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第72話 パトロネージ

 次の日の朝、アデレードはシュミット夫人にふと、疑問に思ったことを聞いてみる。


「シュミット夫人、そういえばお子さんはいらっしゃらないのですか?」

「私との間には居ないけれど、愛人との間にはいるわ」

「えっ」

「そこにいるわよ」


 驚いて固まるアデレードを他所に事も無げにシュミット夫人が視線を従者に向ける。


「えぇっ!?」


 別のテーブルで御者と一緒に朝食を食べていた従者は視線に気付き、苦笑いした。どう見ても彼はマックスと同じくらいの20歳前後の青年だ。


「そうよ。私が結婚する前からいたのよ」

「……」


 アデレードは二の句が継げなかった。それでどうして一緒に旅行に来たり、そんなにさらっとその事実を告げられるのか。


 シュミット夫人って本当にすごいわ。


 何がどう凄いのか、アデレードは上手く言葉に出来なかったが。


「そうそう、フロイライン・アデレード。私も聞きたいことがあるのだけど」

「は、はい」


 唖然としていたアデレードは、シュミット夫人の言葉で我に返る。


「客室や談話室に飾ってある絵は誰が描いたものかしら?」

「そこの村に住んでいるテッドという少年の描いたものですわ。とても絵が上手で、私が頼みました」

「絵の上手な少年?」


 シュミット夫人が怪訝な顔をする。


 何かまずかったかしら……ホテルに相応しくない?専門に勉強していない子どもの絵だから?


 シュミット夫人の様子にアデレードは不安が募る。


「その少年のところに案内して下さらない?」

「え……それは構いませんが、一体どうしてですか?」

「勿論、興味があるからよ。粗削りだけど、なかなか見所があると思って。他に作品があるなら見てみたいのよ」

「本人が聞いたらきっと喜びますわ」


 こうしてアデレードとシュミット夫人とついでに愛犬のディマは連れだって村まで出掛ける。アデレードは朝食の席で聞いたことが気になって落ち着かない。


「あの……」

「聞きたいことは分かっているわ。どうして生さぬ仲の愛人の息子と一緒に行動してるかってことでしょう?」

「……はい」


 明け透けなシュミット夫人の物言いに、アデレードは取り繕ってもしょうがないので素直に頷いた。


「あの人、本当に無粋な人でね。愛人と別れた後は、何もなしよ。せめて、別れた後も生活に困らないようにまとまったお金を渡すとか、家をやるとかするでしょう、普通?」

「え、えーと……」


 アデレードはその辺りのことには疎いので、何とも同意しかねた。シュミット夫人は構わず続ける。


「あの人ってそういうところが全然、粋じゃなくてケチだったの。一度でもそういう関係を持った相手に相応の物を渡すのは紳士の礼儀ってものよ。だから私が愛人とその子を探し出して、家やお金を渡したの」

「は、はぁ……」


 こういう人を女傑っていうのかしら……。


「それで、どうして一緒に行動することになったのですか?」

「母親の方に頼まれてね。預かることになったのよ。彼が13,14歳くらいの頃かしら。きっと母親は後継者として育てて欲しいと思ってたと思うけど、夫は才能がなきゃ継がせないって言って、他の人と変わらず見習いから始めさせたってわけ。で、私もそれに倣って、彼を見習いとして使ってるの」

「なるほど」

「彼が継いでくれるのが一番良いのよ、本当は。彼の子供ですもの」

「フラウ・シュミット……」


 色々言われるけど、きっと旦那さんのこと愛してらしたのね。


 そうこうしている内にテッドの家に着いた。迎えてくれた両親はシュミット夫人を見て、何とも困惑した顔を見せる。


「お嬢さん、そちらの方は……?」

「えーっとホテルのお客様で、テッドの描いた絵に興味を惹かれて、是非テッドに会いたいって」

「テッドの絵に……」


 戸惑いつつも家の中へ入れてくれた。室内はテッドの描いた絵のスケッチや下描き、筆や絵具などが無造作に散らばっている。


「何だか前よりもひどくなっているような……」


 アデレードの言葉にテッドの両親は苦笑する。


「お嬢さんに頼まれて絵を完成させてから、もっとのめり込むようになってしまって」

「あら、まぁ……」

 当のテッドはアデレード達が来たことも知らずに床に座って絵を描き続けている。そこへディマがトコトコと歩いて行って、彼の顔をベロっと舐める。そこでテッドはようやく顔を上げ、アデレードに気が付いた。


「ディマ……あ、お嬢さん。こんにちは」

「こんにちはテッド」


 アデレードとシュミット夫人がテッドに近づく。


「テッド、こちらはフラウ・シュミット。貴方の絵を見たいんですって。良いかしら?」


 テッドは頷き、スケッチブックをシュミット夫人に手渡した。それを一枚一枚めくっていく。描かれた絵は、山の景色だったり、人だったり、動物だったりした。


「これを独学で?」

「はい。ここじゃ絵の先生もいませんし」


 テッドの母親が答える。


「専門的に学ばせるご予定は?」

「してあげたいとは思いますけど……」

「それならシュミット商会が支援しますわ」

「えっ?」


 シュミット夫人の思いもよらない提案に両親は驚く。


芸術家の支援(パトロネージ)は上流階級の務めみたいなものですもの、ねぇフロイライン?」

「えぇ、確かに」


 貴族という生き物は才能ある人々を支援するのが好きだ。アデレードはそれを文化を育てる責務の一つだと思ってきた。

 けれど、テッドの姿を見ていると、貴族には出来ない、一つのものに一心不乱に打ち込むという生き方にある種の憧れを持っているのではないかと思うようになった。

 教養や趣味の一環として、楽器や絵を嗜むのは良しとされていても、それを生業にすることは許されない。だからこそ、そういう生き方が出来る、選ばれし才能の持ち主達を育てたいと思うのかもしれない。


 勿論それが動機の全てではないけれど、きっとそういう一面もあるわよね。


「悪い話ではないと思いますわ。きっとテッドはその内止めても、絵を描きに王都へ行くでしょう。それなら、生活の保障があって、絵を描く環境が整っている方がずっと良いと思いますの。それにテッドは充分私の注文に応えてくれましたし。きっと大丈夫だと思います」


 アデレードは惑う両親に向かって微笑む。


「お嬢さん……」

「それに何も今すぐにってわけじゃないわよ。そうね、来年、雪が融けて再び道が通るようになったら、でどうかしら? それまでにどうしたいか決めてちょうだい」


 シュミット夫人はそう言ったが、テッドの表情を見れば、答えは決まっているようなものだ。


「テッド、と言ったわね。貴方、字は読めるかしら?」

「いいえ」

「では、フロイライン・アデレードに習うと良いわ」

「えぇっ」


 今度はアデレードが驚いて声を上げる。


「あら、駄目だったかしら?」

「それは大丈夫ですけれど……冬の間、メグにも教えていましたし」

「じゃ、大丈夫ね。テッド、なるべく教養も身に付けておくと良いわ。絵を描くには絶対に必要になるから」

「はい!」


 テッドの元気の良い返事にシュミット夫人が満足気に頷く。


「それと、これは絵の道具を買う足しにすると良いわ」


 彼女は懐から銀貨を何枚か取り出して、テッドの手に乗せた。


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