい!」
アデレードは鋭く叫んだが、公爵は無視して続ける。
「そいつは、俺の一族の女でな。ま、一族っていっても末端も末端の家畜飼ってた、卑しい女だけど。それを、俺が仕込んでやったんだよ。お前好みにな。話し方、仕草……」
公爵は一層下品な顔つきで得意さを浮かべる。
「それに、寝技もなぁ!」
その言葉にイザベルはその場に崩れ落ちた。アデレードの胸にも、絶望が去来する。
あぁ、折角全て丸く収まると思ったのに……。今までのやり取りは全て無駄になってしまったわ。
ぎゃははと下品に笑い続ける公爵に、アデレードは沸々と怒りが湧いてくる。
このままこの男の思う通りになってしまって良いの?いいえ、良いわけないわ!
「失礼な言い掛かりも大概にしなさい、サウザー公爵!」
アデレードはびしっと公爵に向けて指を差す。
「ふん、お前も哀れな女だな。こんなあばずれにコロッと騙された王子にあっさりと婚約破棄されるなんてな。いや、ほんと、サイコーだよ。お前みたいな高慢ちきな奴が泣き叫ぶ姿はまさに道化そのものだったぜ!」
公爵の言葉にアデレードは一瞬怒りが沸騰しかけたが、本来の目的を思い出して冷静になる。彼の犯罪を暴き、カールを解放することだ。
「私の様子などどうでもよろしいですわ。大体、貴方のような嘘つきの言うことなど、誰が信じるのです?」
「何だと? ふざけたことを抜かすな。誰にものを言っている、この身の程知らずめ!」
公爵は落ち窪んだ目で刺すようにアデレードを睨む。
「誰にものを言っているですって? 勿論、貴方さまですわ……この、ヤク中の公爵様!」
アデレードは、今の今まで誰もが思っていながら、誰も口に出さなかったことを言い放った。
「おいおい。嬢ちゃんがそんな下品な言葉言っちゃいけねぇよ」
彼女の側に立つゲアハルトが頭を掻く。
「こんな男には下品な言葉で充分。あぁ、麻薬の甘ったるくて嫌な匂いが漂ってきますわ。気持ちが悪くて、鼻が曲がりそうよ」
アデレードが匂いを散らすように手を振る。
「このっ……!」
「貴方がリーフェンシュタール伯爵に掛けた嫌疑は全て貴方自身が行っていたことではなくて?」
「はっ、何を根拠に?」
アデレードは決然と公爵を見返す。
「リーゲンシュタット」
彼女の言葉によって、公爵の顔に驚愕の表情が広がる。アデレードに知られていることに心底、驚いているようだ。イザベルから聞いた、公爵領の南にあるリーゲ何とかという地名。見つけるのにそれほど苦労はしなかった。
「これ以上は言いませんわ。リーフェンシュタール伯への告発を取り下げなさい」
「リーフェンシュタール家の者でもないくせに、何故お前がそんなことを要求するんだっ」
苦々しく公爵が叫ぶ。
「貴方のような人に、私の事情を話す必要などありませんわ。もう一度言います。サウザー公爵、告発がでたらめなことを認め、取り下げなさい!」
サウザー公爵の顔が奇妙に歪む。アデレードの言う通りにするのが気に食わないようだ。
こんなはずではなかった。なぜマイヤール家の女が、麻薬のことを知っているのか? いや、そんなことはどうでも良い。俺に命令するなど、身の程を思い知らせてやる!
公爵は激高し、取り巻きに向かって叫ぶ。
「この女を殺せ!」




